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私は結婚前から邪魔者だったのね!?お金以外は必要とされなかった妻でしたが、貧乏男爵家の再興が私の運命でした——そして嫁ぎ先は王家になりました  作者: 西野 歌夏
第2章:野薔薇の棘——ホーソーンの実

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34.野薔薇の棘——百ポンドと帰還

 必要な金貨の最後の金貨の一枚がカウンターで鳴った時、私はようやく息をつけた。調合師は静かに頷いた。薬は手に入った。


 男爵を救う薬と全財産の皮袋を胸に抱え、泥に塗れてびしょ濡れのまま、私はギデオン商会に向かった。


 グレイが馬車を用意してくれていた。


 その馬車は、ブライトンの街で花嫁衣装の仕立ての中止を告げようと、仕立て屋の前で泣いていた時に彼が出してくれた馬車と同じだった。


 馬車は黒塗りで、飾り紋もなく簡素に見えた。だが真鍮の留め具は曇りなく磨かれ、車輪は驚くほど静かに回った。相変わらず、引かせている栗毛の二頭立ては非常に立派な馬だった。

 

 メイウェアの高級薬舗からロンドン港まで馬車で移動して、ギデオン商会の看板の前で私たちは馬車を降りた。


 宿とブライトンまでギデオン商会荷馬車に便乗するところまで含めて契約のうちに入っていると私が説明したため、グレイも一緒にブライトンまで荷馬車に乗せて欲しいと言い出したのだ。


 シーブルックの実の父とギデオン・ヴオスが喧嘩別れをしたこと、少女時代にシーブルック・ハウスにアーニャが毎日ように来ていた頃は、父とギデオンは仲が良かったこと、2年後に彼がハロウゲイト子爵に捉えられること。私はグレイに説明した。


 ハロウゲイト子爵の名前を出した時だけ、グレイは顔を一瞬曇らせた。


「どうしたの?ハロウゲイト子爵と知り合いなの?」


 私は尋ねたが、グレイは首を振った。


「いや、ギデオンは捕まるんだねと思って」

「そうね。いつか教えてあげようと思うのよ」

 

 私はそう言った。彼が今回助けてくれたのは事実だ。恩返しは必要だろう。危機に瀕していたところを彼によって救われたのだから。男爵の薬が買えて、宿屋も用意され、二度と乗りたくない乗合馬車を避けられるのだから。


 ギデオン商会でギデオンは待っていてくれた。


「あいにくの土砂降りだな。ブライトンまでは明日までかかるぞ。薬は買えたのか?」


 そっちの男は誰だ?と言いたげな表情で、ギデオンは私の顔を見るなり言った。


「こちらはブライトンの港で書記官をしているグレイ・エドワードよ。おかげで宿屋も快適で、今朝無事に薬も買えたわ。ギデオンおじさんには感謝しているわ」


「初めまして。実はお願いがあって参りました。料金は払うので、私も彼女と一緒の商会荷馬車に乗せていただきたいのです」


 グレイが挨拶すると、ギデオンは鋭い目でグレイを見た。


「あんた本気で荷馬車に乗りたいのか?相当こたえるぞ?」

 

 ギデオンはグレイをじっと見据えていた。私はグレイを見た。


 グレイの格好は、深いネイビーのフロックコートを着ているものの、完璧に結ばれていたはずのクラバットは解けかけ、雨に濡れた赤茶の髪が額へ張り付いていた。磨かれていたはずのブーツは泥だらけだ。目の下には、早馬で駆けつけて、一晩中私を探したというだけのことはあり、疲労の影が色濃くあった。


 雨に打たれ、皺だらけになった上等な上着が、彼が一晩中私を探していた証拠に見えた。


「問題ない。私は彼女を守りたいんだ。ついていく」


「わざわざご苦労なこって。分かった」

「でも、ギデオンおじさん、もっと早い馬車がないかしら?どうしてもこの薬を一刻も早く届けたいのよ」


「アーニャ、ずぶ濡れじゃないか。今日も少年の格好をしているようだが、いい加減着替えた方がいい。雨の中歩き回ったのか。泥だらけだ。アーニャは着替えはあるのか?そこのあんたも着替えがあるか?まぁ、あんたが気にいるような衣装はここには用意はしちゃいないが」


