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第25話 結婚するのはやめてくれ。

 だが動揺が過ぎ去ると、顔つきを改めて諭すように言った。


「ルルタ、クランスカ家はお前のことを駒として利用したいだけだ。私が今の立場を失えば、お前は用済みと思われないがしろにされる。下手をすれば離縁されるかもしれない。利用価値のある新な妻を迎えるためにな。そんなところに嫁いで、お前が幸せになれるはずがない」


 シャナラはルルタの顔から視線を逸らし、まるでルルタが目の前ではない、どこか遠くにいるかのような様子で言葉を続けた。


「お母上がお前に結婚のことをうるさく言うのは、お前の幸せを願ってのことだ。本来であれば、自分がずっとついていてやりたい。そうできないから、せめて自分の代わりにお前を愛し大切にしてくれる人間にお前を託したいと思い懸命になっているんだ。自分がそばにいることができなくとも、その人がきっとお前を幸せにしてくる、そう信じることでかろうじてお前の手を放すことができる。お前のことを大切に思う人間は、みんなそう思っている。それなのに……なぜお前は、自分のことをそんな風に粗末に扱うんだ」

「粗末にだなんて……」


 ルルタが皆まで言う前に、シャナラは言った。


「お前のことなどどうでもいいと考えている男の妻になる。それを粗末に扱っている、と言っているんだ」


 シャナラは不意にルルタの両方の肩を掴んだ。その力の強さにルルタは瞳を見開いた。


「お前のことを利用しようとする人間のもとへ行くなど止めろ。そんなことをしなくとも、きっと……どこかにお前の優しさや明るさを得難いものだと感じて、お前を大切にしたい、一生を共にしたい、ずっとお前のそばにいたい、そう思い、お前を幸せにしようとする、ただそれだけのために生きようとする人間がいる。どこかに必ず」


 ルルタの肩に置かれたシャナラの手は、微かに震えていた。


「私は……お前にそういう相手と一緒になって欲しい」

「シャナラさま……」

「頼む」


 シャナラは俯いたまま、消え入りそうな声で囁く。

 身の内に荒れ狂う感情を何とか抑えようと小刻みに体を震わせているシャナラの姿を見ているうちに、ルルタの胸に何度目になるかわからない抑えきれない強い衝動がわいた。

 この人の手を取って後宮から連れ出したい。

 その思いに突き動かされて、ルルタは無我夢中で叫んだ。


「私はここにいてシャナラさまをお守りしたいんです。クランスカ家に迎えていただけたら、ラガルド将軍が来ても私が追い払います」


 ルルタが言った瞬間、シャナラはルルタの肩から反射的に手を離して顔を背けた。


「あの男のことは、お前が気にする必要はない。忘れろ」

「でも!」


 なおも言いつのろうとしたルルタの言葉を、シャナラはカッとしたように遮る。


「一体いつ、私がお前に何かして欲しいと頼んだ? お前が私に出来ることなど何もない。『守る』などと……思い上がるな!」

「思い上がってなんかいません!」

「ここにいれば、私のそばにいれば何かができる、そう思っていることが思い上がりだと言うんだ。私は自分の身くらい自分で守れる」

「わ、私だってそうです」

「お前は、良い家に生まれ、良い家族に恵まれた令嬢ではないか」


 シャナラは思い余ったように言った。


「本来なら良い縁を得て、愛され守られて生きていくはずだ。お前がここにいても……私はお前に何もしてやれない。人並みの幸せと言えることは何も与えてやることができない」

「私だって、シャナラさまと同じです。シャナラさまに何かしていただきたいわけじゃないです」


 ルルタの言葉に、シャナラは拳を握りしめた。


「お前は……私に、お前が用意してくれた籠の中でお前から一方的な情けを受けて生きろ、そう言うのか」

「え……?」

「お前が人生を犠牲にして私を守ることを良しとして受け入れる。お前は、私をそんな人間だと思っているのか?」

「そんな……ちがっ、違います!」


 シャナラは白い歯の隙間から、圧し殺された低い声をもらす。


「こんな姿をしているが、私はヴォルガの戦士だ。その誇りがある。お前の人生と引き換えにクランスカから安全を買って生きるなど……死んでも御免だ」


 呆然とするルルタの前で、シャナラは半身を横に向けた。


「もういい、下がれ」

「シャナラさま……私はっ」


 慌てて取りすがろうとするルルタの手から逃れるように、シャナラは踵を返し背を向けた。

 そのまま、ルルタの声に反応することなく、足早に部屋の奥へと消えていった。


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