20.私を自由にしてください
『ソラ。 話があるから、今日の夜、屋敷に来て。』
手紙の文字は震え、まるで殴り書きされたよう。ジェルドの身に何かが起きているのではと心配になったソラは、屋敷への道を急いだ。
(……それにしても、しっかり結界が張ってあるから、なかなかたどり着かないな)
慣れているソラでさえ、進めないような強力な結界で、1時間以上は歩き続けた。屋敷がやっと見えると、ソラは気合を入れて踏み入れた。
入り口のドアはノックしても、返事はない。
(おかしいな、部屋にはいるようだけど、気付いていないのかな?)
「失礼します! ソラです」
大きな声を出しながら、屋敷に入った。ソラと一緒に暮らしていた最近までは、どこも明るくしていたが、今は薄暗く、しんとしている。使用人なども、いる気配がない。
そうこう考えて歩いているうちに、ジェルドの部屋の前までたどり着いてしまった。ドアの隙間から、ほんの少しだけ灯りが漏れている。
ノックをしても返事はなかったが、鍵は閉まっていなかった。深呼吸して、努めて今まで通り、元気な声で挨拶をした。
「失礼します。ソラ・ユーミアです。殿下、お久しぶりです!」
「……」
自室の椅子に座って背を向けているジェルドを発見するが、返事は返ってこない。体調でもよくないのかな、そう思いながら、ソラは部屋に立ち行った。
「……殿下、お話と言うのはなんでしょう?」
……
「……お前、ここからいなくなるって?」
「え?」
ガチャ……
決して、油断していたわけではない。それでも、気付かないような速さで、魔法の鎖で両手、両足を繋がれてしまった。どれだけ強い魔法なのか、ソラが体を必死に動かしても、びくともしない。
必死にもがいていると、ふらりと席を立ったジェルドが間近まで迫ってきた。
「冗談にしたって面白くないな。ソラは、ずっとこの屋敷にいるんだよな?」
いきなり、強い力で押さえつけられ、自由の利かないソラは、椅子に無理やり倒され、座りこむ格好になった。
何故だか、ジェルドはフードを目深にかぶっていた。髪も、式典で見た時よりぼさぼさに乱れている。上から覆いかぶさるようにこちらを見つめる瞳だけがギラギラ輝いて見え、その瞳孔は開いてる。
「これで、逃げようとしても、どこにも行けなくなったな」
ジェルドの顔が近付き、ぴたりと止まった。ソラを見据える目は、恐ろしいほどに暗かった。
「俺のこと、守るって言ってたよな? ……来年には、庭で花を育てるって。……式典に出たら、一緒に帰ってこようって。なあ、……全部、嘘だったのか?」
「殿下……それは——」
苦しそうに、縋りつくように、絞り出された声。更に息がかかるほどの至近距離に顔が近付いたと思うと、無理矢理口を塞がれ、強引に舌を捻じ込まれた。
「うっ……はぁっ、はぁ」
なんとか抵抗して顔を背けると、しばらくの間があり——
ポタ……
頬に何か感じる。
ゆっくり目を開け、ジェルドの様子を伺うと……ジェルドの目から、ぼろぼろと涙があふれていた。ソラは、言い様のない苦しさを感じた。
「……殿下は……願いが叶ったではありませんか。聖女に会いたいという」
「それは……だからって……お前が離れる理由にはならないだろ」
「ティアナの……聖女のそばにいることが、殿下のためになるのです」
「だから、」
「私は!!……もう、殿下のおそばにいたくないのです!」
ジェルドが息をのむ。
「……お願いですから、私を自由にしてください」
気付くと、ソラも涙を流していた。
「そこまで、……嫌?」
ジェルドの魔法がかなり揺らいでいる。直感的に感じ取ったソラは、全力で両腕に力を込め、拘束を引きちぎった。
「バカ! 腕から血が……」
「こんなのたいしたことありません!」
だらだらと手首から血を流すソラに、あからさまにうろたえるジェルド。
ソラは自分に覆いかぶさるジェルドを思い切り突き飛ばし、椅子から転がり落ちた。まだ両足の拘束は解けていない。床に這いつくばったソラは、腕を使ってずりずりとドアに向かう。
「……そこまでして、俺から逃げたいの?」
這いつくばるソラの前に、立ちふさがり見下ろすジェルド。声からは、感情が読み取れない。
「……手に入らないなら……いっそ」
「もう、耐えられません!」
「……」
「……殿下が他の女性と仲良く暮らしている姿を見るのは、耐えられないのです」
「……!」
「これからも殿下の護衛を引き続き受けることも、頼み込めばできるかもしれません。でも……自分の無力を感じながらこれ以上一緒にいるのは……難しいです」
「ソラ」
この後はきっと、ジェルドとティアナが結ばれて、大団円で終わるだろう。そして、夫婦となり仲睦まじく過ごす二人を、自分は影から見守る。そんな未来が、なぜだかとても耐えがたい事に感じた。
「私は心の弱い人間ですから、どうか、殿下から解放してもらえませんか」
「ソラ!!」
床に這い、俯いたソラを、ジェルドは無理やり抱えて、自分に向き直させた。
「ソラ……俺は、お前と、一緒にいたいんだ」
ソラは、急に足の自由を奪っていた魔法が解けるのを感じた。続けて何か言おうとしたジェルドだったが……突然ソラにもたれ掛かると、動かなくなった。
「殿下……? ……!」
意識を失っている!?
あわててジェルドの身を横たわらせ、状況を確認する。けがはなさそうだったが。かぶっていたフードをとると……ジェルドの呪いは腕から首筋まで広がり、顔にまで浮き上がっていた。
聖女であるティアナのそばにいれば、ジェルドの呪いも消えると思った。
……そのはずなのに、なぜか以前より呪いが進行している?




