閑話:エバンとリリアン
なかなか更新できず、申し訳ございません。
リハビリで投稿しました。マイペースになりますが、少しずつ投稿再開できるように頑張ります。
ファッジ領から戻ったジゼルは時間を見つけて内職をしていた。
作るものはそう、ぬいぐるみだ。
この世界で「布人形」と呼ばれる人型の人形はあるが、デフォルメされた動物の人形は見たことがなかった。あったとしてもリアリティのある置物や剥製などだ。
(ふふふ……! これで、劇団員たちの資金を増やすのよ)
フリージアは今のところ経営は順調だ。
だが、劇団員を抱えることを考えるともうひとつ収入源は増やしておきたい。
(くまのぬいぐるみなら、プレゼントにもいいし、着せ替えて遊ぶのもいい)
なにより、某テーマパークのように、お友達を増やしシリーズ化すれば新たなファンは増えてくるだろう。それこそ、着ぐるみを作ってショーをしてもいいかもしれない。
(食事付プランと宿泊付プラン、それに握手会があってもいいかもしれないわ)
需要があれば、くまちゃんに会うツアーなども開催するのもアリではないだろうか。
くふくふ笑いながら針を動かしていると、エリオットが寝室に入ってきた。
「何を笑っているんだ?」
「あ、エリオット様」
お帰りなさい、とジゼルは手を止める。
それを箱に戻そうとしたところで、エリオットに止められた。
「気にせず続ければいい」
「でも」
ここ最近はすれ違うことが多かった。
せっかくエリオットと過ごせる時間があるなら、手作業はしたくない。
そんなジゼルの気持ちを察してくれたのか、エリオットはフと軽く笑った。
「終わった後に存分に甘やかしてもらう」
「え……」
それはそれでちょっと怖い気がする。
しどろもどろになるジゼルをよそに、エリオットは隣に腰を下ろした。
「それでなにを作っているんだ?」
テーブルの上に転がったパーツを見て、エリオットは不思議そうに首を傾げる。
首と胴が離れたぬいぐるみは、これだけ見るとひどく物騒だ。
「ラグドールです」
「ラグドール?」
「はい。これで新しい収入源を確保しようと思いまして」
この世界でラグドールは子どもが持つものとされている。
また、貴族の子息子女の場合、布で作ったものではなく木彫りの高級品の人形を持つことをステータスとされていた。
「なので、うまくいくかわかりません。ただ、アクスバン領のマスコットキャラクターにできればいいなと思いまして」
「マス……? なんだそれは」
「領地のシンボルです。紋章とは別の親しみやすくて、人々に覚えてもらえそうなものです」
ジゼルは今作っているぬいぐるみがどんな役割を持つのかエリオットに話を続けた。
そして、自分の頭の中にあるビジネス手法についても。
「……服を着せ替える、か。そういう発想はなかった」
「それはエリオット様が男性ですから。女性なら人形の洋服を着せ替えて遊ぶことはしますよ」
(あれ、普通はしないの……?)
ジゼルは少しだけ不安になった。その不安を誤魔化すように話を続ける。
「それでですね。くまちゃんは2パターン作る予定です」
「2パターン?」
ジゼルは事前に作っておいた計画表を見せる。
「こちらは一般的に売り出すくまちゃんです。男の子が茶色、女の子がクリーム色です。人形自体は一度買ってしまえば、それまでですが、季節やイベントによって洋服を着せ替えられるようにします」
その洋服はラベル商会で作ってもらえないか相談する予定だ。
きっとケティなら喜んで協力してくれるはず。
「もうひとつはオートクチュールです。こちらは、エリオット様をモデルとしたくまちゃんです」
「私を?」
「はい。銀色の布でボディを作り、淡紫色の石で目を作ります。ーー世界にひとつだけのラグドールです」
エリオットは、わずかに双眸を見開きじっとその計画表を覗き込んだ。
「たとえば、お子様が生まれた時のプレゼント、もしくは、結婚の祝いとしてもいいですね」
「結婚の祝い?」
「はい。今この中は綿ですが、詰め物を変えて、たとえば私が生まれた時の重さに調整して、両親に感謝の気持ちを込めて贈るんです」
「……両親に?」
「はい。ただ、貴族の皆様にはこういうイベントは慣れないと思いますので、一般用でもできればいいなとは思っています」
他にも、パートナーと交換したり、記念に贈りあったり。
部屋に飾っておくのもよし、あとは。
「実はサイズも複数展開を考えているんです。ーー小さいものだと、こうして机の上に置いていても可愛いでしょう?」
ジゼルはすでに完成していた、初代くまちゃんを箱から取り出してテーブルの上に乗せた。
手乗りサイズのくまだ。ココアブラウンのボディに琥珀色の瞳を持つ女の子。
「調子に乗って、自分の色にしてみました。でも少し歪んでしまって」
目の距離感や耳の位置もずれているし、綿の詰め方が甘かったせいか、頭が柔らかい。
少し躊躇いがちにエリオットはジゼルを模したくまに手を伸ばした。
「……よくできている」
「そうですか?」
「あぁ。ジゼルだとわかる」
エリオットは愛おしげに目を細める。
「これは試作品か?」
「はい」
「ならもらっても?」
「あ、ラベル商会にお渡しするもので」
エリオットの眉間にグッとシワが寄る。
「……ジゼルをラベル商会に、だと?」
