07.フォックスグローブの恋文(2)
手紙には最初から涙の跡があった。
私が手紙を読んで泣き出す前から、涙の跡らしきものがあったのだ。
アーニャの涙なのか、イーサンの涙なのか。もしかすると二人がそれぞれ泣き崩れた跡なのかもしれない。
私はその手紙を読んで肩を震わして泣いた。多分、人生で一番泣いたと思う。
苛立ち、怒り、悲しみ、やるせなさ、黒い塊のようなわけのわからない気持ち。全部が押し寄せてきて私を圧倒した。私はしばらくそこから動けなかった。
森の入り口にある苔むした古いベンチに座っているのに、私は自分がどこにいるのか分からなくなった。
そよ風に手紙が揺れていた。親友アーニャの筆跡で綴られ、私がイーサンとの結婚が決まったと大喜びしていた日、親友アーニャとイーサンは泣き崩れていたことを示す手紙。
2人が互いに真剣だった証拠の手紙。
街で買った質素なコットン紙にはアーニャの切実な思いが溢れていた。家庭用の安い鉄筆インクが涙で滲んでいる。
アーニャは私を気遣って、恋心を封じ込めようとしていた。
――気づかなかった……。
――私はずっと気づかなかったわ!
――私は愚かな妻だった……!
今着ているドレスの裾に針目がいくつも並んでいるのが見えた。私の職人が仕立てたものとは大違いだ。
だが、切実な恋する乙女の気持ちが滲んでいるようだ。擦り切れたところを隠すように縫い付けた白い花は可憐だが、形が少しずつ違った。アーニャが自分で何度も補修を試みたのだろう。白い野花の刺繍がアーニャはとても好きだった。
――アーニャの純粋な想いが溢れた手紙だ……。
親友アーニャは私のことを思って自分の恋心を封じ込めていた。しかし、恋文を出したことでイーサンも自分を愛していると知った。
そして、私が婚約に舞い上がっているあの日、2人は愛の口づけをかわした。
3年前の結婚式の前。
レッドワイク伯爵家とシーブルック家の両家の間で婚約の契りがかわされた時点で、私の親友と私の夫は愛し合っていた。
――私こそが、結婚前から邪魔者だった……。
3年後の2人の裏切りを知ったショックより、今アーニャになって初めて悟った真実の方が、深く私の心を打ち砕いた。
あの生々しい裏切りの音。
馬車に轢かれて死んだ自分の記憶。
それが一層私の心の中で感情と記憶が激しくぶつかり合って、真実が私の心に黒い染みのように広がるのに拍車をかけた。
私は泣いた。胸が締め付けられるようだ。
裏切られたという気持ちに代わって、アーニャのことを思うと切なすぎて体が震えた。イーサンの気持ちも分かった。2人にとっては、私は邪魔者だったのだ。愚か過ぎる自分に呆れた。
話して欲しかった。騙されていた。それでもアーニャの切なさが分かってしまう。
私はしばらくその場から立ちあがることができなかった。
黒いしみが広がるようにしてどす黒い感情が私の心を占有していく中で、閃光のように、ある考えが私の頭に浮かんだ。
――ということは……もしかして、私はイーサンに殺されたの?
――誰かが私の殺害を仕組んだとすれば、夫のイーサンしかいない。
――私の資産が夫に横滑りする条件は、私が死ぬ事だ……!
私が見た馬車の紋章は、間違いなくレッドワイク伯爵家の馬車だった。
結婚して3年後、夫のイーサンは邪魔者の私を殺したのだろうか。
イーサンは私の親友のアーニャをずっと愛していた。
――私の遺産を手にしてアーニャを後妻に迎える計画をしたとしたら?…全ての辻褄が合う気がする……あれは仕組まれた殺人だった?




