40.野薔薇の棘——夜の運命共同体
「しばらく、ホーソーン・マナーで仕事があるから」
グレイが夫人に告げた時は驚いた。
「あなた、仕事は?」
「地代があるのは本当だから」
ジャックにイタズラっぽく囁かれて、私はこの人はどこまでもお人よしだと思った。私たちのために今日も付き合ってくれた。
ジョナス・レジャーは私の横に立つグレイを見るなり、金額を誤魔化さず、私が計算した通りの金額であることを認め、あっさりと証文を出したのだ。小娘一人行ったら、逆にお金をもっと取られたかも知れなかった。
約束の午後3時になり、ジャックと待ち合わせした場所に私たちは移動して、迎えにやってきたジャックの馬車でホーソーン・マナーに戻った。
戻ると、何やら騒がしかった。
「よぉ、おまえさんら、何をおっ始めたんだ?」
ギデオンがもう到着して、倉庫の鍵を開けて調べていた。
職人がやたらと賑やかに働いている様子に、面食らったようだ。
「村に金貨を循環させているのよ。今晩荷物を運ぶのに、うちの荷車も必要でしょうし。修理してもらっているの」
「なるほどねぇ、アーニャは本物の領主様ってわけだ。ふうん。で、あんたはまたなんでここにいる?」
ギデオンはグレイに聞いた。
「私がいてもいいだろ」
「いやぁ、他に仕事があるんじゃないのか?」
「今はこれが一番大事な仕事なんだっ!」
「二輪は大丈夫だったか?あんな過酷な旅は初めてだったろ?」
「そんなことないっ!」
グレイはムキになってギデオンに反論していた。
「で、今夜の山はどのくらい?」
私はシーブルックの娘だ。ギデオンに積荷の規模を確認しておきたかった。
「ブラック・ラーク号、ノルマンディからご帰還だ。全部運ぶ。遅れたら切り捨てるぜ」
「了解。ざっと40トン積みだね」
「その通り。ミス・フィンチの授業はそんなことまで教えてくれたのか?」
「まぁね」
グレイは40トンと聞いて息を呑み、無言になった。
「50は積める船だがな」
「速さが命なんでしょ。積荷を欲張ったら重くなって遅くなる。捕まるわよ」
「その通り」
私は髪の毛をきっちり引っ詰めなおした。
ブラック・ラークはギデオン商会の主力船の1本マストで航海するカッター船。50トンまで積める。積荷の値打ちは数万ポンド。
「夜間荷揚げで、内陸のホーソーン◦マナー到着は夜の10時ぐらいを考えている」
陸上げは分割搬入だ。往復回数、積裁量、人夫の配置を私は頭の中で弾いた。時間は足りる。
――いや、足りさせるのよ、キャロライン。それが私の仕事よ。
「わかったわ。万が一の場合に備えて、こちらは1時間前には集合しておくわ」
陸上げも人夫リレーだ。倉庫内の荷解き組みがブライアコームの村人で、荷が解かれた荷台はまた戻る。
「9時集合でいい?」
「あぁ、夜闇に紛れてこっそりと行くぞ」
私は、ミラーさんを見つけて集合時間を耳打ちした。
その後、ミラーさんは何人かの職人に駆け寄り、こっそり耳打ちして回っていた。
一人、二人と職人たちが姿を消した。
今夜に備えて仮眠をとりに帰ったのだろう。
***
夜9時。
潮風の香りの残る積荷が、密かにブライトンからサセックスの丘陵地帯を超えてやってきた。
松明もなし。声もない。あるのは、軋む車輪の音と、荒い息だ。真っ暗闇をごとごとやってきたのだ。
ホーソーン・マナーの外門は開き、何十台もの荷車を迎え入れた。
茶、ブランデー・ラム、レース、タバコ、砂糖、絹、香辛料、何万ポンドもの価値のある積荷が密かにホーソーン・マナーに運び込まれた。
巨大倉庫の中は戦場だった。庭先は真っ暗なのに、倉庫の中だけは明かりがこうこうと照らされていた。
松明の灯りの中で、村人も、海から運んできたギデオン商会の人夫たちも必死だった。
整然と積荷が分けて陳列された後、ギデオンが高らかに宣言した。
「秘密の仲間よ、墓場までこの秘密を持っていくこったな。ここでのことを他で話したら命はないぞ」
皆が頷いた。
「私たちはもう運命共同体よ」
私は額の汗を拭き、にっこりと笑って言った。
ミラーさんを始め、村人たちは初めて見る巨大な積荷を前に恐れをなした様子だった。
私は密輸の調整役として暗躍し、この事業で富を築き、やがて合法化の方向に持っていくところまで計画している。ギデオンとは長い付き合いになりそうだと思った。
ハロウゲイト子爵の追跡を交わしきれるのか。ハロウゲイトは財務府上級顧問であり、港湾・関税監督委員会統括責任者だ。
――2年後、ハロウゲイト子爵にギデオンがつかまる未来を私は見たわ。
だが私は、それを変えるつもりだった。
絶対にバレてはいけない秘密を共同する運命共同体が、こうしてブライアコームの村にできた。
ホーソーン男爵家と、村と、ギデオン商会は、1765年の6月末にこうして結束した。
この夜、私たちはもう後戻りできない場所へ足を踏み入れた。成功するしかなかった。
――失敗は許されない。




