つながり
ジゼルたちは劇団員の住居を出て、ついでなので修繕されたという劇場も確認した。
王都の劇場ほどの収容力はないが、それでも椅子が並ぶ様子は圧巻だ。
「余計なものを取っ払い、客席を増やしました。チケット販売は我々もお手伝いしますのでお気軽にご相談ください」
「ああ。そうさせてもらおう」
王都の劇場はそれなりの値段がする。裕福な人が対象なので、平民には敷居が高い。
もちろん、格安にするわけではないが、平民たちにも手の届く範囲で提供したいとジゼルは考えていた。
加えてドレスコードはなしだ。劇場に行くだけでも出費なのに、わざわざそのための服を買うのは懐がいたい。それなら、もう一回劇場に足を運ぶための資金にして欲しい。
ただ、貴族が来た場合を考えて特別席は作っておいた方がいいだろう。彼らの中には平民と一緒に観劇したいと思わない人たちもいるのは事実だ。
ジゼルがうんうん唸っていると、エリオットに顔を覗き込まれた。
淡紫色の瞳がジゼルの心のうちを探る。
「なにを考えているんだ?」
「……チケットの値段についてです」
ジゼルは今考えていたことをエリオットに伝えた。
エリオットは指先を顎にかけて、ひとつ頷く。
「たしかに、わざわざ服を買うのはもったいないな」
「はい。もちろん、特別な一日を作るために購入するのはいいのですが、義務になると堅苦しくて」
劇団員から見れば、正直着ている服などどうでもいい。
楽しんでくれていればなにを着ていてもいいのだ。
ただ、経済的効果を狙う場合は貸衣装店をするのもアリかもしれない。
もしくはチケットに衣装のレンタル代を込めるか。
「劇場はアクスバン領にあります。雇用を生むだけでなく作った以上は彼らにも楽しんでいただきたいです。できれば、一番のファンになっても欲しい」
ひとりでも応援してくれる人がいるとわかれば、デニスたちもモチベーションを維持できるだろう。
前世で「推し活」が流行っていたぐらいだ。今世であってもいいと思っている。
「たとえば、領民は半額にできないでしょうか」
「……半額、か」
「チケット代を高くしすぎてお客様が入らないのは避けたいですし、彼らも舞台慣れするまでは、公演数が必要なのでそこは柔軟にできないかと」
「そうだな。入らなければ意味はない、な」
「ええ。王都とは違う立ち位置になるので、そこは差別化になるでしょう。演劇は貴族の嗜みではなく、誰もが楽しめるものに変えるのです」
グッズやパンフレットを購入するにはお金もいるので、計算能力や識字率にも影響があれば嬉しい。
売り子ぐらいなら、成人前の子どもでも雇用できるようにすれば家計も助かるだろう。
他領でも近場に住む民たちは日帰りで楽しめるような工夫をしてもいいかもしれない。
子どもたちの誕生日、夫婦の記念日。
ちょっとしたご褒美に足を運べる、ハードルの低い劇場があってもいいはずだ。
それこそ年に一度領民たちは無料で観劇できる日を作るのもいい。
「やりようはいくらでもある。それにすぐに黒字になる必要もない」
「ええ。はじめの数年は赤字覚悟です。エリオット様にはご迷惑をおかけしますが……にゅ」
収支のことを考えると申し訳なくなり、自然と眉が下がった。おのずと口をついてでた謝罪の言葉だが、最後まで言わせてもらえない。エリオットの指先がジゼル唇を塞いだ。
「そんなこと初めからわかっている。それでもジゼルが領民のことを考えてやると決めたんだ。そもそも店の方がうまく行きすぎだ」
「……はい」
「長い目で見た時に、あの時の選択が間違ってなかったと思えればいい」
ジゼルとエリオットは劇場を出て、ギルド長と別れると久しぶりにロイとコニーのいる宿に向かった。
そこには、以前スラム化した廃屋に住んでいた浮浪者たちもいる。
「ジゼル様!」
彼らをひとつの部屋に集めると、随分と顔色のよくなったコニーもいた。ロイはジゼルを見て目礼しただけだが、コニーはジゼルに抱きついてきた。彼女の後ろから慌てて追いかける男性がいる。彼は子どもたちをとても心配してくれていた人だった。
「随分と回復したのね」
「はい!もう大丈夫です。走り回れます」
それでもまだ、顔はやつれているし、手脚も細い。
