第14話:【出立】馬車と、秘密の約束
一晩かけて「神気」を宿した三柱の守護者を創り上げたアルフレッド。彼は完璧な執事として、リリアーヌ様の記念すべき初公務の朝を迎えます。
全ては、リリアーヌ様をお守りするために。
そして、一番近くで推し活するために。
王宮の朝は、静謐な光の中にあった。
アルフレッドは自室の鏡の前で、最後の一仕上げとしてネクタイのノットを完璧に整えた。徹夜でゴーレム制作に没頭していたはずだが、その肌に隈一つなく、瞳には澄んだ活力が宿っている。
影の【収納魔法】の中には、産声を上げたばかりの三柱――朱羽、湊、常磐が静かに待機している。今はまだ外の気配を遮断した空間にいるが、彼らの存在がアルフレッドに絶対的な余裕を与えていた。
「……準備は、万全だ」
独りごち、彼はリリアーヌの部屋へと向かった。
扉を叩き、中へ入ると、そこに立っていたのは普段のフリルが重なったドレス姿ではない。彼女がお城で勉学に励む際に愛用している、機能性を重視した装いだった。
深い紺色のジャケットに、動きやすいキュロットスカート。白のブラウスの襟元には控えめなリボン。
普段の可憐さに、公務に挑む「凛とした知性」が加わったその姿に、アルフレッドは一瞬、言葉を失った。
「アル、どうかしら? 旅装としては、少しおかしくないかしら……?」
不安げに小首を傾げるリリーに、アルフレッドは深々と頭を下げた。
「……いえ。最高にお似合いです。あまりに素敵で、道中の男たちが皆、貴女様に見惚れて公務の邪魔にならないか心配でなりません」
「もう、アルったら……。相変わらず大げさなんだから」
リリーは頬を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。
謁見の間では、国王陛下と王妃様が待っていた。
「リリアーヌ。エルダー領主は私の友人だ。あまり気を張らず、お前の健やかな笑顔を見せてやってくれ」
「はい、お父様。立派に務めてまいります」
王女として凛と応じるリリー。王妃様はアルフレッドへと視線を向ける。
「アルフレッド。この子のこと、頼みましたよ。貴方がついていてくれれば、私は何も心配していませんが……それでも、無理は禁物ですよ?」
「仰せのままに。この命に代えても、リリアーヌ様をお守りいたします」
王宮の正門前。黄金の装飾が施された馬車の周囲を、騎士団長代理カイル率いる二十名の近衛騎士団が囲んでいた。
「アルフレッド殿、準備は整っております。我ら近衛、道中の露払いは全てお任せを!」
カイルが快活に笑い、馬に跨る。アルフレッドもまた、信頼を込めて頷いた。
そこへ、荷物の最終確認を終えた先輩メイドのミナが歩み寄ってくる。
「アル君! 忘れ物はないわね? 貴方、集中しすぎると自分の準備がおろそかになるんだから。先輩として心配だわ」
「ミナさん。お気遣いありがとうございます。リリアーヌ様の備えは完璧ですので、ご安心を」
「もう、自分のことも大事にしなさいってば。さあ、出発よ!」
ミナはアルの肩をパシッと叩き、後続のメイド用馬車へと乗り込んだ。彼女はアルにとって、宮廷での作法を叩き込んでくれた頼れる先輩であり、この旅の心強い味方だ。
「出発――!!」
カイルの号令と共に、馬車が動き出す。沿道には王女の初視察を祝う国民たちが集まり、花びらが舞っていた。リリーは窓から身を乗り出し、笑顔で手を振り返し続けた。
王都の喧騒を離れ、街道へと差し掛かった頃。
人影もまばらになり、馬車の揺れと蹄の音だけが響く静かな時間が訪れた。リリーは「ふぅ……」と小さく息をつき、背もたれに体を預けた。
「……緊張したわ。あんなにたくさんの人に見送られるなんて」
「見事な立ち振る舞いでしたよ。国民も皆、貴女様の気高さに打たれたことでしょう」
アルフレッドはスッと立ち上がると、リリーの隣へと席を移した。
「……さて。リリー」
不意に、二人きりの時だけの秘密の呼び名が、彼の唇から溢れた。
「……っ」
リリーの顔が、瞬く間に林檎のように赤くなる。
「……リリー。お疲れ様。少し、肩の力を抜きませんか?」
アルフレッドの少し低く、甘やかな声。彼はリリーの肩を優しく抱き寄せ、自分の肩に彼女の頭を預けさせた。
「……アル、もう一回……呼んで?」
「リリー。懐かしいですね…。」
「……うう。恥ずかしいけれど……すごく、嬉しい……」
リリーはアルフレッドの腕にそっと手を添え、幸せそうに目を閉じた。密室となった黄金の馬車は、今、二人だけの甘い聖域となっていた。
午前中の移動は、極めて穏やかだった。
アルフレッドは時折窓を開け、並走するカイルたちに声をかける。
「カイル殿、馬たちの調子はいかがですか?」
「ははは、アルフレッド殿! 絶好調ですよ。この先の見晴らしの良い場所で一度休憩を挟む予定です。殿下のご様子は?」
「ええ、今は少しお休みになられています。このまま、何事もなく進めると良いですね」
カイルたち騎士団との軽快なやり取りを終え、アルはふと後方を振り返る。後続の馬車からは、ミナが楽しそうに騎士たちと談笑している声が聞こえてくる。
(……ミナさんがいてくれると、隊の雰囲気も明るくなるな)
先輩メイドの明るさは、緊張しがちな騎士たちの良き清涼剤となっていた。
アルフレッドは馬車の揺れを感じながら、穏やかな陽光を浴びる。収納魔法の中の守護者たちはまだ眠っているが、その「力」が自分と共にあるという事実が、この平穏な時間を守るための確かな自信となっていた。
太陽が天頂に差し掛かり、初夏の風が草原を吹き抜ける。
目的地まであと四日。
アルフレッドの「究極の過保護」に彩られた旅路が、今、和やかに幕を開けた。
第14話、お読みいただきありがとうございました!
ついに始まった視察旅行。リリー様の「勉強用の服」の可愛らしさと、馬車の中での甘々なひととき、楽しんでいただけたでしょうか。




