第20話
大統領の私邸に到着してみると、ボディガード4人は既に勤務状態だった。真太とイデは、彼等に紹介され、真太はレディ・ナイラ専属と言われた。真太が眠っている間は他の4人の誰かが担当するが基本的に休日は無い。そしてイデは大統領専属になった。イデも休日なしの休憩は睡眠中の時間だそうだ。おそらく、真太とイデの正体は知れている。その話題に触れて来る者は居ないが、この勤務体系を見れば、一目瞭然と言えるだろう。睡眠時間が有るとは、親切と言える。実の所、龍は緊急事態になると興奮状態と言うか、眠る必要が無くなる。そして、真太としては以前は昼寝もしていたが、レディ・ナイラのボディガードになったからには、赤んぼう感覚は卒業だと思った真太である。
とは言え、真太がレディ・ナイラの私室に通されると、にこやかにナイラに迎えられ、専属のメイドさんと共にお茶をする事となった。三人と言うか、三龍(メイドさんも若い女性の龍だった)お茶菓子と紅茶で和やかに世間話をする事となった。これを世間話と世間では言えるかどうか。
「それで、シンがイデなのね。最近、転生してきたのね」
「はい、生まれ変わってきて、直ぐに、大統領邸に行く事になっていた僕に、ついて行くと言ったんです。僕では荷が重いと、黄泉でも噂だったのではないかと思います」
「まあ、真太は大神様に随分と目を掛けてもらっているのですね。羨ましいような、私の身に当てはまる筈もないけれど、恐れ多い事よ」
ナイラが、そんな事を言い出すので。
「そうなんですか。シンは大神様に言われて生まれ変わったような言い方ですよね」
「それ以外には、考えられないでしょう。死んでしまった龍神が、また他の系列の龍に生まれ変わるなんて、私は今まで聞いた事も無いし、そんなことが出来るなどと、考えたことも無いですよ。今までは有り得なかった話ですよ。何が大神様のお心に有るのか、見当もつきませんよ」
「へぇ、そうなんですか」
ナイラに妙な感心をされて、居こごちが悪くなって来た真太だが、席を外せるはずもない。畏まってお茶を飲んでいるうちに、夕方になりメイドさんが夕食の用意をするからと、席を外した。
当分、シンことイデとは顔を合わすことが出来ない気がした。心細い気がするのを、必死で打ち消し、気を引き締める真太である。
メイドさんが夕食の時間だと呼びに来て、真太はレディ・ナイラを連れて?連れて行かれて?食堂へ行った。そして大統領夫妻が夕食をとるのを眺めて、また彼女の私室に戻る事となるはずだ。
イデも大統領に付いてやって来ている。意外と早くまた会えたと思った真太である。お互いチラッと見て知らんふりをする。大統領が、
「君は紅琉真太と言うそうだね。以前ボディガードだった男の親類だそうだが、そういう事ならきっと頼りになる事だろう。ナイラをよく見ていてくれ」
と言うので、真太は一応、
「はい、承知しました」
と言っておいた。それにしても、大統領、以前に遠目に見たことがあるのだが、何だか印象が違う気がした。気のせいだろうか、しかし、龍に気のせいは無い。真太は若くて経験不足だったが、違うと感じれば違うのである。では、どう違うのか。
レディ・ナイラが休む時間になり、真太は横の別室に控える事となった。ボディガード役の1人が、交代だと言ってやってきたので、自分たちのプライベートルームで夕食と睡眠をとりに行った真太である。
教えられていた部屋に行くと、真太の名が書いた夕食が一つ残っていた。大統領について、違和感があったので、
「まさか、毒とか入って無いよな」
と、呟いてみる真太。一つしか残っていないので、イデは食べたのだろうか。くんくん匂ってみるが食べ物の匂いっぽい。何時だったか、無味無臭と聞いた事もある。
「弱ったな、解りっこないし。カップラーメンとか持ってくれば良かったな」
悩んで、先に風呂にするかと思って、バスタブを見たが、パパの話を思い出し、シャワーが安全だと思った。何だか疑心暗鬼である。シャワーを浴びて、辺りを見回すと、横の別室は自炊が出来る設備がある。『これだな』と思った真太だが、材料がない。興奮している所為かあまり食欲も無いので、どこか近場に店とかないかなと思っていると、部屋の外が騒がしくなった。
少し前の大統領私室、夕食が終わって、大統領は私室に戻った。今日の予定は終ったと、別のボディガードが言っていた。その彼も引き下がり、今は部屋の中には大統領とシンことイデだけになった。
大統領は意味ありげな眼つきでイデを見ている。
イデは呟いた。
「何時からそこに居る。ばれないと思ったかな」
「いやいや、貴様が来るんじゃないかと思っていた。まさか生身とは計算外だったが。お蔭で魔族の結界は通れたな。霊魂を捕まえるメカを発明したと奴らが言っていたが、無駄骨か、とんだ茶番だったな」
ここにもし、真太が居合わせていたなら、シンが何故イデとなって転生してきたのか、真実を知ることになっただろうが・・・
その時、イデは一言も無く御神刀を取り出して、大統領を切りつけた。人間には害のない御神刀だが、魔物を切ると、普通の魔物は切られただけで、致命傷である。
