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20.野薔薇の棘——茨を越えて、恋より高鳴るもの(1)

 シャンパンローズやアイボリーシルクのドレスに金糸仕立ての刺繍がされたドレスが溢れる私の部屋とは、大違いだった。


 夕食の後、私はアーニャの部屋に行った。

 ホーソーン男爵家の家紋は、「茨を越えて、我らは耐え忍ぶ」だ。私の今の気分にぴったりだ。廊下の突き当たりにある屋根裏に近い二階奥の部屋がアーニャの部屋だった。これは、アーニャが少女時代に私に話してくれたので知っていた。


「お姉様、その衣装は結婚式用でしょう?早くお着替えなさったら?」


 しっかり者のリディアの言葉で、私はハッと我に返り、また明日の教会に着ていくリディアとエリスのドレスも見繕うために、アーニャの部屋にやってきたのだ。


 扉を開けた私は、呆然とした気持ちで部屋の中を進んだ。(あるじ)が不在の部屋に勝手に侵入するようで、気が引けた。しかし、もはや私がアーニャなので、致し方ないと自分に言い聞かせた。


 天井は低く、梁が剥き出しだった。きっと冬は寒く、夏は暑いだろう。壁は漆喰がところどころ剥がれていた。床板は古く、少し軋んだ。


 素朴な木製フレームのベッドが置かれていて、シーツは古いリネンを何度も漂白して使っているようだ。マットレスは藁を敷き詰めたもので硬かった。木目の荒い古い箪笥があり、蝶番が少し浮いていた。鏡の向こうで、蜂蜜色の髪にアーモンド形の瞳のアーニャが不思議そうに私を見つめ返した。


 嫌がおうにも自分がアーニャだと思い知らされる瞬間だった。


 小机の上に半分乾いたインク壺があり、安価な紙の束が置いてあった。咄嗟に例の手紙を思い出して、私は顔を背けた。


 野薔薇を挿した小さな陶器のコップがあり、古い生地を縫い合わせたクッションが木製の椅子の上においてあった。


 壁には、妹2人が描いてくれたらしい、アーニャの絵が飾ってあり、手作りのレースカーテンが窓にかかっていた。


 私は衣類を調べなければと思い、クローゼットとタンスを開けた。普段着のドレスが3着、古いが質素に繕われた下着類、アーニャの母から受け継いだと聞いたことがある見覚えのある上質なショールがあった。


 蝶番が浮いている引き出しを開けると、詩集、リネンのハンカチ、リボンの切れ端の間に、見覚えのある手帳を見つけた。


 ーーロンドンのブルームズベリーの文具屋で2人で買った日記帳だわ!


 私が持っているのとそっくりの日記帳がそこにはあった。


 ブルームズベリーの通りは、メイフェアほど華やかではない。私の実家が持っていたロンドンのタウンハウスに泊まった時に、メイドのネルと私とアーニャの3人で買い物をした。その時に買ったお揃いの手帳だ。私の母がくれたお小遣いで、そのお揃いの日記を買った日のことを私はよく覚えていた。


 革表紙の日記を手に取り、私は震える指でページをめくった。最新の日記は、昨晩の日記だった。妹2人の境界用ドレスについて、アーニャはメモを残していた。私はそれを読んでほっとした。リディアとエリスのドレスについては、アーニャが見繕ってくれていた計画に沿って、私は2人に準備してあげればいいだけだ。


 だが、次の瞬間、最後の文字に私の心は凍りついた。


「キャロラインなんか、もう知らない!」


 私は思わず手帳をベッドの上に投げ出した。

 見たくないと思った。


 親友の本当の気持ちをこれ以上知るのは怖かった。しばらく、天井のシミを見上げて、私は必死に涙を堪えた。


 ーーアーニャの気持ち……。


 私はそっとベッドの上の日記帳を手に取り、ベッドに腰掛けて前のページまでめくった。


 あの日の日記があった。

『愛する人の指先一つで、私は女だと知れた。とてつもない悦びに、私の心は決まった。もっともっと……』


 それ以上は読めなかった。赤裸々に綴られた言葉は、官能的で、私は嫌悪感と共に、まるで知らない女性を見るような感覚に陥った。


『イーサンは聞いてくれない。私に夢中で……』


 私は唇を噛み締めた。



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