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第24話 私、結婚します。

14.


 ルルタがシャナラの部屋に呼ばれたのは、次の日の午後だった。

 シャナラは珍しく朝が遅かったようで、ぼんやりした様子をしている。

 冷えたパタ茶を卓に置くと、ルルタは遠慮がちに声をかけた。


「シャナラさま、少し休まれますか? 私はこちらのお部屋に控えていますから」

「大丈夫だ」


 シャナラはルルタを安心させるように微笑んだが、その美しい顔には疲労の翳りが濃い。

 ルルタがなおも心配そうな様子をしていることに気付き、シャナラは付け加えた。


「気にしないでくれ。少し疲れているだけだ」


 ルルタの脳裏に、一見柔和だがその奥に冷たく暗いものを秘めたラガルドの姿が浮かんだ。


「ラガルド将軍のことで悩まれているのですか?」


 ルルタが思いきってそう言った瞬間、シャナラの細い体がビクリと震えた。

 ルルタが思わず息を飲むと、シャナラは顔を背け取り繕うように言った。


「あの者のことは関係ない」


 シャナラは窓の外へ目を向け、ルルタの気を引き立てるように微笑んだ。


「そんなことよりルルタ、今日は天気がいいから遠乗りへ行くか。御料地の端の滝まで行ってみよう。お前もだいぶ馬の扱いに馴れたから、日没までに帰って来られるだろう」


 シャナラは明らかにラガルドの話を避けようとしている。

 ルルタは迷った。

 あるじが打ち切ろうとしている話題に踏み込むなど、侍女としては考えられない。むしろ率先して話題を変え、主の気を紛らわせることが侍女の務めである。

 でも。

 それではシャナラの抱えているものを分かち合うことはできない。支えることも助けになることも出来ない。

 シャナラは話を打ち切るために立ち上がった。

 外出の支度をするよう促そうとしていることがわかり、ルルタは焦る。

 またいつ、シャナラに話が出来る機会が巡ってくるかわからない。

 とにかく話を聞いてもらわなくては。

 その一心で、ルルタは思い浮かんだことを夢中で叫んだ。


「シャナラさま、私、結婚しようと思うんです!」

「……結婚?」


 シャナラは振り返る。見開かれた青い瞳には衝撃が浮かんでいた。

 美しい顔から血の気が引いていくのを見て、ルルタは慌てた。

 真意を伝えるために何とか話をしなければ。そう思うが、いざ話そうとすると何から話していいかわからない。

 シャナラは俯いて呟いた。


「ご両親から……話がきたのか?」

「いえ、そのう侍従のクランスカさまからお話をいただいて……」

「クランスカ?」


 シャナラは顔を上げた。声にも表情にも明らかに不審が混じっていた。


「侍従長のクランスカのことか?」

「は、はい。侍従長さまのお孫さまのレイさま、です」

「侍従長の孫?」


 シャナラは非友好的な口調で呟き、青い瞳を冷たく細めた。


「なぜ、急にそんな話が出てきた? 今までクランスカの孫に求婚されているなど、ひと言も言ってなかったではないか」

「それは……そのう」

「第一」


 感情を抑えきれないように、シャナラは語気を強める。


「お前に婚姻を申し込むのであれば、まずはあるじである私に話を持ってくるのが筋だろう。私は、侍従長からもその孫からも何も聞いていない。れっきとした後宮仕えの子女にまるで恋愛遊戯を持ちかけるように結婚を申し込むなど、人を軽んじるにもほどがある。お前の主として、そんな申し込みに許しを与えるわけにはいかない」


 シャナラの言うことは、社会通念上尤もだ。

 上流階級の作法では、正式な婚姻の申し込みはまずは親にする。ルルタのような勤め人であれば、主家に挨拶をし意向を探る。

 当人にいきなり関係を持ちかけるのは「一時の相手に過ぎない」という暗黙の了解があり、さらにそこには相手を軽んじている含意がんいがある。

 たがレイがルルタに求めていることは、家柄や恋愛ではない。シャナラとのつながりだ。

 家格や宮廷内の勢力図からすれば、シャナラが反対するはずがない、むしろクランスカ家を後ろ楯に出来ることを喜ぶはずだ。

 そう考えたのだろう。

 ルルタは逡巡しながらも、何とかレイから受けた提案を説明しようと口を開く。


「レイさまは、私にシャナラさまとクランスカ家をつなぐ橋渡しをして欲しいと言われていました。レイさまの妻の主君として、クランスカ家の方々がシャナラさまを守って下さる。そう約束して下さったんです」

「馬鹿な!」


 シャナラは吐き捨てる。


「私の立場と引き換えに、お前を私の身辺を見張るための間諜スパイとして使おうというのか。そんな話を私に持ちかけても撥ねつけられるだけだ。それがわかっているから、お前の忠義につけこんだのだろう」


 シャナラの瞳には怒りがほとばしり、青白い光が灯ったように見えた。


「すぐに侍従長を呼び出す」


 シャナラはルルタのほうを向いた。


「安心しろ、私から断りを入れてやる。クランスカの孫にも、二度とお前に近づかないよう伝えよう」


 常ならぬシャナラの様子に気圧されながらも、ルルタは慌てて言った。


「私、レイさまのお話を受けようと思うんです」


 シャナラは驚いたように振り返り、マジマジとルルタの顔を見た。


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