長く十分なものが食べられていなかったので仕方はないが、油断は禁物だ。
「そう。先生の診断は?」
「……先生はまだダメって」
「ふふふ。じゃあもう少し安静にしていましょうね」
「はあい。でもつまらない」
「じゃあ、コニーに宿題を出します」
「宿題?」
ジゼルはトマスに相談して、子どもたちが楽しく文字を覚えられるような教材を手に入れた。いくつかは、孤児院にも配られるものだ。
「そうよ。これで文字を覚えるの。今度来た時にどれだけ覚えられているか、確認するわね」
「がんばります!」
「それでね、もうひとつコニーにお願いがあるの」
コニーは「お願い」と聞くと表情を引き締めた。
きっと頭の中で自分だけでできることなのか、なんなのか想像を膨らませているだろう。
「おぼえた文字をここにいるおじさんたちに教えてあげてほしいの」
「そんなことでいいの?」
「ええ。大人でもすべての文字を知っている人とそうじゃない人がいるのよ」
ジゼルは男性に目をむけると彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「仰るとおり、俺……いや、わたしは文字を習う機会がなかったもので」
「いまからでも遅くないわ。教材は余分においておくので、みんなで覚えてください。今後アクスバン領で働くなら、必要なことです」
ジゼルは少し厳しい口調で言い切った。
男性は呆気に取られたが、すぐに表情を変える。
「それがわたしの仕事なら」
「ええそうです」
ジゼルは屈んでいた姿勢を正すと、不安そうな人たちを見回した。エリオットを見れば、彼はひとつ頷く。
「いま、妻が言ったように、まず皆には読み書き計算ができるようになってもらう」
ここにいるということは、働く気があるということだ。なのに仕事を選ぶ余裕などない。
「代わりに私たちは衣食住を保証しよう。怪我や病気のある者には医師を手配しよう。これがまず、あなたたちのやる仕事だ」
集まった人たちは皆呆然とし、顔を見合わせて驚きあっていた。
「ほんとうにそんなことでいいのか」と「嘘ではないのか?」とやはりまだ半信半疑だ。
だから、ジゼルは水面下で動いている計画の一部を伝えた。
彼らの中には目を白黒させるもの、よくわかっていないもの、慄いている者、色んな反応を見せる中、ジゼルはエリオットの言葉を補足した。
「皆さんにはまず、読み書き計算を覚えてもらい、一人一人の適正を見て仕事を斡旋します。また、怪我や病気のある方はまず治療に専念してください。回復後、仕事をしていただきますが、病気が治らない、怪我が治らないからといって焦る必要はありません」
「もちろん、不正の申告は処罰ものだが、怪我が治りきっていないのに治ったと嘘をつくのも処罰対象になる」
「身体は資本です。健康で長く働いていただくことが、アクスバン領の発展につながります。ーーだから、コニー。あなたはまず体力をつけること。もちろんそれと並行して文字の読み書きや計算ができるようになってほしいわ。けれど無理は禁物よ」
「はい!」
「ロイ、コニーの面倒見れるかしら?」
「あ、はい。ただ、俺……いや、わたしは孤児院に行ったりもするので」
ロイは習いたての丁寧語で一生懸命する。それは、面倒は見れるが、つきっきりにはなれないということだ。
するとコニーに付き添っていた男性がおずおずと手を挙げる。
「わたしでよければ、コニーの面倒を見ます」
「あなたのお名前は?」
「ユトスと申します」
「ジゼル様。このおじさん、薬を作れるんだよ」
「え?」
「作るってほどでは……!ただ、ゴランド領出身なので、ひとより少し詳しいだけで」
以前、コニーが薬をもらったと言っていたが、ユトスが作ったものらしい。
そして、ゴランド領というのはつい最近どこかで聞いた気がする。
「なるほど、ゴランド領出身者か」
「ご存知ですか?」
「あぁ。ゴランド領は薬草を栽培しているこの国最大の領地だ。かつてのゴランド伯爵が薬学に特化した大学を建てたことで、薬伯爵と呼ばれている。そして今の伯爵家当主は、オッズ・ゴランドの父だ」
「……ーーあ!」
どこかで聞いたと思ったら、あの衛兵の名前だった。




