劇団員の拠点と夫の売り込み
顔合わせを終え、彼らを見送るとすでに日が落ちかかっていた。
しかし、本日はもう一件、大きな仕事がある。
「ーー転移」
先日、劇団員の住居の下見に行き物件を決めた。
元は商人の家だったという屋敷は、劇団とスラム街のちょうど真ん中あたりにある。
大通りから一本中に入った住宅地で、比較的住みやすそうな場所だった。
敷地は広く、建物自体はそこまで傷みはない。すぐに住めるほど綺麗だ。
しかし、共同生活をする寮として整えるなら話は別。
大掛かりな修繕が必要で、その修繕が終了したと昨日連絡があった。
この世界では魔法を使って工事をする人も多いので、ジゼルが想像している以上に早く終わる。
また、アクスバン領はなんと言っても魔法大臣のお膝元。
少しでも魔法を使える人間は優遇されるので、どの職種にも魔法を使える人が多いようだ。
ジゼルたちはアクスバン領にある商業ギルドに到着後、ギルド長と共に修繕された住居を訪ねた。
外観はほとんど変わりはないが、玄関に一歩踏み入れるととても様変わりしていた。
「……なんとも広いな」
「ええ」
吹き抜けを作ったことで、開放感の溢れる玄関になった。
建物の空間面積を広く見せるため、余計な装飾は外し部屋数も少なくした。
「一階は居間や食堂、奥様のご要望通り、男女で分けた風呂も作りました」
「風呂まで作ったのか?」
「ええ。清潔さは大事ですから」
エリオットが驚くのも無理はない。平民の家に風呂がないのが普通だからだ。
しかし、先日伝えたように、風呂に入るメリットはある。
「お風呂に入って清潔にしておくだけで、風邪の予防になりますし、衣装の劣化も変わってくると思います」
この世界での布は高価だ。ジゼルは最近自由に使えるようになって少しずつ薄れてきているが、気軽に服を買うことができる世界ではない。ましてや衣装は一点物。ロメオやキキの話ぶりからすると、一着一着を丁寧に長く使っているのだろう。だから短いスパンで何着も衣装を作ることはほとんどなかったはずだ。
「衣装はすべてラベル商会に任せるつもりか?」
「どうでしょう。デザインや機能的な部分で助言をいただきたいとは考えていますが、実際手を動かすのは領民たちから募るつもりです。ただしばらく技術面の指導はお願いしたいと考えています」
もちろんそれであの二人が納得しないようならなにか策を考えるつもりだ。
「あとは掃除、洗濯、食事なども人員を募ります。通える人がいいですね」
「我々もお手伝いいたします」
「その方がいいだろう」
平民たちに突然「領主が仕事を斡旋している」と言っても不審がられるだけだ。
特にいま、エリオットの信頼の土台が揺らいでいる。
「家の警備も必要ですね」
「そこは私に任せてほしい」
頼もしい言葉にジゼルはコクリと頷いた。
あとは、一日どれぐらいの人員がいれば回るかの確認だ。そのあたりもエリオットに相談しよう。
「人員については、劇団員たちと面接し、決定していただきたいと思います」
「わかりました。彼らがこちらに到着後、ギルドに立ち寄るようにお伝えください」
家の管理はすべて領民たちで賄い、雇用を増やす目的でいる。もちろん、厳重な審査が必要だが、そのあたりはデニスやマキナたちとも相談の上決定する予定だ。
三人は一階の共同スペースを確認後二階に上がる。建物の西を男性、東を女性と分け部屋数は極力同数を確保した。また、共同で利用できる資料閲覧室も作った。手洗い場も複数作ったので混み合うこともないだろう。
「二階と三階はそれぞれ個室にしております。少し狭いですが自分だけのスペースがあると落ち着くという侯爵夫人の配慮です」
「休息は大事ですから」
個室にはベッドとクローゼットを配置している。
家具はアクスバン領の木こりたちが、シーツやカーテン等の布類は針子たちが作ってくれた。
「侯爵夫人のおかげで、領民たちの懐は温かくなりました」
