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銀の宵の終わり  作者: 妃宮咲梗
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Ⅴ.終話



 殺意が溢れ出ている兄、フレッドににじり寄られて恐怖のあまり足がすくんでしまっているシエルの前に、立ちはだかるように姿を現したのは。

 フレッドに胸を貫かれ床に這いつくばっていた、ジェラルドだった。

 朝日が差し込む窓の前に立つシエルを、フレッドから守らんと最後の力を振り絞り立ち上がったのだ。

 だが、当然ながら彼にも朝日が降り注ぐ。

 シエルの目の前で、背を向けているジェラルドは朝日に焼かれた。

 ジュワッという蒸発するような音が耳に届く。

 実際、ジェラルドの肉体はまるで解けるように肉体がほころぶ。

 そしてジェラルドは、背後にいるシエルへと振り返りフワッとこの上ない柔和な微笑みを見せた。

 この様子にシエルは震えながら声を絞り出す。

「い……や……ジェラルド……ッ!!」

 しかしこの表情を見せたのを最後に、ジェラルドの全身は一瞬で灰と変わった。

「ジェラルド!!」

 シエルは悲鳴を上げる。

「あ……ああ……っっ!!」

 目の前の光景に、シエルは愕然とする。

 刹那、ジェラルドの形を司っていた灰は脆くも崩れて、粉塵と化す。

挿絵(By みてみん)

 シエルは足の力が抜けてへたり込むと、目の前に残されたジェラルドの衣類にすがりつく。

「ああああ……っっ!!」

 彼女が受けたショックは大きく、涙が更に溢れだした。

 そんな妹の反応に、フレッドは理解に苦しむ。

「……なぜだ……なぜそんな奴の為に涙が流せるんだ……っ!」

 シエルの傍らでは、物言わぬ血塗れの銀の狼が横たわっている。

 フレッドは、悲しみに暮れているシエルへと、更に怒りが昂ぶりこの上ない声を荒げた。

「なぁぜだシエルーッッッ!!」

 直後。

 気付いたらフレッドの首に何者かが喰らいついていた。

「――レノ……!?」

 突然の出来事にシエルは、目の前で起きた光景へと顔を上げる。

 それは、数発の銃弾を浴びて死んだと思われていた、レノだった。

挿絵(By みてみん)

 フレッドの肩に前足をかけて立ち上がっているレノは、フレッドよりも大きかった。

 牙が深々と突き刺さりフレッドは吐血する。

「な……ぜ……ゴポ……ッ、か……あさ……ん……」

 フレッドの目から、涙が流れ落ちる。

 最後の最後までフレッドは、もう死んでしまった母親のことを想う。

 喉元を噛まれて彼は、死を覚悟せざるを得なかった。

「……」

 フレッドの首にレノは、更に力を加える。

 ミシッと、首の骨が軋む音を立てた。

 少しの間を置いてレノは、フレッドの喉元を喰い破った。

 ブシュウ……!!

 派手な音を立てて、レノから食い破られたフレッドの喉元から、真っ赤な鮮血が大量に吹き出す。

「うっ……なさい……えっ、うぅっ、ごめんなさいフレッドお兄ちゃん……」

 倒れいくフレッドの目に最後に映ったのは、顔に両手を覆い謝罪を口にする妹、シエルの姿だった。

 命を奪われたフレッドは、ゆっくりと床に倒れ込んだ。

「ごめんなさ……」

 死にゆく兄の姿を直視できずにシエルは、両手で顔を覆いただただ泣きながら謝罪を口にしていた。

 しばらくしてから、そっとシエルは顔を覆っていた両手を下ろす。

 一方レノはと言うと、いつの間にか人の姿に戻っていた。

 そして近くに落ちているジェラルドの衣類に、スッと手を伸ばす。

「……“狼人間……銀の弾丸(たま)”……ってな」

 シエルに背を向けたまま、人の姿に戻ったレノは全裸だった。

 朝を迎えて、レノも人の姿に戻ったのだ。

「フン。普通の鉛玉でそう簡単に死ぬかよ。ボケ」

 レノは一度息を吐いてから、そう口にする。

「……う……っっ」

 ポロポロとシエルは、涙を零しながらレノを見る。

 そんな彼女の様子に、レノも悲痛の表情を浮かべた。

 間を置いて、レノは改めて口を開く。

「元はと言えば、全部俺が原因だよな」

 ジェラルドが残した衣類を、レノはたぐり寄せる。

「あの時……ジェラルドの言いつけをちゃんと守ってりゃ良かったんだ。でも……あの鹿を追いかけるのに必死で……あれがその日の俺らの食料だったから」

「うえ……っ、グス、ヒック、ごめんなさい……あたしのせいで……ジェラルドを……ぇう」

 シエルは嗚咽を上げながら、声を振り絞る。

 これにレノは静かに答えた。

「別にシエルのせいじゃねぇよ。あいつが望んでしたことだ。気にすんな。それに、一人になるのはお互い様だしな……でもシエルに出会って、人間悪い奴らばかりじゃないってことが分かったよ」

挿絵(By みてみん)

 ジェラルドの衣服を着こむレノに、シエルは提案した。

「ね……また一緒にどこかで暮らそう……? レノ……ジェラルドを失ってしまった今となってはこれまでのようにはいかないかも知れないけど……二人で頑張ればきっとこの辛さも乗り越えられるわ。だから――」

「一匹狼って生き方も悪かねぇかな」

 彼女の言葉を遮って、レノは口にした。

 背を向けている彼の言葉に、シエルは口を噤む。

 レノは顔だけでシエルへと振り返ると、微笑みかけた。

「――じゃあなシエル。お前と出会えて……――良かった……」

 彼の言葉を、シエルは静かに受け止める。

 そう言い残してレノは、窓を乗り越えて森の中へと走りだして姿を消した。

 そんなレノの後ろ姿を、シエルは黙って見送ることしかできなかった。


 うん……うん。そうだね。ここでお別れだね。さよならレノ。

 さよならジェラルド。

 さよなら――私の大切な家族……。


 シエルは、今までの出来事を思い出しながら、涙を流すのだった。

 この銀の森に一人残されたシエルだったが、彼女もまた、前を向いて歩き出す決意をするとその場をフラリと後にした。




 その後……。

 この森を包んでいた銀の霧は消え、開拓の進行により森の範囲も狭まった。

 そして歴史は何事もなかったかのように流れ、やがて居場所を失った彼らは伝説だけの存在となるのだろう。

 今も尚、この世界のどこかにひっそりと存在し、人間との友好的な共存を心のどこかで夢見ながら……。


 ビルが立ち並び、鉄の車が往来する時代。

 車の騒音やクラクションなどが鳴り響く。

 夜になっても明るい街のイルミネーション。

 それでも月は当時と変わらず、夜空に浮かぶ。

 

 夜の高層ビルの屋上から、獣の遠吠えが聞こえた気がした――。




 ――END――




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