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17/30

17.お二人の幸せを

 ジェルドと一旦別れたソラだったが、人波にのまれて右往左往するばかりで困っていた。しかも、ちょっと進めたと思うと、ソラに対して興味本位で挨拶をしてくる参加者達に足止めさることも多々あり、現在途方に暮れている。


(うう……ティアナと会話するどころか、顔を会わせることも難しそうだ)


 そこで、見知った顔が近寄ってきた。騎士団の同僚たちだ。

「ソラ! こんなに綺麗な格好して、どうした!」

「びっくりだな。最初だれだか分からなかったよ」

「みんな……! あれ、こんなところに来ていいのか?」


「会場に入ればソラに会えると思って、休憩時間を利用して探してたんだ。今は交代中だから、警備してるやつらにも、あとで挨拶してやれよ。ソラのこと心配してたんだから」

「うん、ありがとう」


「でも、こうして式典に参加できたってことは、王子連れ出し作戦、っていう無理難題をやってのけたってことだよな」

「な! ソラはやればできる子なんだって」

「良かったなぁ」

 わいわいとみなに囲まれる。

「みんな……改めて、本当にありがとう」


 この5か月間、仲間たちがいろいろと支えてくれたお陰で、自分はこの場に立っていられる。ソラは胸が熱くなるのを感じた。

 

「ついに騎士団をやめる決意ができたのか?」

「う……団長……ごきげんよう」


 感動しているソラの心が一瞬で雲に覆われる。後ろから声をかけてきたのはトルバルドだった。ぎぎっ、と音がしそうなぎこちなさでソラが振り向くと、いつもの仏頂面。そして、王宮の式典用にかっちりと正装をしているトルバルドから放たれる威圧感は、いつもの数倍。


「なにがごきげんよう、だ。ずいぶんと騎士団らしからぬ格好をしているな。末端貴族の令嬢として、大人しくしている方がせいぜい似合いだろう」

 今日の団長は、いつもに輪をかけて、嫌味っぽい。

「……私など脇役に過ぎませんが、式典に多少なりとも華を添えられればと思いまして……あと、こう見えて意外と動きやすい仕様なので、緊急時の対応も可能です!」


「ふうん?」


 トルバルドは、急に距離を詰めると、ソラの首飾りの宝石にに触れ、ニヤリと笑った。

「俺はてっきり、第二王子の女です、ってアピールかと思ったが」


「へ……?」



「ずいぶんと楽しそうにしているんだな」

 突然ソラの腰に手が回り、ぐいっと引き寄せられた。後ろにいたのは、ジェルド。かなり不機嫌そうな様子だ。


「これはこれは、殿下。()()()()()が大変お世話になったようですね」


「騎士団長か……お前は王族に対してあれこれ物を申せるほど、偉い立場にあるようだな」


「めっそうもございません。私は王家へ忠誠を誓った身ですので、第二王子殿下にも命がけで尽くす所存です。それでは、殿下、私は会場の警護に戻らさせていただきます。よい夜を」


 ここまでの会話、静かな応答。

 ただ、二人の間には、氷河の大きな亀裂が横たわっていた——。そう感じたのは、ソラだけではない。近くに寄ってきた団員達も、固まる者、そそくさと逃げ出す者、凍える者と様々だった。


 無言のジェルドに手を取られたソラは、そのままバルコニーに連れて来られた。季節的に外に出る者はおらず、二人きりだ。

「おい、ソラ。今すぐ騎士団を辞めろ」

「え!? ええっ。やっと戻れるのに殿下まで団長みたいなことを言うんですか?」

「『団長』が何だって!?」

(ひっ! 殿下、ものすごい不機嫌!)


「……殿下……慣れない人前に立ち続けて、いらいらしてます?」


「ああ!? ……そうだよな、そもそもなんで俺がこんな思いをしてまでここに来たんだって話だよ! 人目に晒されて楽しくもない会話させられて、今まで俺の事なんて見向きもしてなかった連中は急に手の平返しで媚びてきてよ女共はべたべたべたべた所詮は地位と金と顔ってことか!?……それでも何とか笑顔貼り付けてあと少しの辛抱だって、前みたいにお前と生活する日々に戻れるまでって我慢してれば、なんで楽しげに他の男と話してる現場見せつけられなきゃいけないわクソ野郎にマウント取られなきゃいけないわ……」


(まずい……やさぐれすぎ!! ここで何か言ったら更にまずいことになる……)

