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16/30

16.眩暈がする

 ジェルドの参加が決まってからは、式典まではあっという間だった。


 姉である聖女ティアナは、すでに辺境伯領から、王都に着いているらしい。ソラとティアナは、双子の姉妹といっても、聖女と一介の騎士では立場が違いすぎる。しかも、未だにほとんど人が立ち入れないようなジェルドの屋敷で生活していたため、ソラは未だにティアナに会うことができていなかった。貴族たちが集まる盛大なパーティーで少しでも会話できたらいいな……式典の後は王都の凱旋パレードもあるらしいので、観客か警備として参加したいな……などとソラはぼんやり考えていた。


 ジェルドはというと、3日ほど前に王城に呼び出されて準備に行った。(かなり渋っていたが半強制的に連れていかれた)6年越しの家族との再会もあるだろうし、王族は準備がかかるのだろう、いろいろと。


 そして……当日。


 ソラは、久しぶりの姉との再会に、少し緊張している。


 でも、もっと緊張しているのは、ジェルドだろう。久しぶりの城での生活は、大丈夫だったろうか。ソラはジェルドのことが心配になった。


(様子を見守りたかったけど……私が城に住むわけじゃないし、私が警備する必要なさそうだしな……)


 ただ、もちろんジェルドとの約束は果たすつもりだ。ソラは現在、特別に王宮で身支度をしてもらっている。ドレス姿では、王城まで徒歩や馬に跨って移動する訳にもいかなそうだったので、助かった。


 前回は簡易的に着替えさせてもらったのだけど、王城での着替えは、想像を絶する待遇だった。化粧、ヘアメイクはもちろんのこと、着替える前の肌のお手入れなども念入りにしてもらう。着替えを手伝ってくれるメイドさん達も、自分のような人間よりももっと高貴な方々のお世話をしたいに違いないのに、まるで姫を扱うかのようにやさしく手伝ってくれた。

 

 恐縮したソラは、メイドさん達に渾身のお礼のあいさつをした。……即座に、もっと淑女らしく、とたしなめられたが。


 身支度が終わり、ソラは、式典会場に向かう王族専用の入り口でジェルドを待っていた。全力で辞退したいのが本音だが、大勢の前に久しぶりに立つジェルドには、支えが必要だとも思った。


 遠くから自分を見つけるなり、物凄い速さで近づいてきたのは……


「ソラ!!……やっと会えた……!」


「で、殿下!? どうしたんですか、その恰好……ものすごく、素敵ですが……」


 しばらくの後、ジェルドが近付いてくるとソラは目を見開いて固まった。今までは伸びるがままといった様子だったジェルドの髪が、短く切り揃えられている。もちろん、顔を隠す前髪も。ジェルドがこちらに向いて、困ったようなぎこちない笑顔で首をほんの少し傾けると、癖のある黒髪が、ふわり、と揺れる。


 ……印象が、あまりにも違う。眩しさのあまり、眩暈がしそうだ。


「……眩暈がする」

 ソラがつい思ったことを口にしてしまったのかと思ったが、声の主はジェルドだった。


「え!! それは……奇遇ですね……?」


 慌てて近寄ろうとすると、手で制止させられた。もう片方の手は、なぜか顔を覆っている。

「ソラ、やっぱり普段の格好に戻らないか? その姿はあまりにもヤバい」

「え、そんなにヤバいですか!? お目汚しすみません!!」

「違う、そういうことじゃない」

「すぐに着替えてまいります。メイドさん達に長時間かけて準備してもらったのに申し訳ない気もしますが」

「いい、そのままでいい。似合いすぎて困る、という意味だ」

「っ……!! それを言うなら、殿下の方が……その、恰好良すぎるというか、直視できないというか」

「わかった。もう、余計なことを口にするな。とりあえず、俺のそばから離れるなよ」

「ひゃっ! あっ、は、はい……!」

 ソラとジェルドはひとしきりあたふたして、何とか人前に出る心の準備を整えた。


 いつまでもここに立っている訳にもいかない。会場にはすでにたくさんの人が集まっているのだ。ソラは意を決した。

「うう……もう帰りたい」

「短い時間の辛抱ですよ! 私もがんばりますから、殿下も堂々となさっていてください」

 そうして、何とか二人で会場に足を踏み入れた。



 王族の入り口から現れた、見覚えのない人間——賑やかだった会場がしんと静まり返った。その事実が差すのは、ただ一人。みなが息も忘れたようにその一人を見つめる。

 腹をくくったジェルドは、顔つきも威厳があり、王族らしい堂々とした佇まいでゆっくりと歩を進める。呪いの噂は有名な話だったため、静かに人波ができ、ジェルドとソラの周囲には空洞ができた。皆、どうしてよいか分からず、遠巻きに様子を見ている。


 ソラは、ジェルドにエスコートされて添えていた手にぎゅっと力を入れて、とびきりの笑顔を作った。


 はっとしたジェルドは更に姿勢を伸ばし、会場全体へ、よく通る声で話し始めた。


「皆、よく来てくれた。共に、聖女殿の凱旋を祝おう」


 会場の雰囲気が一変する。

「そうそう! 今日はめでたい日だから、みんな楽しんでいってくれ!!」

 その瞬間、うしろからジェルドの肩を組んでくるやけに陽気な人物は……シリウス王太子。


「見ろ! 第二王子が呪いでお隠れになった、という噂は嘘だったようだぞ」

「呪いとは一体何なのだ? 少なくとも見た目では分からないな」

「王太子殿下も、隣の女性も普通に触れてなんともないようだな。呪いの影響はないのか」

「とても似ていらして……美しいご兄弟ですのね」

「第二王子様の隣にいらっしゃる女性は、どちらの方かしら?」


 会場が再び賑やかになった。不穏な動きをする者がないか、ソラは耳を澄ます。今のところ、概ね印象は悪くないようだ。よかった、なんとかなった。ソラの目線に気付いたジェルドと、二人だけで分かるくらいに小さく微笑み合った。


 そこで、ひときわ大きな歓声が上がった。

 王が会場に現れたのだ。横には聖女ティアナを連れている。


「国の宝である聖女ティアナが戻ってきたぞ!」


 王の一声で、聖女ティアナは会場の皆に向かって、美しい所作でお辞儀をした。

 

 会場は更に熱気に包まれ、大勢の人間が王と聖女に挨拶に向かう。ソラも近寄りたいが、人が多すぎてとても押しのけてまでは進める状況ではなさそうだ。


「ティアナ……聖女様!」


 自分の発した声は、喧騒の一部となって搔き消える。

 それと同時に、ジェルドの元にも大勢の人だかりができていた。皆、久しぶりに表れた王子に興味津々といった様子だ。


 シリウスが小声でささやく。


「ほら、ジェルド。今までの分、しっかり働いてもらうからな。ユーミア嬢。久しぶりの姉との再会なんだろ。ここは私たちで何とかするから、聖女に挨拶にいっておいで」


 ジェルドは一瞬嫌そうな顔をしたが、すかさずよそ行きの笑顔を貼りつけ、客への対応をし始めた。さすが、引きこもりだったとはいえ、王族だな、とソラは思った。

「ありがとうございます。では、殿下、また後ほど」

 ソラは自分のできる限りの淑女の礼をして、二人のそばを離れた。

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