48.ヘザーの季節——私の隣のシンデレラ
結局、社交という名の商売拡充に精を出した私が、その夜ダンスを踊ったのは、2人だけだった。
最初の王子殿下と、最後のグレイ。
この2人だけだった。
私がこそこそとダンスカードに密談の内容を記していると、背後にグレイがやってきて、そっと首を出してきてカードの中身をのぞいた。
「きゃっ!グレイ、びっくりするわ」
「いや、驚かせてごめん」
グレイはくすくすと笑いながら、私の様子を楽しげに眺めた。
「商売繁盛、結構なことだね」
「本当なの、聞いて。王子殿下と踊ったの!夢のような瞬間だったわ」
私の言葉を聞いて、グレイはクスッと笑った。
「へぇ、王子殿下はどんな人だった?」
「素敵なの。最高なの。全てを忘れさせる程のインパクトがあるお方だったの。でも、誰かにすごく似ているような感じがあって、ものすごく安心できたのよ」
グレイは無言になり、一瞬の間があった。
「楽しかった?」
「えぇ、とても!私は初めて舞踏会が好きになれそうだわ。大口顧客がゴロゴロいるんですもの」
私たち2人だけの会話は楽しかった。
グレイはどこか満足げだった。
「さあ、明日から配達が大変よ。ジャックさんもミラーさんもみんな大忙しだわ。ギデオンに報告したら腰を抜かすわよ」
シャンデリアと香水と、クルクルと豪奢な絹が床の上を舞う舞踏会の場には、およそふさわしくない会話だった。
しかし、グレイは私を完璧にエスコートして、帰路に着いたのだ。
「シンデレラってこんな気分なのかしら?」
「え?」
「王子殿下と踊ると、何もかも忘れられない程の幸せな瞬間が一瞬訪れるのよ」
「そうなんだ」
「でも、現実に帰るの。私の場合はグレイが隣にいてくれる素敵な現実にね」
……。
「今日のアーニャ・ホーソーンは、はたから見るとシンデレラかもしれない。でもキャロライン・シーブルックの本音としては、あなたが隣にいる世界の方がシンデレラの気分だわ。灰かぶりの現実の方は、忌まわしいレッドワイクの方だと思うから」
「私の隣にいる今が、シンデレラだと言っている?」
「えぇ、幸運な状態よ」
スッとグレイが息を吸った。胸を抑えて静かに息を吐いた。まるで何かに耐えているようだ。
グレイは静かな声で言った。
「王子殿下にとっては、地位や名誉や財産を使っても、何もかも使っても、君をシンデレラにできない。君をキャロライン・シーブルックの体に戻してあげたいのに、それだけは何を差し出してもできない。そばにいて力になることぐらいしか、できない」
――王子殿下が、そこまで私の事情を知っているはずがないのに。
「ただ、私の隣にいる君は、シンデレラの幸運な状態の気分だと言われて、非常に光栄だ」
グレイのエスコートは、完璧だった。
私が王子殿下主催の舞踏会から帰還した夜、遅くまで起きていたホロウェイ夫人、ブリジット、リディア、エリスは、温かいポタージュを作って空腹の私とグレイを待っていた。サンドイッチの軽食ぐらいしか舞踏会では出ない。
商売を成立させてきた私は、ホーソーン・マナーの人々と村人たちに新たな仕事をもたらした。
ヒースの丘が紫に染まったヘザーの季節は、社交界と密輸品販売といった胸踊る興奮の幕開けだった。
そして、大口顧客を獲得した翌日、シーブルック家からの資金供与停止の手紙を持って、キャロライン・レッドワイクがホーソーン・マナーを訪ねてきた。そのシーブルック家からの封は、冷たいほど整っていた。