 ソラは途中から意識を空の向こうに飛ばすことで対応した……。


「あの……お話し中すみません……」


 二人の会話(というかジェルドの一方的な愚痴)に割って入った声がした時、ソラは救世主が現れたと感じた。声のした方に顔を向けると……


「神様!……じゃなかった、ティアナ!」

「ソラ! 会いたかったわ」


 ソラは喜びのあまり、ティアナに駆け寄り、抱き着いた。


「ティアナ!! 私も!! 元気そうで……よかった」

「ソラ、あなたも元気そうでなにより。ずいぶん、いろいろあったようだけど」

 ソラは無言でティアナを抱きしめる腕に力を込めた。



 しばしの間の後——、ティアナは、やさしくソラから身を離すと、ジェルドに向き直った。


「貴方は……ジェルド第二王子殿下ですね。私、聖女ティアナ・ユーミアです。殿下もお元気そうで……? なによりです」


 途中疑問符が入ったのは、さっきの現場を見られたからだろう。……ある意味、元気といえば元気か。ソラは思った。


「聖女ティアナ様、お目に掛かれて光栄です」

 ジェルドは片手を胸に当て、いかにも王子らしい、優雅な挨拶を返した。さっきまで愚痴を言っていた人間とは思えない変わり様だ。


「殿下が無理を通してでも、わざわざ式典に参加していただいたと聞きました。大変、嬉しいですわ」


「ええ。聖女様に会えるとなれば、どのような状況でも馳せ参じましょう」


(……私には見せたことのない顔……)


 そらは突然、言い様のない感情に襲われた。なぜだか急速に、自分の中の自信が失われていく。ティアナは昔から、とてもきれいだ。久しぶりに会って、更に美しくなった。金色の髪も、青い瞳も、ソラより格段に明るい色をしていて、光り輝いている。双子だから似てはいるものの、ティアナの方がぱっちりとした目、色白で守ってあげたくなるような顔立ちをしている。それに比べて、自分は……


 着ているドレスも、慣れない化粧も、何もかも、ソラは急に恥ずかしく思えた。


(殿下はずっと、本物の『聖女』に会いたがっていた……)


 ソラが一人悶々としていると、ティアナの護衛が慌てて呼びに来た。ソラを見つけて、護衛を巻いて会いに来ていたらしい。


 3人とも室内に戻ると、周囲で機会を伺っていた客達が集まってきた。

「いやあ、素晴らしいパーティーですね。お二人の御婚約を進めるために、聖女様がお帰りになられたのではという噂があるのですが……あながち噂止まりではないようですな」

「いえ……」

「第二王子殿下が王城に戻られたタイミングもぴったり重なることですしね」

「『呪い』を解けるのは、聖女様だけですからね! 愛の力でしょうか!?」


 周囲の人間によって、話がどんどん進められていく。


 ソラはそれらを無言で聞いていた。ジェルドはずっと『聖女』に想いを寄せていて、無理しても式典に出ようとしていた。そして、王の働きかけによって、ティアナもこれから王都に戻れる。この場の客が言っていることは、間違っていない。


 そのうち、話題がソラにも振られた。


「貴女は、騎士団のソラ・ユーミア様ですよね。まさか、聖女様の妹だとは、知りませんでした!」


「そういえば、顔立ちも似ていらっしゃいますものね」


「第二王子殿下が、聖女様と会える様に陰で働いていたというのは本当ですか?」


「素晴らしい! お二人のために尽力されるとは……騎士の鑑ですね」


 ソラにできる返事は、一つしかなかった。


「はい、お二人がこうして再会できたこと、とても嬉しく思います!」


 ソラは、口角を無理やり上げた。


「私も、お二人の幸せを心より祈っております!」


 その後、慌てて頭を下げる。きちんと笑っているように見えただろうか。





「……それ、本気?」




 ジェルドから掛けられた、冷たい声色に顔を上げられない。


「皆、楽しんでいるようだね。今日は、聖女様とも、弟とも話せるなんて、夢を見ているんじゃないかと思うくらい、幸せだよ!」


 そこへ、王太子シリウスが声を掛けてきた。その場の皆も賛同の言葉を口にする。息の詰まったようなソラにとっては、彼の呑気な物言いが、今はとてもありがたい。


「これで、王家もより強固なものになりますね」


「さあ、盛大に祝いましょう!!」



 そこから、ソラの記憶はあまりはっきりしない。その場を離れ、気分を落ち着かせようと必死になった。しばらくしてジェルドに声を掛けられそうになった時は、ソラは騎士団の仲間との会話に無理やり入り、気付かないフリをした。その後も適当に会場の知り合いに挨拶を済ませると、とりあえずジェルドが視界に入る程度に遠巻きに彼を見守っていた。本当は今すぐにでも逃げ出したい気分だったが、式典では彼を護る、という約束は何としてでも果たさなければと思ったから。


 それでも、常にジェルドの周りには楽しそうな人だかりができていたし、王やティアナの護衛がたくさん取り巻いていたから、ソラには全く出番はなさそうだった。


 ジェルドから時折向けられる物言いたげな視線も、うつむいてやりすごした。


 そうしてひたすら耐え、式典が終わる頃合いには、ソラは一人静かに、その場を立ち去った。

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