23.腹が立ってる
「殿下!!!」
ソラは、柱に駆け寄ると、意を決して触れた。とりあえず、害はなさそう。
ガン! ガン!
叩いてみても、びくともしない。
ガゴン!!
今度は蹴ってみても、へこみすらできない。次は体当たりで——。ソラが猛然とタックルを決めると、なぜか寸前で扉が開き、そのまま勢いで中に飛び込んでしまった。
「え—―!?」「ソラ!!!!」
ティアナが慌てて近寄るも、扉は再び固く閉ざされる。
「なに、あの子……。バカなの?」
そういえば、まごうことなきバカだった……。ティアナは呆然と立ち尽くした。
中は真っ暗だった。……ソラ自身を除いて。
「まだ……発光してる……」
柱の中だというのに、なぜか壁に手が触れることもなく、天井に頭がつくこともなく、広い空間になっているようだった。自分の体が見えるくらいで、他に手がかりとなりそうなものは何も見えない。あれだけ大騒ぎになっているというのに、ここに来た瞬間、一切の音も聞こえない。
「殿下!? ご無事ですか!!??」
どうしようもないので、大声を出しながら勘をたよりに歩いてみることにした。大丈夫、結構勘はいい方だから。ソラは自分に言い聞かせる。
「で ん か ぁーーーー!!! でっ!!」
突然、何かに躓いて思い切り転んでしまう。まさか。
「殿下!! 生きていますか!!??」
今、まさに躓いたもの、それこそソラが探していた人物だった。慌ててジェルドの体を起こし、ゆさゆさと揺する。
「し、死なないでください!! 殿下!!!」
「——今まさに、殺されかかってるんだけど——?」
べしべしと頬を叩いていると、苦しそうなジェルドの声が聞こえた。
「よっ、良かったあああ」
ジェルドが生きていた喜びで、ソラはきつくジェルドの体を抱きしめたが、それが更に致命傷を与えかねない行為だと、しばらく気付かなかった。
「どう、しましょうか!? ここから出るために、とりあえず闇雲に歩きます?」
「いや、その必要は——」
ジェルドと話していたその瞬間——。ソラはいきなり何か強い力に、無理やり引っ張られた。
「なっ! 殿下!!」
「……大丈夫だ! 後を追う!!!」
ジェルドの声が遠ざかり、ソラの目の前が急に明るくなった。何が起こったのか一瞬分からなかったが、どうやら、柱の外に投げ出されたようだ。しかも、思い切り。
最初に見えたのは天井のステンドグラス。体が一回転して、床が見えた時には、数メートルの高さに投げ出されたのだと理解した。そのまま、重力にまかせて落下する。
「なっ、何で!!????」
……
衝撃を覚悟して目をつぶったが、痛みはない。それどころか、何かクッションになっているような……。
「だ、団長!?」
恐る恐る目を開けると、不機嫌そうなトルバルドの顔が目に入る。どうやら、うまくキャッチしてくれたようだ。
「……お前はさっきから何をやっている? そして、なんでそんなに発光している? ホタルイカか!?」
「え? あ、はあ。自分でもよく分からなくて。……とりあえず、ありがとうございます」
抱えていたソラを降ろすと、団長はソラに向き直った。
「それで、ジェルド殿下の無事は確認できたのか?」
「……! はい! あそこから出られる算段をお持ちのようでした!」
話している途中で、魔術官の攻撃が飛んでくる。トルバルドに武器を手渡されたソラは、すぐに応戦しはじめた。二人は背中合わせになり、戦いながらも会話を続ける。
「いつも窮地には助けてくださって、お礼の言葉もありません」
「お前がいると、厄介毎に巻き込まれてばかりだな」
「う……私も好きでこのような目に遭っているわけではないのですが……」
「……ソラ、お前が人一倍努力をして今の地位に立っていること、この俺が一番知っている」
「う、えっ!?」
