59.深紅の季節——同じ時刻がまた来る
朝のロンドンを乗馬服姿で馬に乗って駆けた。
目的はロンドン港のホーソーン商会。
今日の待ち合わせ場所がそこだからだ。
婚約指輪もそこに置いていた。
ホーソーン・タウンハウスは、リディアが事業を継ぐことを想定に、3姉妹の亡き母の金庫とアーニャ・ホーソーンとしての持ち物ぐらいしか置いていなかった。
やがて私がキャロラインに戻ったら、プリンス・エドワード・オーガストの妻になることを約束したからだ。
グレイが王子殿下だと分かっている人物は、ギデオンだけだ。あとはイーサンも知っている。他のホーソーン商会の人は誰も知らない。
9月3日がどういう日なのか、エドワード・グレイは分かっている。私の呼び名はいつしかエドワードに変わっていたが、人前ではグレイと呼び続けることにしていた。
馬で駆けつけた私は倉庫にいるはずのグレイの姿を探した。
「グレイ!」
ブランデーの数を数えて荷車に積んでいるグレイの姿を見かけるなり、私は駆け寄った。
「キャロライン?」
「えぇ、キャロラインよ」
「プリンス・エドワードが初めて君とダンスをした時にささやいた言葉は?」
「息をするんだ」
私たちは抱き合った。
生きている。
同じ時間を生きている。
そのことだけで、涙が出た。
「今は何時?」
私はハッと気づいて、グレイに聞いた。
懐中時計を見たグレイが
「朝の8時30分だ」
「問題の時刻まで、あと4時間だわ」
「その乗馬服、よく似合っている」
グレイはそう言って、少しだけ笑った。
私はその言葉にとても照れた。恥ずかしい。
「よお、キャロライン」
「ギデオン!」
私は思わず大男に抱きついた。
「おっと……」
驚いた表情を浮かべたギデオンは、しばらく私の顔をじっくり見て静かに聞いた。
「百ポンドの金貨を俺から手にしたとき、あんた、何を思ってた?」
「感謝よ。あなたが最高の神に思えたわよ。あの巨大倉庫の可能性を信じてくれたあなたは最高の恩人よ」
しばらく無言が続いた。
「やっぱりな……シーブルックの血がなければあんな再興にはならねぇからな」
私は黙ってギデオンを見つめた。
「キャロライン、今までアーニャになっていたな?失恋したってのは、どうやら本当のようだが。王子殿下は何もかもご存じだったわけだ」
私はなんと言えばわからず、ギデオンを見つめた。
ギデオンは言いにくそうに言った。
「……昔、聞いたことがある」
ギデオンの眉間に皺がよっていた。
「シーブルックの血筋には、妙な話がついて回るってな」
私の耳の奥で何かが低い音がし始めた。
「死ぬはずだった奴が戻るとか……同じ時刻にまた死ぬとか……酒場の与太話だと思っていたが……半分は、家業で大きく成功した家へのやっかみも入っていると思っていた……」
――やはり、もう一度死ぬ時刻が来るのね。
「俺は信じなかったが、今のあんたを見たら信じられる気がするぜ」
私の頭の中には、真紅のダリアと共に、迫り来るストロベリー8冠のレッドワイク紋章をつけた馬車が見えた。走馬灯のように。
「そのシーブルックのご先祖さまは、生き残ったのよね?」
「いやぁ、同じ時間にまた死ぬって話だったと思うぜ、俺は」
死を迎えると、時間が戻る。
だが、その死の時刻は再び襲ってくる。




