05.きっとそうなのね ホーソーンのワイルド・ストロベリー(4)
ネルも私を認識していない。
私はひとりぼっちだ。
小道の先に、古い石壁に埋め込まれた裏門が見えた。もうすぐ裏門に着くだろう。
――アーニャとイーサンは結婚前から私に隠れて想いあっていた……彼が私と結婚した理由ははっきりしているわ……好きでもない私とお金のために彼は結婚して、2人で裏切り続けたのね。なんてことなの。
鋭く深い痛みを胸の奥で覚えた。
あの婚約が確定した日、私は美しい未来を夢見た。自分が縫ったカフスをイーサンが身につけているのを見て、どれほど舞い上がっていたことか。
伯爵家の荒れ果てた庭など目に入らないほど、私は幸福に満ち溢れていた。
しかし、現実は違ったのだろう。馬車で轢き殺される前に見た現実の裏切りは、結婚前から始まっていたのだ。
私の心は、世界の崩落を再び経験するようだった。馬車に轢き殺された時に感じた崩落が、再び自分に迫るのを感じる。
――何もかもが嘘の上に成り立っていた……友情も愛情も……夫も親友も私をずっと裏切っていた。
5月の午後の陽光は美しいのに、私の胸はひどく苦しかった。
ドレスの裾を掴んで小道に駆け込んだ。
涙を誰にも見られたくない。
低木の間に風が走り、葉が擦れる音が心臓の鼓動に重なる。足元の砂利が跳ね、靴を見つめる私の目には5月の草花の鮮やかさが染みた。涙が溢れてきているのだ。
結婚式の後に白く塗り直されたはずの木製の扉は、今は苔むして蝶番は赤錆ていたままだった。軋む扉を押して、私は裏通りに出た。
ここは使用人が行き来に使う裏道であり、表道とは雰囲気が全く違う。春の強い光は感じるが、馬丁の声や家畜の匂いが漂っていた。
遠くの教会の鐘で私はハッと我に返った。慌てて石畳の隙間の雑草を踏み分けて歩き始めた。近くにレッドワイク伯爵家の狩猟用森、レッドワイク・チェイスがあるのだ。その入り口にあるベンチを私はやはり真新しく白いペンキで塗り直しさせたはずだ。あのベンチは古びたまままでそこにあるだろう。
――誰にも見られず、手紙を読みたい。
一体アーニャがイーサンに何と書いた手紙を送ったのか知りたかった。
森には春の匂いが広がっていた。私が馬車に轢き殺される頃は、9月の金色の光が広がり、紅葉する葉が美しいグラデーションを作っていた。その森は今は新緑に溢れていた。入り口には思った通り、苔むしてひび割れたベンチがあった。ほっとして、私はベンチに腰掛けて深く息を吸って吐いた。
――落ち着くのよ。手紙を読んで確かめるのよ。
アーニャと私はイーサンの友人としてよく遊びに来ていたので、途中でアーニャである私を見かけても、使用人の誰も咎めたりはしなかった。
私は、はやる呼吸を抑えた。ドキドキする心臓の鼓動を感じながら、ハンカチーフの中の手紙を取り出した。カウスリップの黄色い花が目に入った。どうにも心を落ち着けることができない。手が震えてしまって、封筒の中からなかなか手紙を取り出せなかった。
倒れてしまいそうな動揺を抑えきれなかった。でも、手紙を見ずに倒れてしまうわけにはいかなかった。
――何がなんでも、アーニャの書いた手紙を読まなければならないわ。
もう一度大きく息を吐いた。森の春の香りを胸いっぱいに吸い込むんだ。空気が若い葉の匂いで満たされていた。
5月の森は空から葉の間を抜けて白く澄んだ光が降り注いでいた。森全体が翡翠色の幕を被ったように光と、春の香りをまとっていた。スズランの甘い香りが風に乗って漂い、初夏の予兆が漂う森で私は何度も深呼吸をした。
ついに、意を決して手紙を広げて読み始めた。ブルーベルの青がぼやけ、わすれな草の花弁が涙で滲んだ。
いつのまにか、5月の午後の光は夕方に映ろうとしていた。
私は親友アーニャの気持ちを初めて知った。
私の想像と違った。




