56.ヘザーの季節——再び、あの日と同じ香りがした
ヘザーの紫が消えた丘に、代わりに金色のガースが咲き始めていた。
霜で一夜だけ白くなったヒースの丘に、ガースの黄色い花が美しく咲いている日、リディアが13歳になった。
クリスマスローズの白い花が咲き、霜を被った野薔薇が庭先に見られ、1766年、スノードロップが咲く頃、ホーソーン・マナーに春が来た。
ブルーベールは消えて、スイカズラの甘い香りが濃く漂い、シダが海のように生い茂って風にそよぐ夏が来た。
セント・ジョンズ・ワートの真夏の黄色い花が咲き誇る頃、ロンドン拠点を作るために、ロンドンのメイウェア地区にある古いタウンハウスを購入した。
ヘザーの季節になると、ホーソーン・タウンハウスの内装工事は本格化していた。翌年のロンドンの社交界シーズン目掛けて準備が進むころ、リディアは14歳になり、エリスは11歳になった。
ブライアコームの村の噂で、イーサン・レッドワイクがハロウゲイト子爵と接近しているというものがあった。イーサンは自力で財政破綻を解消するために、ホーソーン家を見習い、商売に乗り出したようだった。彼が本気になれば、家令もついていることだ。なんとか浮上できるはずという噂だった。
1767年、チューリップとライラックが咲き、ホーソーン商会はロンドンに根を張り始めた。タウンハウスが完成し、アーニャの亡き母の金庫がホーソーン・マナーからホーソーンタウンハウスに移された。
ギデオン・ヴオスの名を表に出さぬため、表向きの取引はホーソーン商会名義で行われるようになった。ハロウゲイトが無視できないほどの存在になり、ハロウゲイト子爵とホーソーン商会は協力体制になった。
1768年のブルーベールの花が咲く頃、事業合法化手続きを完成させた。関税を支払っても、利益が出る構造にした。
1768年春、スイカズラの甘い香りが漂う頃、イーサンがハロウゲイトの改ざんされた帳簿を見つけ、アーニャ・ホーソーンに渡した。
アーニャ・ホーソーンが港湾救済金横領疑惑事件を調べていることを知っていたイーサンは、ハロウゲイトが横領を当時の王妃になすりつけるために、王子殿下の母の名義を使った慈善基金、港湾救済金の帳簿を意図的に改ざんした証拠をアーニャ・ホーソーンに渡したのだ。
1768年夏、王妃がロンドンに戻った。ヘザーが咲く前のことだった。
王妃は名誉を回復され、ハロウゲイトは失脚した。
1768年のヘザーの季節がやってきた。
忘れたかった忌まわしい季節だった。
ヘザーが紫に染まる頃になると、どうしても、あの日を思い出す。
真紅のダリア。
海風。
あの朝のロンドンの喧騒。
ホーソーン・マナーの庭でも、今年もダリアが咲いていた。
9月2日、私はロンドンのホーソーン・タウンハウスにいた。
あの日と同じ、ヘザーの香りがしていた。




