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私は結婚前から邪魔者だったのね!?お金以外は必要とされなかった妻でしたが、貧乏男爵家の再興が私の運命でした——そして嫁ぎ先は王家になりました  作者: 西野 歌夏
第1章:深紅の季節——亡霊の春

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15.白薔薇の花嫁——スズランの毒

「お姉様、急がなくちゃ。レッドワイク伯爵家の結婚式に遅れるわ」


 鐘の音がしていた。

 少女の声に目を開けた。

 肩を優しく揺さぶられている。


 ――だれ……?


 白磁のような肌、蜂蜜色のハニーブロンドの髪、アーモンド形の薄い緑色の瞳、首筋が長く、私を笑顔でのぞき込むその少女の姿に、私は見覚えがあった。


 かつて、私の家庭教師が海辺に建つ赤煉瓦のシーブルック・ハウスに連れてきた、13歳の頃のアーニャに似ている……。


「アーニャ?」

「もう、何を言っているの、お姉さま。アーニャはお姉様でしょう。私はリディアでしょ。結婚式に遅れるわ」


 ――アーニャ?


 その名が、まるで他人事のように耳へ落ちた。


 次の瞬間、私は自分の喉を押さえた。喉が塞がった。水の中にいるかのように、息が入ってこない。

 死にかけの亡霊のような気持ちになる。


 ――また、今は私ではない……。

 

 私は自分の着ている淡い青灰色のドレスが目に入った。古いドレスを仕立て直したようだ。上質ウールだ。リボンのみ新調したようだ。


 「レッドワイク伯爵家の結婚式と今言った……?」 


 「そうよ。変ね、お姉さまったら。イーサン・レッドワイクとキャロライン・シーブルックさまの結婚式でしょう。今日はお姉さまの大親友の結婚式だわ。寝ぼけてしまっているのね。夢でも見たの?」


 リディアと名乗った少女は、私に親しげに囁いた。

 石造りのブライアコーム教会が目の前にあった。私は促されるまま、馬車を降りた。


 リディアの後からすぐに9歳ぐらいの少女も降りてきた。2人とも仕立て直したらしい、ウールのドレスを着ている。髪に白薔薇を飾っていた。デイジーの花を思い出させる可憐さだ。


 その後から、ホーソーン男爵が続いた。ホーソーン男爵は、幾度も刷毛をかけられた黒の礼服を着ていた。布は良質であったろうが、かつての誉れは随分前に終えてしまっていたようだ。襟元の白布だけは清潔だった。靴は古かったが、丁寧に磨かれていた。


 「顔色が悪いぞ、アーニャ」


 ホーソーン男爵は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


 私はうまく答えられなかった。


 全然大丈夫じゃないから。今にも倒れそうだから。


 私の心はパニックを起こしかけていた。



 石造りの教会の扉が開いていた。


 私は教会の入り口から中に入った。白薔薇と白いリボンが、祝福するように扉へ巻かれていた。


 私の結婚式のために、だ。



 「アーニャ、こっちよ」


 呆然とする私に変わり、リディアが私を手招きして、参列席に私はついた。


 モーニングを着た紳士達や着飾った貴婦人たちで教会は溢れかえっていた。


 誰かが息を呑み、教会全体が波のように静まった。イーサン・レッドワイクが現れたのだ。その美しいブロンドの髪は丁寧に撫でつけられ、凛々しくも美しい顔は神々しいほどの光を放ってみえた。


 ――私を裏切っていて、よくもそんな平気な顔をできるわね……。


 イーサンは、私の記憶の通り、私の実家のシーブルック家の資金を使って仕立てられた礼服に身を包んでいた。3年前に初めてイーサンの礼服姿を見た時のことを今でも覚えている。愛する男性のために、最高級の礼服を仕立ててもらったのだ。


 イーサンの肩で寸分違わず収まっている銀鼠色の胴衣は、イーサンの体つきを美しく見せた。私は狩猟用ロッジで見た彼の体を思い出し、忌まわしい記憶に打ちのめされた。


 悔しさで、涙が溢れた。

 

 ――結局、結婚式を止められなかったのね……。


 3年前の私は、彼をこの世で一番の花婿だと思った。今の私は、紛い物の偽物の男だと知っている。失望と嫌悪感に心が打ちのめされた。


 これほど見事に見える花婿が、誠実さのかけらも無い者だとは、誰も思うまい。


 教会にいる誰も、イーサン・レッドワイクの真実の姿を知らない。私以外の誰もが彼に騙されていた。



 次の瞬間、ざわめきが起きた。

 扉の向こうに、父の腕を取った花嫁が立っていた。


 私の心臓はいまにも飛び出しそうなほどに不自然に高鳴った。


 

 ――私だった。

 


 アイボリーのシルク・タフタのローブ・ア・ランゲレイズを着た私は、真珠色に輝く優雅なドレスに身を包み、幸せそうな笑みをたたえていた。細かなレースを留めた贅沢な髪飾りから、淡い霧のようなヴェールが肩へ落ちていた。幸福を縁取るための天使の薄布にみえた。


 白薔薇とスズラン、ローズマリーの束で作った美しい花嫁のブーケも、私の記憶の通りだ。6月のサセックスに咲く花の中から私が選んで作ってもらったブーケだ。


 最上級のドレス姿の自分の姿に、私は吐き気を感じた。


 私は必死で父と母の姿を探した。


 ――お父様とお母様はどこなの? 


 父であるシーブルック・トマスは、贅沢な濃紺ベルベッドの礼服に身を包み、寸分の隙もない出で立ちで娘の花嫁姿を見つめていた。誇らしげに背を伸ばし、花嫁の私を見つめていた。私の記憶の通りだ。その隣に、朝霧のような銀灰色の絹のドレスに身を包んだ母が立っていた。泣きそうな顔をした母は、娘の幸せを心から信じ切っていた。


 私は、父にも母にも、真実を知らせることができなかったのだ。


 老レッドワイク氏は、結婚を機にイーサンに爵位を譲り、シーブルック家の富を享受できることになったためか、私の記憶より、少し上機嫌にみえた。家が救われた者の顔が透けて見えた、というべきか。


 古いが由緒ある礼服に身を包み、色褪せた勲章をつけていた。しかし、この教会にいる他の者と同じように、この結婚の行く末を案じているようには見えなかった。



 私は見た。

 花嫁入場の祝福の鐘が鳴っても、イーサンは扉の方を見なかった。


 彼が最初に見たのは、参列席の私だった。

 花嫁を見る前に、花婿である彼は、淡い青灰色のドレスを着て亡霊のような気持ちでいる私の方をまっすぐに見つめた。


 イーサン・レッドワイクは、誰にも気づかれずに、アーニャである私に微かに口元を緩めて合図を送った。口角を上げて、今までキャロラインだった私には一度も送ったことのない優しい視線で私を見たのだ。


 この世は残酷だ。

 祝福の教会の鐘……私にだけは処刑の鐘に聞こえた。


 二度目のやり直しでも、私を死に追いやる結婚を止められなかった。



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