55.ヘザーの季節——キャロラインに戻ったら、結婚しよう
月光の明かりが美しかった。
「母がハロウゲイトに陥れられたんだ。だから、君がハロウゲイトの目に止まるのは、私としては耐えられないんだ」
王子殿下が話し始めた。
「あのメイウェアの薬屋は、幽閉されている母の薬を私が毎月買う店だった」
――王妃様は、確か事件に巻き込まれて責任を取らされたのよね。
「偶然だが、君がホーソーン男爵の薬をロンドンに買いに行くと聞いた時、あそこが頭にあった」
――あぁ、だからあそこで待っていてくれたんだわ……。
「でも、あの時から私の心は決まっていた。もう、私とキャロラインの結婚を阻むものはなくなった。レッドワイクとシーブルックは離縁したのだから」
月明かりの中で、繋いでいた手をそっと王子殿下は離した。ゆっくりと片膝をついた。胸のポケットの中から小さなベルベッドの箱を取り出した。
あまりに自然な動きだった。私は呆然と王子殿下を見ていた。
「君が元の姿に戻ったら、結婚しよう」
ベルベッドの箱の中で、月光を受けたダイヤが静かに光った。その指輪を王子殿下は私に捧げた。
胸の奥から何かが溢れ出す。
「君が彼を見ていることを知っていた。だから、私は何も言えなかった。でも、もう君を誰にも渡したくない」
少し彼の声は震えていた。
大きく息を吐き出し、私の顔を笑顔で見つめた。
薄いブルーのよく知っている瞳が私をとらえて離さない。
あぁ、私はいつからこの人のそばを離れたくないと思っていたのだろう。
この人のいない世界を、もう想像したくなかった。
ただ、ずっとそばにいたかった。
彼のそばにいると、心が温かくて、このまま時間が止まればいいと思った。
「キャロラインに戻ったら、結婚してくれる?」
もう一度、王子殿下が言ってくれた。
月もダイヤも涙で滲んだ。私は何度もうなずいた。
「えぇ、キャロラインに戻ったら、結婚します」
泣きながら返事をした。
王子殿下は、私の指にそっと煌めくダイヤの指輪をはめて、おでこに小さなキスをした。
月光の中で、指輪だけが静かに光っていた。
体は違う。
でも、心の温もりは本物だ。
私たちは泣きながら手を繋いで、月を見上げた。
いつ戻れるのかは、分からない。
それでも、私たちは必ず戻れると信じていた。




