50.アーニャSide——私は私でなくなった
イーサンは心ここにあらずの状態で、遠くを見つめては、物想いに耽る時間が長くなった。イーサンがこれほどまでに私のことを愛しているなんて、知らなかった。
私は愛して愛してやまない人のそばにいるのに、イーサンはずっと私の影を求めてホーソーン・マナーの方ばかりを向いている。
キャロラインのドレスはため息が出るほど素敵なものばかりだった。ハンカチも靴も持ち物の何もかもが一級品で優雅な輝きを放っている。
妹たちは元気だろうか。
お父様は元気にしているだろうか。
今では、日曜礼拝で皆の姿を観れるのが唯一の楽しみだ。
ブライアコームの村に不思議と活気が溢れていて、その中心に私の顔をしたレディがいる。
結婚式の翌日の日曜礼拝で、イーサンは失態をおかした。
どうも、私の顔をしたレディは、イーサンがキャロラインと結婚したからと、きっぱり線を引いたようだ。
――えらい。
――私と天と地の差がある。
次の週の日曜礼拝で、涙が出るほど嬉しいことがあった。リディアとエリスのドレスと靴が新調されていたことだ。
靴と帽子まで真新しくなった2人の妹の姿は、これ以上ないほど可愛らしく見えた。
リディアは淡い青色の薄手ウールとコットンの混合生地でリボンとレースがきちんとついた外出着を着ており、どこに出してもおかしくない出立ちだった。
9歳のエリスのドレスは柔らかなクリーム色で、新しく仕立てたとすぐに分かる体にピッタリとした採寸がされたドレスだと一目で分かるものだった。
どこからどうみても「きちんと整えられた娘」に見えた。2人がくるりと回った瞬間、裾がふわりと広がり、私は喜びのあまりに息を呑んだ。
私の今のドレスはキャロラインのクローゼットから出して着たドレスで、いずれもシルクのような重みや光を含んで沈むような艶があり、手の込んだ金刺繍が施され、それはそれは美しいものだった。
だが、それらのドレスに劣らない値打ちが、リディアとエリスのドレスに感じられた。
今までのように森を抜けてホーソーン・マナーの屋敷が見えてきた時、私は思わず衝撃を受けて立ち止まった。
壁が塗り直され、屋根が修繕され、庭の手入れがされていたその屋敷は、9月の紫色のヘザーの丘の中で、輝かしく光って見えた。
――昔のように、ノコギリソウの花を摘みながら、ホーソーン・マナーに「ただいま」と帰れたら、どんなにいいだろうか。
ブルーベールの花が咲いたあの5月から、私は私でなくなった。
私だけがキャロラインの体に入り、元のキャロラインはどこに行ったのか分からない。
アーニャ・ホーソーンの私の体の中にいるのは、私に見える。でも、何がホーソーン家に起きているのかは全く分からない。
私が今、すべきことは、イーサンとのことを綴ってしまった、あのキャロラインとのお揃いの日記を持ってきてしまうことだ。あれは誰の目にも触れてほしくない。
もしも、私の体にキャロラインの魂が入ってしまうようなことが起きたら、取り返しがつかないのだから。
「こんにちは」
私はすっかり塗り直して真新しくなったホーソーン・マナーの扉の前にたった。
「あぁ、キャロラインさん」
懐かしい声が私に声をかけた。
ホロウェイ夫人だ。
私は涙が溢れそうになったが、堪えた。
――泣いている場合ではない。
――ここは、もう私の家ではない。
――私は、ここに目的があって来たのだから。
――あの日記を、取り戻さなければならない。