「私ではなく、私をイメージてして作ったくまちゃんの試作品です」
「言い値で買おう。ーーいくらだ?」
「お金はいりませんっ! 材料はエリオット様に購入していただいたものですし」
「ならば、代わりのものを作って試作品にしてくれないか?」
どうやらエリオットはその子を手放すつもりはないらしい。
このサイズならそれほど時間がかからずに作ることはできるが。
(……そうだわ。パーツを作って、誰かにお願いしようかしら)
使用人の中に手元が器用な子はたくさんいるだろう。
もし欲しがったら、いくつか作ってもらったうちのひとつをあげていいかもしれない。
(先行投資は必要よね。次女たちのネットワークはすごいんだから)
「……わかりました。こちらはエリオット様にお贈りします」
「ありがとう。大切にする」
エリオットはホッと息をつき、胸ポケットにぬいぐるみを入れた。
顔を覗かせたジゼルモデルのくまがなんだか嬉しそうに見える。
「それで、ですね。この子たちに名前を考えてまして」
ジゼルは一般用に売り出すくまたちを指す。
「アクスバンの名前とエリオット様の名前を使わせていただけないでしょうか」
「それは構わないが、ジゼルの名前は?」
「私はいいです。恥ずかしいですし」
ジゼルは苦笑する。エリオットはなんだか納得いかないように顔を顰めた。
「えっと、男の子はエバンくん、女の子はエリスです」
「エバンはいいとして、エリスはダメだ」
「どうしてですか?」
「私と対にするなら〝ジゼル〟にしよう」
「いやです」
「ならば〝ジル〟はどうだ?」
響きがかわいい。ジゼルが口篭った途端、エリオットは勝利の笑み浮かべた。
「だ、ダメです。私を彷彿させるものはやめましょう! えーっとそうですね、リリアン!リリアンにしましょう!」
「ジルの方がかわいいだろう」
「じゃあ、この子にジルとつければいいじゃないですか」
ジゼルはシャツのポケットから顔を出すくまを指さす。
「……そうか。そうだな。……考えてみれば、不特定多数の者が名を呼ぶのか。危なかった。変態どもに簡単に名を呼ばせては……ブツブツブツブツ」
「あの、エリオット様?」
「しかもこれは着せ替えと言ったな?」
「あ、こちらのサイズですよ? 小さい子まではちょっと手が回らないかと」
需要があれば考えるが、まずは大きな子でチャレンジしたい。
「ジゼルの服を脱がせて遊ぶなど、言語道断だ!」
「だから私ではありません。リリアンです。あと、服を脱がせて遊ぶのはきっと女性です」
「わからないだろう? 男どもが好きな女に好きな服を着せて脱がせるという遊びを」
「え、エリオット様! ダメです! これ以上はダメです〜っ」
ジゼルの中の風紀委員会が警鐘を鳴らしたので、この話を無理矢理終了させた。
エリオットから改めて「エバン」と「リリアン」の名前の承諾をもらう。
ーーそして。
「できましたっ」
エリオットが作業を続けてもいいと言ってくれたので、黙々と続けたところ一体が完成した。
アクスバン領の未来を背負う、かわいくて逞しい戦士だ。
「どうですか?」
「よくできていると思う。それに、こういうラグドールは見たことがない」
「一緒に寝るのも木彫りより柔らかい方がいいですよ」
「それは一理あるな」
本当はもう一体作りたいところだが、今日はここまでだ。
「終わったか?」
「はい。今日はもう終わりです」
続きはまた明日にします。
そう続けると、 待ち構えていたようにエリオットが耳元でささやいた。
「ならばベッドに行こう」
誤解を招く発言はやめてほしい。
いや、誤解でもなんでもないが、この場合どっちの意味か分かりかねてしまう。
「こ、これだけ片付けてくるので先にベッドに入ってください」
ジゼルはスタッとソファーから立ち上がると箱の中に裁縫道具を片付けて、扉繋ぎになっている自室に大急ぎで戻った。箱をいつもの場所に戻して、深呼吸を何度か繰り返し、そろっと再び寝室に戻ってくる。
エリオットはジゼルの言いつけ通り、先にベッドに入っていた。
(あれ、いつもどうしてたっけ……)
ここ最近、就寝時間もすれ違うことが多かった。
同じ時間にベッドに入ることがなんだか恥ずかしい。
この後はどうするんだろうか。このまま寝るのか寝ないのか。
ぐるぐる頭で考えながら、戸惑いつつ、夫の横に身体を滑り込ませた。
「ん」
おいで、というようにエリオットが軽く腕を広げる。ジゼルはためらいがちにその腕に身を委ねた。
強く逞しい腕に囚われて、抱き寄せられる。不覚にも少しだけ泣きそうになった。
「どうした?」
「……ふふふ、なんでもありません」
嬉しくて幸せで、心がじんわりと温かくなる。
エリオットは当初滅多に表情を変えなかった。
だけど今はよく笑い、不器用なところもあるがジゼルを気遣ってくれる。
消去法で選ばれた自分がこんなにも優しい時間を彼と過ごせるようになるとは思っていなかった。
「おやすみなさい、エリオット様」
「ーーおやすみ、ジゼル」
額に押し付けられた愛情に目を細めながらジゼルは瞼を下す。
まもなく小さな寝息が聞こえ、エリオットは愛おしげに口元を緩めた。
少しして、もうひとつの幸せな吐息が交わりあう。
この幸せな時間を、くまのジルだけが覗いていた。




