魔物無き世界
「ふう....」
どうしたものか....局長はたまに短略的になるから困る。しかしここは、確か最高レベルのモンスターを送りこんでいた場所。...こんなに心細い思いは久し振りだ。ふと、魔法陣の一部分に、馴染みの顔を見つける。
「にっこりさん...。」
にっこりさんの存在を知っていなければ、この図形が何を現しているかわからないだろう。この描かれているにっこりさんは、多分私の知っている個体では無いが、何となく心の支えにはなった。ひとまず、この城から出るために、書架にもなっている扉を開ける。と、ある一冊の古書が目に飛び込む。
「“にっこりさんの亜体について”?」
何故魔界の言葉、それも専門の教育を受けなければ読めないほど古い言葉で書かれた物が、こんな所にあるのかはさておき、生粋の読書家として、この本には興味があった。極限の緊張状態も相まって、思わず笑みがこぼれ落ちた。私はその本を携帯魔法陣にしまうと、ゆっくりと探索を始めた。自分の屋敷よりもずっと埃っぽく、あちらこちらに損傷がある。一体、ここで何をしろと言うのか。
「カラン…」
不意に、かすかな物音がした。残っていたモンスターの可能性もあるが、一応の警戒は怠らない。
「此処にも居ないのか…トップクラスの者しか近寄らない此処なら、残っていると思ったんだが…」
まずい、剣士だ!こんな所でこんな姿で見つかっては、即刻殺されてしまう。早く此処を離れ…
「ガシ!」
「!」
後ろから、誰が私を抱き締め上げる。
「先輩!見つけたっす!捕まえたっす!」
まずい!もう一人、恐らく薬師の少女だ。我が肉体よ!死毒の大蛇となれ!
「シュルシュルシュル…」
「うわあ!間違いないっす!最強クラスっす!」
この姿なら早く動けるが、この姿をいつまで保っていられるかも分からない。出来るだけ、この二人から離れなければ。
「先輩!そっち行きましたっす!」
「はあ!」
「シュルシュル。」
大剣による攻撃をするりとかわしたが、何かおかしい。体がみるみる痺れて行く…
「ふう…今となっては貴重なクラゲ毒っす。アイテムは取っておくに限るっす。」
そうか、最初に捕まえられた時に…ダメだ、意識が…
「…?」
眼が覚めると、見知らぬ壁が、鉄格子越しに私を迎えた。
「お!先輩!この子起きたっす!よく見ると綺麗っすね〜。可愛いっすね〜。」
「…」
局長にはしょっちゅう言われたが、初対面の、それも人間の子にまで言わると、いよいよ気恥ずかしくなってくる。
「そんなこと、ありませんわ…」」
「うお!喋った!」
今だ!我が肉体よ、死病の蟲となれ!
「ブーーーン!」
「わああああ!」
自らの肉体は、羽虫、這虫、甲虫、大小様々な虫の群れへと変わった。
「ジジジッ!ジージジッ!」
檻の外で虫は集結し、再び元の姿へと戻った。
「やっぱりな。」
「せっ先輩!逃げられちゃいますっす!」
「いや、心配要らない。こいつが逃げる気ならとっくに逃げてる。」
この人間達が私を殺そうとしていたなら、とっくに私は息をしていなかった。
「まあ座ってくれよ。お前、話せるだろ?」
「…」
私は、言われるがままに木製の椅子に腰掛ける。人間達の目的は何なのだろうか。
「教えてくれ、一体何が起こったんだ?突然モンスターが消えたかと思えば、あの…」
ふと、奥の部屋から咳き込む声が聞こえる。とても辛そうだ。私は反射的に、そちらの方へ。
「だ…ダメっす!そこは!」
古びたドアが開くと、そこには年季の入ったベッド、そこには少年が一人、苦しそうな寝息を立てていた。
「その病気を治すのは、セージマンドラゴラの持つ薬草だけなんだ。今となっては…」
「風邪ですわ…」
少しこじらせてはいるけれど、これはれっきとした夏風邪だ。私も昔かかったことがある。治療法も知っている。基本的に、私の場合は、一部分を除いては人間と大して身体の作りは変わらない。
「何してるっすか!そこにある物は大体全部貴重な…」
水に、砂糖、塩、レモン汁を少量溶かす。
「どうぞ、お飲みになって。」
経口補水液は、普通の水よりはずっとましな水分補給方法だ。
「これで、明日には治っておいでかしら。」
「!?」




