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私は結婚前から邪魔者だったのね!?お金以外は必要とされなかった妻でしたが、貧乏男爵家の再興が私の運命でした——そして嫁ぎ先は王家になりました  作者: 西野 歌夏
第2章:野薔薇の棘——ホーソーンの実

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21.野薔薇の棘——茨を越えて、恋より高鳴るもの(2)

「お姉様?ホロウェイ夫人が呼んでいるわ。明日は教会に行くからお湯を浴びるでしょう?」


 リディアの声が廊下の向こうから聞こえた。私は慌てて日記を元の引き出しに戻し、走るようにして部屋を出た。


 ホーソーン男爵家では、土曜日の夕暮れに湯を浴びるようだ。


 私は衝立を用意しただけの小屋のような部屋で、湯気と石鹸の香りに溢れる中で何もかも脱いで、体を洗った。


 今日、イーサンに手首を掴まれた所を、何度も何度も洗った。狩猟用ロッジで窓の外から見たアーニャの体を、自分の体として見る違和感にため息がでた。体を洗うと、肩の線の細さに驚いた。


 湯から上がり、アーニャの部屋にあった衣類に着替えると、いそいそとリディアとエリスの明日のドレスを準備した。準備したと言っても、アーニャの部屋の隅の壁の椅子の上に、既に古びたドレスを仕立て直したものが用意されていたので、それを2人の妹の部屋に持っていっただけだが。


 リディアとエリスの部屋は同じ部屋で、アーニャの部屋と大差なかった。やはり、野薔薇を挿した花瓶がおいてあり、壁には2人が描いた絵が飾ってあった。


 私は余計なことを考えるのをやめたかったから、とにかく動き回りたかった。


「旦那様。小作人のミラーさんがお見えですわ」


 ホロウェイ夫人の言葉で、私は動きを止めた。


 ――こんな時間に?


 もう土曜日の夜になり、あたりは真っ暗になっていた。


 小作人が男爵の家を訪れるのは、よほどの理由がない限りは場違いな時間だ。


「わかった」


 ホーソーン男爵の声がして、玄関から男爵が外に出て行く音がした。


 私は急いで後を追った。


 ランプの灯りに照らされ、節くれだった手を握りしめて、泣きそうな顔をした無精髭まじりの中年の男性が立っているのが見えた。


 ホロウェイ夫人の隣に私はそっと立ち、男爵とミラーさんの様子を見守った。


「旦那様……申し訳ないですだ……今年の小作料は払えないです……女房が体を壊しちまって……」


 言葉にならない声を出し、ミラーさんは男泣きに泣いた。

 

「わかった。良い。今年は収めずとも良い」


 男爵はミラーさんの肩を叩いてそういうと、少し離れたところに立つホロウェイ夫人の方を振り返った。


「夫人、穀物庫にある食べ物を分けてあげなさい。私たちは、日曜の食べ物はあるのだから、ミラーさんにも分けてあげなさい」


 ミラーさんは驚いた声をあげたが、男爵は手でミラーさんを優しくなだめた。


「いいんだよ、ミラーさん。お互い様だ」


 ホロウェイ夫人は、黙ってうなずくと穀物庫の方に姿を消した。


 私はミラーさんが泣くのを男爵が宥めるのをずっと見ていた。


 ――お優しい方なんだわ。


 ――でも、これでは生活は全く成り立たないわ……。


 ホロウェイ夫人が袋いっぱいに食べ物を詰めて現れ、男爵に手渡した。それを、男爵はドンとミラーさんの腕の中に入れ、しっかりとミラーさんは抱き抱えた。


「いいかい?気落ちするんじゃないよ。今日はこれで子供達と一緒にお腹一杯食べて、ぐっすり眠るんだ。明日になったら、また世界が変わっているかも知れないじゃないか」


 男爵はそういうと、ミラーさんは何度も何度も泣きながら礼を言って、村の方に去って行った。ミラーさんが姿を消すと、男爵は激しく咳き込み、壁に手をついた。


「お父様っ!」

「旦那様っ!」


 私は自然と男爵に「お父様」という言葉が出た自分に驚いた。男爵が尊敬できる心優しい人物であるということはよくわかったのだ。


「大丈夫だ。少し疲れただけだから」


 男爵は私たちにそういうと、屋敷の中に戻ろうとした。


 ホロウェイ夫人と私は顔を見合わせた。

 夫人が何を考えているかは読めないが、少なくとも心配しているのは同じだろう。


「お父様。少し書斎でお話ししたいことがございます」


 私は静かにホーソーン男爵に伝えた。


 驚いた表情をした男爵は、私の顔を見てうなずいた。


「珍しいな。わかった」


 私は没落したホーソーン男爵の書斎に入り、男爵が書斎の椅子に座るのを見届けた。


 元は贅沢なマホガニーの机だったらしいが、今や古ぼけた骨董品のようになった机の上には何も置かれていなかった。


「帳簿をお見せいただけますか」


「帳簿?今まで一度も見たことがなかったのに、どうして……」


「見せていただきたいのです、お父様」


 私は有無を言わさない迫力を込めて迫った。結局、男爵は不思議そうな顔をしながらも、私に帳簿を見せてくれた。


 ――あぁ、めちゃくちゃだわ……。


 一つだけ言える。

 私の実家は海運業で大成功した資産家だ。貴族でもなんでもない者が巨万の富を築くのは、ただの偶然でも、ただの幸運でもない。


 支えているのは頭脳だ。

 イーサン・レッドワイクが知らなかったことの1つ。

 私は父に帳簿づけから計算まで何から何まで叩き込まれていた。


 貧乏伯爵家の後継に私が夢中になるとは思わなかった父が、幼い頃から一人娘の私がシーブルック家を切り盛りできるように仕込んだのだ。


 そして、私はそれが大好きだったのだ。

 レッドワイク伯爵家が3年で蘇ったのには訳がある。家令が優秀なだけではない。


 度胸も必要だ。

 そして、今、私に欠けていた覚悟というものができた。


 あまりにめちゃくちゃな帳簿に、腹をくくるしかないという覚悟できたのだ。


 サセックスとブライトンの港を生かす立地。

 ホーソーン男爵家の昔は栄えていた証拠の巨大倉庫。

 海路に近くて、夜の闇に紛れても物を移動できる距離と道。

 

 私は既に知っている。このホーソーン男爵家を逆転させる、危険だが、私ならできると思える方法を。


 ――捨てるものなど、もう何もない。


 覚悟が決まった。

 愛も名誉も花嫁衣装も失った。


 ――ならば残るのは、頭だけだ。

 

 古びた帳簿の上に指を置いた瞬間、恋より何より心臓が高鳴るものが存在するのだと初めて知った。


 花嫁にはなれなかった。

 ――けれど私は、商人にはなれる。


  

 


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