16.白薔薇の花嫁——ローズマリーの再会(グレイSide)
レモネード・ワインを持つ手が震えた。
庭園は祝福に満ちていた。
私にとっては処刑場だった。
白布の宴席天幕には薔薇とジャスミンの綱飾りが垂れ、甘い香りが風に流れていた。祝福の庭は美しかったが、シーブルック家の仕事関係先として参列したエドワード・グレイとしては、処刑台のように感じた。
先月、あの日、ブライトンの仕立て屋の前で涙にくれていたキャロラインは消えた。私の隠れ家の応接室の椅子で気を失うようにして寝入ったキャロライン・シーブルックは、夜に目覚めると、私と話した事も、私と出会った事ですら、何も覚えていなかった。
レッドワイク伯爵家にメイドと出かけた後、その日の午後の記憶がすっぽり消えたというのだ。幸い、乳母が気を聞かせて、彼女を結婚前の気鬱かしらと言って慰め、シーブルック家に無事に送り届けたので、大した騒ぎにもならなかった。
だが、私は結婚を取りやめたいと言った彼女のことが心配で、何度も彼女と話そうとした。しかし、彼女は再びイーサン・レッドワイクに夢中の恋するレディに戻り、私は彼女に例のことを確認することがためらわれたのだ。
そして、アーニャ・ホーソーンについても、同じだ。確かに彼女は入れ替わったと話したが、私はわざわざホーソーン・マナーにまで足を運んだが、彼女は私を見ても知らない人を見るような目で見た。
6月に入り、私はいよいよ焦った。
私の最愛の人が、彼女が話した通り、3年後に命を落とすとすれば……騙されて結婚した挙句に3年後に事故で殺されたとすれば、私はその結婚をなんとしても阻止しなければならなかった。
私は今月に入り、2回もアーニャ・ホーソーンの実家を訪ねた。ホーソーン・マナーの石壁にはフォックスグローブが紫の塔のように咲き、古い白薔薇が崩れた格子戸へ絡んでいた。その中に佇むアーニャは、私が知るキャロラインではなかった。
――あぁ、あの時、もっと早くにシーブルック家に連れて行ってあげていれば!
――私が動揺のあまり、または、最愛の人が結婚をやめたいと口にしてくれた喜びのあまり、感情の整理がつかず、気づけば……そうだ。私は彼女を守るべき日に、自宅へ連れ帰ってしまった。
――なんという失態。
私は息をひそめるようにして、最愛の人が、他人の花嫁になるのを見つめていた。
息が止まるほど美しかった。
しかし、彼女が3年後に殺されるとわかっていて、どうして私は止められないのか。
自分への苛立ちと、失望で、私はレッドワイク・ホールの披露宴で、ワインをやけ飲みしそうになっていた。
激しい口論が聞こえたのはその時だ。
テントの裏側で、スズランの花が咲く庭園の影でその声はした。
大急ぎで、シーブルック家の資金をつぎ込んで披露宴を庭で開けるレベルにまでは庭の手入れをしたようだが、私の目からすれば、長らく財政破綻に喘いでいたレッドワイク伯爵家の再興には、だいぶ時間がかかりそうだった。
「いやよっ!」
もう一度声がした。
私は思わずビクッと立ち止まった。
耳をすませる。
――誰の声だ?
「どうしたんだ、アーニャ」
――今、確かにアーニャと聞こえた……。
「気づいたら、イーサンと庭にいて、私のことを彼がアーニャと呼んで……」
あの日、泣きながらキャロラインが話していた声が耳奥で蘇った。
私は思わず忍び足ながら、ものすごいスピードでその声の方向に近づいた。
細心の注意を払って、気づかれずに近づいた。
白薔薇のさくアーチの下に、2人の人影が見えた。一人はアーニャ・ホーソーン。もう一人は背の高いイーサン・レッドワイクだ。
イーサンが不意にアーニャの頬に手を伸ばした。彼は何かを体を傾けて、アーニャの耳元で囁こうとしていた。
しかし、その瞬間、アーニャが思いっきり猛スピードでイーサンの頬をひっぱたいたのだ。
「痛いっ!」
「触らないでと言っていますっ!私に触れないでくださいっ!あなたのことなんて大嫌いですから」
アーニャは激しい拒絶をイーサンに示し、その場から立ち去ろうとした。
しかし、イーサンはアーニャの手首をすかさず掴み、彼女を力づくで引き止めようとした。
「どうしたんだい、アーニャ。今日の結婚式のことを怒っているんだね。ごめん、本当にごめん。この埋め合わせは必ずするから、またあのロッジで……今日の埋め合わせをする……」
再び、イーサンはアーニャにひっぱたかれた。
「金輪際私に近づかないでっ!今度私に近づいたら、シーブルック・トマスに何もかも話すわよ」
低い声でアーニャがイーサンに告げるのが聞こえた。
アーモンド形の瞳が怒りでつり上がっている。
最近、ホーソーン・マナーを訪ねた時とは、雰囲気が全く違う。
――もしかして?
――キャロラインか……?
イーサンはまだきつくアーニャの手首を掴んで離さなかった。抱き寄せようとしている。
私は思わず「イーサン!」と声をかけて走り寄った。
イーサンは、私の声にビクッとして、パッとアーニャの手を離した。
白薔薇のアーチの下で、アーニャが私の姿を見るなり、アーモンド形の瞳を丸く見開いた。
「グレイっ!」
その呼び方を知っているのは、一人しかいない。
彼女は私の存在に心を奪われたように見えた。
アーニャは蜂蜜色の髪をまとめあげていたが、その髪の毛が振り乱れるほどの早さで私の方に駆け寄ってきた。
「グレイ、あなたきていたのね!」
私は涙がこぼれた。
今まで、一度もアーニャ・ホーソーンは私の名前を呼ぶことはなかった。
私の存在を認めているアーニャ・ホーソーンに、私は人生で初めて遭遇したのだ。
私が探していた、最愛のキャロラインがここにいた。
アーニャ・ホーソーンとして。
「あぁ、アーニャ。久しぶりだ。そういえば、この前食べ損ねたシーブリーズ菓子店の砂糖菓子だけど、今度一緒に買いに行こう」
私は最後のテストをした。
「ブライトン一の菓子店なのよね。本当に食べられなくて残念だったわ。夫人もお元気?」
目の前に息を切らして走ってきたアーニャは、バラ色の頬を輝かせて私に最高の回答をくれた。
「あぁ、夫人も元気だ。君にお茶を飲ませられなくて、夫人も残念がっていた」
私は深い安堵を覚えた。
「やっと会えた」
私はアーニャに囁いた。
イーサンは驚いた表情でこちらを見ていたが、私たちは完全に無視をしてテントの方向に歩いた。
「あなたの家で気を失って、目が覚めたら、結婚式に参列する寸前だったの。だから、あなたにずっと会っている気分なのよ」
アーニャはいたずらっぽく笑った。
目の前にいるレディは、アーニャの顔で笑っていても、そこにいるのは私の知るキャロラインだった。