「それはよかったです。ただ、一時的なものではなく持続的に依頼できるよう考えなければなりませんが」
掃除、料理、洗濯。
午前と午後で人を入れ替えても、雇用できる数は決められてくる。
領地全体と富ますにはもっと大きな改革が必要だ。
「だが、ここで雇用が生まれた。劇団にも雇用を作るのだろう?」
「はい。当日の安全管理はもちろん、劇団の運営は誰かに任せるつもりです」
劇団員のひとりを責任者にして、会場の運営をするのもアリだ。
しかし、ただでさえ少ない劇団員にそこまでさせる余裕はない。
「なら、それほど落ち込むことはない。少しずつ着実に雇用を増やしていけばいい」
「そう、ですね」
それに突然の大きな変化は混乱や誤解を招く。ただでさえエリオットが誤解されているいま、ジゼルができることは、きちんと領民ひとりひとりと向き合うだけ。
「侯爵夫人の試みは我々も嬉しいですよ。アクスバン領は他領に比べると豊ではありますが、商業という部分はまだまだ改善の余地がありますので」
そうわかっていてもどうしても気が急いてしまう。
三人は二階の渡り廊下を歩いてその奥にある建物に向かった。元は倉庫として使っていた建物だが、こちらも修繕し、いつでも練習できるよう本番さながらの舞台装置を作った。
他にも個別で練習できるよう、会議室のようなスペースをいくつか作っている。
音響は劇団員が到着次第整えていくが、防音設計で注文したので、外に音は漏れないはずだ。
「侯爵夫人が一番懸念されていた練習部屋です」
「本格的だな」
「ええ」
パトロンになるとはそういうことだ。
ただのコネクションだけではなく、衣食住と演劇に集中できる環境を提供することだとジゼルは思っている。
「これだけ揃えたんだ。彼らは下手なことはできないだろう」
「ふふふ。たぶん大丈夫ですよ。あとは演目を増やして、できれば劇団員も増やしたいですね」
できれば領民からも募集を募りたい。
ちょっと出るだけでいいし、特に子どもは楽しいかもしれない。
(裁縫が得意な人たちは、衣装係にしてもらうのもアリだわ)
「これ以上劇団員を増やすのか?」
「はい。たとえば、ルビー組やサファイア組とグループを分けるんです。ルビー組とサファイア組の演目を変えれば、一日二公演もできますし、ルビー組が公演中はサファイア組の新作を準備する期間にもできます」
某歌劇団のような仕組みを取り入れれば、幾つも演目は増やせるはずだ。
季節によって演目を変えたり、同じ演目でも、他のグループがすることで見え方も変わるはず。
「なるほど。それだと飽きがこないな」
「ええ。演劇が好きな人なら、新作のたびに足を運んでくれると思います」
他にも新聞への広告やフリージアでの宣伝で、どうにでも人を呼び寄せることはできる。
あとは、領地の名物料理や観光地もあれば、滞在期間は長くなるだろう。
「……素晴らしいですね。グループを分けて演目を変える、ですか」
「妻はいつも私を驚かせるんだ。だが、それも理に適っていることが多く気付かされることばかりだ」
「ええ、ええ。わたしも先日から驚きっぱなしです。なにより、ご当主様がそれを疑うことなく、実行されることもすごいですが」
「エリオット様は、いつもわたくしの意見に耳を傾け否定することなく、それを実現するためにはどうすればいいか一緒に考えてくれる素晴らしいお方です。わたくしのような出しゃばりは人によって鬱陶しく思われることもあるでしょう。しかし、エリオット様は違うのです」
ジゼルはここぞとばかり、商業ギルド長にエリオットを売り込んだ。
エリオットがどれだけ素晴らしい人か、どれだけ領民を大切にしているか、ギルド長が引き気味でも気にせず、つらつらと述べる。当初照れくさそうにしていた夫の耳が真っ赤になる頃、その勢いがようやく落ち着いた。
ご無沙汰しております。
更新が滞ってしまい、申し訳ございません。
まだ不定期になりますが、ぼちぼちと更新頑張ります。