 ギデオンは早い馬車については答えず、私たちが濡れていることを気遣った。


「じゃ、着替えさせてもらうわ。部屋を借りたいのだけれど」

「あぁ、商会の女性が使っている部屋がある」


 私は商会の2階の奥の小部屋を貸してもらって、アーニャのタンスから持ってきた乾いた服に着替えた。淡い草色のコットンガウンだ。何度も洗われて柔らかくなっているが、乾いた服がありがたかった。裾には細かな繕い跡があった。


 グレイは乗ってきた馬車に戻ってしばらくすると戻ってきた。白シャツに丁寧に結んだクラバット、磨かれた乗馬ブーツに履き替えていた。着替えを持ってきたとグレイは説明した。


「さて、もう一度確認したい。早さを求めるなら、商会の速達用軽量チェイズを出せる。だが、幌だからあんたらは濡れる。本当にそれに乗ってでも早く帰りたいか?」


 私は頷いた。


「ありがとう!濡れてでも、今晩には着きたいのよ」


 ギデオンはグレイに念押しした。


「あんたも、本当にそれでいいのだな?きついぜぇ。やめるなら今だ」

「いや、私は彼女を守りたい。一緒に行く。濡れても構わない」

「そっちで用意できる馬車の方が早いだろ?」


 ――そっちとは、何?


 私はグレイとギデオンの2人だけの会話についていけなくなった。


「要らない」

「なんでだ?」

「彼女がこっちに乗るからだ」

「……大した覚悟だな」


 ギデオンはにっこり笑って私を見た。


「あんた、レッドワイクに失恋して大正解だぜ。親父さんが人が良すぎて商売下手なのも、功を奏したってわけだ。レッドワイクより、よっぽどの上玉だ」


 私には意味が分からなかった。だが、グレイはギデオンのことがいたく気に入ったようだ。


「貴方とは気が合う!」

 グレイはギデオンと固い握手をした。


「おうよ」


 私たちはギデオン商会の速達用軽量チェイズを手配してもらった。二輪車だ。ギデオンが全てを手配し、馬替えまで指示を出してくれた。


「このチェイズは速いが、お二人さん、壊すなよ」

「壊れたらどうしたらいい?」

「その時は2人で仲良く歩け」


 私たちの帰りの旅は過酷だった。


 幌を叩く雨音は絶えまなく続き、狭い座席で、揺れるたびに私たちの肩は触れた。たびたび車輪がぬかるみに跳ね、その度に私は彼の胸へ倒れ込んだ。離れようとするたび、ぬかるんだ道が私たちをぶつけ合わせた。


 私たちは何時間も濡れたまま離れなかった。雨除けの外套を2人で膝にかけながら、私たちはずっとくっついていた。濡れて張り付いたシャツと私のコットンドレスの下から、体温がお互いに伝わった。それが雨に濡れた寒さのせいなのか、別の理由なのか、私はあえて考えないことにした。

 

 夜遅くにブライトンの街に着いた。

 ブライトンからは、グレイの例の黒い馬車が私たち2人をホーソーン・マナーまで送ってくれた。


 真っ暗なホーソーン・マナーの屋敷が見えてきた時、私は涙が溢れた。


「リディア、ホロウェイ夫人、ブリジット、ジャック!帰ったわ!」


 私はホーソーン・マナーの扉の前で声を出して言った。


 屋敷に灯りが灯り、皆が歓声をあげて、びしょ濡れの私とグレイを迎え入れてくれた。


「100ポンドで契約したわ。お父様の薬も手に入れたわ」


 私は涙を出して歓迎された。それは、人生で初めての感動の瞬間だったかもしれない。


 グレイは私の横で、雨に濡れたまま、まるでそれが報われた男のように微笑んでいた。









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