第13話:【覚醒】三柱の守護者と、旅立ちの夜
前回、神様・シンから授けられた謎の力「神気」。
「心」を持ち、「属性」を極め、「無限の行動範囲」を誇るという、もはや執事の持ち物としてはオーバースペックすぎるこの力を、アルがどう形にするのか。
王宮が深い眠りに沈む深夜。アルフレッドの自室は、削り出された木片や魔導金属の残滓、そして濃密な魔力に満ちていた。
机に向かうアルフレッドの背中は、微塵も動かない。その指先だけが、恐ろしいほどの精度で素材を形作っていく。前世、手のひらサイズの模型に情熱を注いでいた男の執念が、今、神の力と混ざり合い、未知の領域へと踏み出そうとしていた。
「……ふふ、本当に見事な手際だね。君のその集中力、前世の趣味がこの世界でこれほど開花するとは、私も予想していなかったよ」
背後の壁に寄りかかったシンが、感心したように声をかける。
「……ええ。当時はただの自己満足でしたが、今は違います。これら全てが、リリーを守るための『力』になる。そう思えば、指先一つにも妥協はできません」
アルフレッドは顔を上げず、淡々と答える。彼の前には、すでに三体の「器」が並んでいた。まだ魂の入っていない、静かな人形たちだ。しかし、アルフレッドが神気を込めるたび、その表面には生きた人間のような、あるいは神聖な武具のような、独特の艶が宿り始めていた。
一、朱羽――火を纏う紅蓮の武者
「まずは、リリーの盾となり、害なす者を一刀の下に伏せる戦士だ。圧倒的な『武』の象徴。属性は火――」
アルフレッドは、自身の魔力とシンから授かった神気を練り合わせ、一体目の核へと流し込んだ。
身長は百九十センチメートル。がっしりとした体躯に纏わせたのは、戦国時代の武者が愛用した南蛮胴を思わせる重厚な甲冑だ。色は深みのある朱色。腰には、身の丈ほどもある無骨な大太刀が帯びている。
アルフレッドは自身の指を僅かに切り、一滴の血をその胸へと叩き込んだ。魂の情報が定着し、凄まじい熱風が室内に吹き荒れる。
「……目覚めよ、『朱羽』。お前の焔は、リリーの行く道を照らすためにある」
名前を刻んだ瞬間、武者の瞳に紅蓮の灯が宿った。彼はゆっくりとアルフレッドの前に跪き、地響きのような重厚な声を響かせる。
「……我が主。この朱羽、その御命、しかと承った。主の愛でる全てを、この刃でお守りしよう」
「いい構えだ。朱羽、お前の力には期待している。私の手の届かぬ場所で、リリーに仇なす者を全て焼き払え」
「御意」
朱羽は短く応じ、その力強い拳を胸に当てた。
二、湊――白銀の髪を持つ水の守護者
「次は、女性であるリリーに寄り添う守護者だ。普段は侍女のミナがいるが、戦闘時や夜間、隙ができる瞬間は必ずある。そこを埋める存在が必要だ。属性は水――」
アルフレッドは二体目の造形に入る。
白銀の髪に、鮮やかな紅い瞳。髪型はお姫様カットのショートヘアに整えた。衣装は、和の着物をベースにしつつ、動きやすさを考慮して裾を短くまとめた和洋折衷の美しい装束だ。
「お前の名は、『湊』だ。清浄なる水をもって、リリーに安らぎを与えよ」
まばゆい光が収まると、彼女は静かに、けれど確かな意志を宿した瞳でアルフレッドを見据えた。
「アルフレッド様、お初にお目にかかります。……これから、よろしくお願いいたします」
その声は冷たい泉のように透き通っていた。
「湊。リリーの健康管理、毒の検知、そして身の回りの警護。ミナの手が届かぬ場面では、お前が彼女の最も近くにいろ。水属性の癒やし、期待しているぞ」
「承知いたしました。……リリアーヌ様の笑顔は、何があっても私が繋ぎ止めましょう」
湊は優雅に一礼する。その物腰は柔らかいが、瞳の奥には主への絶対的な忠誠が宿っていた。
三、常磐――風を駆ける緑の忍
「最後は、情報。無限の行動範囲を活かし、千里先までを見通す目だ。属性は風――」
三体目は、細身でしなやかな体躯を持つ青年型だ。
衣装は、深い緑――常磐色を基調とした和風の忍び装束。風を孕んで翻る長いマフラーと、足音を消す足袋状の靴を装備させた。
「目覚めよ、『常磐』。風のように世界を駆け、私に真実を届けろ」
命名と共に、常磐は音もなくアルフレッドの前に現れ、片膝を突いた。
「……主。風の知らせ、既にこの耳に届いております。私の足に、この遠征の成否がかかっているのですね」
「そうだ。常磐、神気の力でお前とは世界のどこにいても繋がることができる。不穏な動き、地形の変化、全てを私に共有しろ。お前は私の『目』だ」
「承知いたしました。……主がリリアーヌ様と過ごしている間も、私は空から、地から、全てを見透かして報告しよう。一吹きの風さえも、主の指先のように操って見せる」
常磐は不敵に笑い、すでに主の意識と同期を強めているようだった。
「……ふふ、三体とも本当に見事な仕上がりだ。魂もしっかりと定着しているね。アル、君の造形力には、神である私も驚かされるよ」
シンは満足げに頷き、アルフレッドの肩を叩いた。
一晩中、魂を削るような作業を続けていたアルフレッドだが、不思議と疲れは感じていない。むしろ、かつてないほど感覚が研ぎ澄まされていた。
「残りの九体は、旅の途中でゆっくり創ればいい。今の君には、この三人がいれば十分だろう。……さて、もうすぐ出発の時間だ。お姫様が君の迎えを待っているよ」
シンの言葉通り、窓の外からは微かに鳥の声が聞こえ始め、空がゆっくりと白み始めていた。
アルフレッドは立ち上がり、朱羽、湊、常磐の三人に視線を向ける。
「さて、これから私と共に公務に向かう。だが、目立つわけにはいかない。私が呼ぶまで、私の『収納魔法』の中で待機していろ。出番が来たら、即座に動いてもらうぞ」
三人は迷いなく頷いた。
「承知。主の呼び声を待ちわびよう」(朱羽)
「ええ。リリアーヌ様をお守りする準備、整えておきます」(湊)
「分かりました。」(常磐)
アルフレッドが【収納】の扉を影のように広げると、三体は光の粒子となってその中へ収まっていった。
「……ふぅ。これで、最低限の備えはできたか。これで、今よりももっと推しを守ることができる」
「本当にお疲れ様、アル。……さあ、完璧な執事に戻る時間だ。いってらっしゃい」
シンはそう言い残すと、朝の光に溶けるように姿を消した。
アルフレッドは鏡に向かい、一晩の作業で乱れた髪を整え、執事服の皺を伸ばす。
徹夜の重みは、主を守るという高揚感にかき消されていた。
「……よし。行こうか」
扉を開け、朝の冷たい空気を吸い込む。
その影には、三柱の「神将」を。そして胸には、リリーへの揺るがぬ愛を抱いて。
馬車が動き出す、旅立ちの朝がやってきた。
第13話、お読みいただきありがとうございました!
「神気」を宿した最初の三柱が、アルフレッドの職人魂によって産声を上げました。
一晩でこれだけの戦力を揃えてしまうアル。徹夜明けの少し研ぎ澄まされた空気感の中で、三人と「主従」としての絆を結ぶシーンは、彼が単なる執事を超えた存在になったことを予感させます。