突然、トルバルドが死んでも言わなそうなセリフが耳に聞こえ、幻聴かと思ったソラは後ろを振り返った。
「よそ見するな、死ぬぞ」
「……団長、何か変な物でも食べましたか?」
「おい、敵にやられる前にやるぞ。――……俺は、お前がそんな血を吐くような思いをしてまで、がんばる必要はないと思っていたし、今も思っている」
「は、はあ?」
「ガキの頃からお前を見ているから、お前はもっとのびのびと自分のやりたいことをやっているのが似合うと思ったんだ」
ええと。これは……団長は、何が言いたいんだろう? なんだか、心配をされているようだ。ソラは混乱した。
「でも、ちゃんと目指すものができたのなら、騎士団を続けようが、やめてどこかに行こうが、好きなように生きればいいんじゃないか?」
「なっ!!!」
いつも辞めろの一点張りだったトルバルドが、なぜだか急に態度を軟化させている! ソラはあまりのことに天変地異が起こるのではと心配になったが、同時に熱いものが込み上げるのを感じた。
「団長……そこまで考えてくださって、うれしい、です。そして……団長が何となく話の流れとして黒幕っぽかったので、そうじゃなくて安心しました。ただの世話焼き上司だったってことですね!!」「よし、今すぐ切り殺そう」
ソラとトルバルドが対峙していると——。
「あのさ、俺が不在の時ねらって、いちゃいちゃしないでくれる?」
「え???? 殿下!!!!!」
ジェルドが、柱の前に不機嫌そうに立っていた。
「殿下! 出て来られたんですね!! よかった!!!!」
ソラが走り寄ろうとするも、ジェルドからは黒いオーラがこれでもかと放たれ、思わず怯む。ずい、とトルバルドが一歩踏み出した。
「殿下は何を心配しておられるのですか。俺は殿下のそばにいるこいつが生き生きとして見えるから、好き放題やっても、それでもいいんじゃないかと助言しようとしていたんです」
「うん、そのソラのこと何でも知ってます感が腹立つな」
「まあ、殿下よりはずっと付き合いが長い分、当然よく知ってはいますがね」
何かを張り合っている様子の二人に、ソラはなぜか変な汗が止まらなくなった。
「……ジェルド様!? どうやって…出て、来たのです!?」
そこへ、焦った形相で走り寄って来たのは、メイヴェン。そのまま魔法を放つも、ジェルドに向けられたそれは虚しく空気となって消えた。
「……腹が立ってるのは……メイヴェン、お前にもだ。俺の力を利用しようとして、最初から近づいてきていたとはな」
「め、滅相もございません! ジェルド様の魔力には…ただただ感謝しかありません。……私への供給源になっていただいて…ふふ、ありがとうございます!」
メイヴェンが片手をあげると、蛇から放出される魔力が更に強くなった。ジェルドの体から、一気に魔力を絞り出そうとしているようだ。
「っ……!」
ソラがジェルドに近寄ろうとした瞬間……視界が真っ白になった。
不自然な、静寂。
辺りを見回すと、メイヴェンを始め、魔術官全員が倒れていた。つい今まで戦っていた相手が倒れているので、騎士団の皆もあっけにとられている。
「何を……したんですか?」
「メイヴェンはあの蛇を通して、俺の魔力を吸い取っていたんだろ。だから、蛇を手懐けて、逆にこいつらの魔力を全部吸い取ってやった」
「え、ええええ!?」
「そんな……ことは……不可能」
メイヴェンが息も絶え絶えに呟いた。辛うじて意識があるようだったが、銀色の美しい髪は光をなくしていて、瞳の色は濁り、何も映していないようだ。
「俺の力、返してもらったから。ついでに、お前ら全員の魔力ももらっといてやった。今までの分の貸しとしては、安い方だろ……それにしても、魔術官の力なんてこんなものか。俺の魔力の足しにすら、ならないな」
そう言って不敵に笑うジェルドの瞳は、紫色の光を湛え、髪の毛は美しい銀色に輝いていた。




