24.だれが呪いをかけた
ジェルドが魔術官達の魔力を全部奪い、不敵な笑みを浮かべていると——。
突然、地鳴りのような轟音が鳴り響いた。
「え!? 何だ?」
「柱が崩れるわ! みんな、逃げるわよ!!」
ティアナの声で我に返った皆は、大慌てで研究所から飛び出した。ソラも何とか外に出て、後ろを振り返ると、魔術官の研究所が粉々に崩れるところだった。
王城は大変な騒ぎとなった。騎士団の皆は、動けるものは事後処理に追われているし、事務官などもケガ人の手当や救助に駆り出されるほどだった。ソラとティアナ、意識を取り戻したばかりのジェルドは、休む間もなくぼろぼろのまま国王の前に立っていた。これだけの大事。すぐにでも、報告が必要なので仕方がない。
ソラは隣に立つジェルドをちらりと盗み見た。
(……とりあえず、意識が戻って良かった。魔力が増えたからか、元気そうだし)
そこで、ジェルドの瞳の色と髪色が元に戻っていることに気付く。落ち着けば戻る仕様なのだろうか。自分はというと……先ほどまでではないが、まだうっすら光っている。ソラは何となく恥ずかしくなった。
「まさか、メイヴェンがこのような事件を起こすとはな。魔力を武器に、王家を乗っ取ろうとでもしていたのか……。しかし、お前達の働きにより、なんとか最悪の事態は免れた」
呼び出された3人は、一通りの事情を話していた。
「いやあ、みんな、大変な目に遭ったね!」
王の横にはシリウス王太子。気の抜けた口調で、満面の笑みで話しかけてくる。
「本当ですわ。王都に戻ってきて、ほんっとに人使いが荒すぎませんこと? 私、一日たりともゆっくりできていなんですけど」
「ごめんごめん! これからはちゃんと休暇を保証するから、そんなに怒らないで」
「ちょっとした休暇などでは足りません! ソラと温泉旅行も、つけてください」
「お前達には、相応の褒美をとらせよう。まずは、怪我や疲れをとるため、ゆっくり休め」
王はにこやかに三人を労った。横で、頷きながらもっとにこにことしているシリウス王太子。
「悪者を退治して、ハッピーエンドって最高だね! いやあ、実に素晴らしい。ところで父上、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」
シリウスは笑顔のまま、国王に続ける。
「今回のメイヴェンの事件、本当に魔術官だけで起きたことなんでしょうか?」
「メイヴェンの奴、怪しげな術の研究をしていたというから、そうなのだろう。許せんな」
シリウスは、父である国王ローダンの言葉に、笑顔を崩さず、続けた。
「『蛇』は我が一族で代々引き継がれる、呪い、なんですよね。メイヴェンは、なぜその『蛇』の研究ができていたんでしょうかねぇ?」
「あやつが、国家の機密をこっそりと盗み出したのかもしれない。あとで、調査させよう」
「そうかもしれませんね! でも、結局、メイヴェンですら『蛇』の力を利用することはできても、自由に操れるわけではなかったようですね。……では」
「だれが、6年前にジェルドに呪いをかけたんでしょうかね?」
大げさに、首を傾げて見せるシリウス。笑顔なのに、目が笑っていない……ソラは少し怖くなった。
「蛇の呪いについて、詳細は当事者のみの最高機密、なんですよね。6年前に知り得たのは、誰だったのでしょう?」
「……」
皆の視線が、国王に向けられた。「まさか」と小さく呟くジェルドの声が、ソラの耳に聞こえた。
「……『蛇』、など王家に代々伝わる、忌々しい呪いだ。私も、魔力が強い方だから、ジェルド、お前が請け負ってくれて、感謝しているよ」
普段と変わらず、穏やかな口調で国王ローダンが話した。
「……俺に呪いをかけて、殺そうとした——?」
「殺そうなどと。私が国王として最大限の力を発揮するためにも、呪いを肩代わりしてもらいたかっただけだ」
「……。では母上は……?」
「ああ、あれな。我が妃は、上に立つ者の素質がなかったのだ。私の計画に反対するだけでなく、お前を連れて逃げようとしていたのだからな。残念なことだ」
「……なっ!!?……」
再びジェルドの髪は銀色に輝き、瞳が紫色に燃えた。その怒りは、隣に立っているソラまで圧倒するほどだ。それでも、国王は表情一つ変えることなく、穏やかに、諭すように話し始めた。
「そもそも、王には、大局を見極める素質が必要なのだよ。シリウス、お前ならわかるだろう」
そばに立つシリウスは、先ほどまでの笑顔は消え、無表情で国王の顔を見つめている。その視線は、いつものシリウスからは考えられないほど冷たい。
「王座に着く者は強くなくてはいけない。呪いなどで弱っている場合ではなかったのだ。結果として、すべてうまくいったではないか。ジェルド、お前は一命を取り留めて、こうしてこの場に戻ってこられた。隣国と密通している神官、己の立場をわきまえず、王家の魔力を飼い慣らそうとする大魔官……それらを一掃し、悪しき者に力をつけさせることも阻止できた。すべて、私の判断のおかげだ」
「ふざけるな……!!!」
怒りのまま叫んだジェルドの腕には、絡みつく蛇が現れた。
「若い、な。怒りに任せるとその呪いはお前を食い尽くすぞ」
「……は? この状況も分からない、と?」
「何?」
ジェルドは王ローダンに向かい、憐みの表情を浮かべた。そのまま、腕を伸ばすと、蛇はしゅるしゅると床に下り、王の元へ近づいていった。
「あなたを含め、歴代の王は、大した力を持っていなかったんですね。蛇にじわじわと呪い殺されるか、せいぜい身内の誰かに移して終わり」
ジェルドが話している間にも、驚き固まっている王の足元から、蛇が体に巻き付いて行った。
「飼い慣らす力も、ないんですね。それでよく、強者について語れたもんだ。……締め上げろ」
ジェルドの声に反応するように、蛇はぐんと大きくなり、国王の体をきつく締めた。王が耐え切れず、がくんと膝をつく。
「なぜ、そんなことが……できる!?」
「さあ。少なくとも、あなたよりは俺の方が力が強いようですからね」
「はぁっ、はあっ……ぐう……私が死ねば、国が傾くことが分からないか!?」
「いや、そう思ってるの、父上だけですって。下に見てた我が子に殺されるのって、どんな気持ちですか~?」
傍に立つシリウスは、王を助ける訳でもなく、くすくすと笑いながら様子を見ている。
「バカ者!! シリウス、お前は何の取柄もない愚かな人間だっ……国を任せられる器ではない! ……本当に、愚か者ばかりだ……私が……いなければ……」
国王が苦しそうに叫ぶ様子を黙って見ていたジェルドだったが、俯くと同時に、蛇は急に霧散していなくなった。
「ジェルド?」
「……俺はあなたを殺せない」
「は、はは……お前も、所詮、魔力が強いだけ……の人間、だ。母親に似て、心が弱すぎる。上に立つ器では……ないな!」
広間には、国王ローダンの笑い声だけが響いていた。