大統領となっている魔物には、胸の左下、言わば魔物の急所を狙ったが、辛うじて大統領は避け、つつ-ッと刃先できりつけられたが、深手を負った訳ではない。だが、それは御神刀の傷である。大統領になっている魔物はダメージでふらつき、一瞬ソファにつかまり動きを止め、そこからドアへ向かおうとしたが。その一瞬にイデはあっという間に急所を狙って襲った。御神刀は急所に深々と刺さった。
「おのれ」
と魔物はあがくが、それでも死に絶えるのに時間の必要はなかった。大統領に憑依していた筈だが、同化してしまっていたのだろうか。大統領も死んでしまったようである。バタついた音が聞こえたのか、ナイラの私室に居たボディーガードが、続き部屋からドアを開けた。そしてこのありさまを見ると、口を開け、魔族の言葉を吐き出す。魔族の緊急事態の大声である。それに反応するのは、魔族に取りつかれた人間達。
次々に現れる取りつかれた人間を倒していくイデだが、生憎、魔物の急所を外さずきっちり刺したところとて、その人間も無事では済まされなかった。同化している者ばかりのようだった。
「ふんっ」
イデは不愉快そうに眉をひそめた。あの声は魔族にしか聞こえない。とうとう、魔族達の一団は倒しつくした感がある。誰も中に飛び込まなくなった。
血の匂いに気付いたのか人間のメイドが、
「あのう大統領どうなさいましたか・・・キャー」
大統領の私室は、彼とその部下十数人の死体の山が積んであった。
失神したメイドの悲鳴を聞いて、人間のボディガードがどかどかやってきている。公的予定は無いので、皆帰ろうとしていた矢先だったようだ。
その前に、ナイラが入って来ていて、
「まぁ、随分同化していたのね。ああ、あなた逃げなさいよ、早く、どうしたの」
「犯人が居ないと皆さん、捜査が大変でしょう」
「これの理由は説明できない事なのよ。申し開きは出来ないでしょう。裁判できないのに、捕まるのは正気の沙汰じゃないわね。あなたどうしてしまったの。イデ、いいえシンは」
そこへ入ってきた公的ボディガード達。
「こ、これは。レディ・ナイラ御無事ですか」
「私は平気よ、何時でもね。この事は大統領のシークレット事情のひとつだけど。この犯人はおバカさんで、犯人が存在しないと私たちに都合が悪いだろうなどと、心配してくれるのよ。どうしましょうね。リンクさん」
ボディガードのとりまとめ役リンクさんも、今日は丁度居たので、直接相談できたナイラである。
「そう言ってもらえるのなら、犯人は拘束したとメディアに発表できますね。明日、各局集合する日なので、拘束して連行している所を見せれば、安心出来はしますがね。そちらさんも訳ありの方ですよね、十分逃走能力はある筈でしょうが、どういう事なんですかね」
「どうも、言わせてもらえるなら、今回の色々な騒動は、全て、私の以前の失敗が原因です。それで責任を取らせてもらいます。数多くの犠牲者が出ましたので、後悔しておりました。今更どうしようもない事ですが、償いをさせてもらえればと思っています。極刑でお願いしたいです」
「ええっ、どういう事?」
途中から騒ぎを聞きつけてやってきた真太。イデの最後の言葉を拾い聞いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「真太、後で説明するから。今は黙って見ていてくれ」
静かに笑ったイデは、
「取あえず、私を拘束した方が良いのではないですか」
犯人の落ち着きぶりに、返って落ち着かない公的ボディガード達、それでも地下のそれ用の部屋にイデを入れ、秘密裏に検視官の一行に連絡して死体を引き取ってもらうなど、色々忙しくし出した。
ポカンとしている真太に、
「ごめんなさいね、真太。知らなかったでしょうけれど、だいぶ前から大統領は魔族の長らしい者に憑依されてしまっていたの。大統領だからガードが固くて、四六時中ボディガードが控えていて、どうしようもなかったの。おまけに私がヘマをして」
ナイラはグヒェッとカプセルを吐き出し、空中で燃やした。
「こんなものまで飲み込んでしまって、龍神界の皆に御迷惑をかけてしまったわ」
「そういえば、僕もナイラ様のルーティンを知っているのは、大統領じゃないかと思った事もあったんだった。こっそりやっつけられなかった俺らにも責任はあるのです。けして元シンの責任じゃないはずです。あいつは妙に斜めな考えになる時があるから。僕ちょっと話してきます」
「まぁ、そうしてくれる。私もどう説得すれなよいのか分からなくて。じゃあ、お願いするわ。この前、研究所の騒動の時は彼が説明してくれていたでしょう。みんな彼を神の様に見ていたわね。でも、今から思えばあれがストレスだったのだと思うの。きっと自分はそんな存在では無いのにと思ったのよ。その事も、私はシンの良い所だと思うの、でも謙虚が、過ぎるのも良くないわ。私の考えも出来れば伝えてね」
「はい、話の流れがそこに行けば伝えられると思います」
ナイラは、
「真太は、こう言っては何だけれど、面白い子ねぇ」
ナイラの言葉を背に、真太はイデのいる部屋に行った。ずらかろうと思えばずらかれる能力なのに・・・真太はため息の出る展開に、ため息をついた。




