15.希望はあるかもしれません
城下町の外れで、意外な人物に遭遇した。
「大魔官様、こんにちは! ではっ!」
「ちょっとちょっと…ソラ・ユーミアくん、いくらなんでも…失礼ですよ、ふふっ」
「急いでいますので……」
「まあまあ、ちょっと私と…お話して、いきませんか」
ソラがその場を立ち去ろうと振り返ったところを、後ろからがっしりと肩を掴まれた。
(うっ、逃げられない……)
ソラは、大魔官メイヴェンの事が、あまり得意ではない。優秀な魔術官だとは分かっているが、何せ動きが怪しいし、何を考えているかわからない笑みをいつも浮かべている。……まあ、今の状況で団長トルバルドに会った場合には、猛ダッシュで逃げる自信があるが。
「奇遇…ですね。私は城下町でちょっと買い物をね…ふふ」
「大魔官様ほどの人でも、買い物なんて来るんですね~」
「ふふ……ところで、これから、宮廷魔術官に戻るのですが…どうです? ソラ・ユーミアくんも、一緒に」
「え!? せっかくですが、用事がありまして、私はこれで……」
「そうですか……実は…ジェルド様の、呪いについて…研究しているんですよ。な、何か有用な手掛かりになればと思って、ソラ・ユーミアくんにも…話を聞きたかったんですよねぇ」
ぴくり。
「ざ、残念ですね……せっかく、研究も…あと少しといったところなのに、ふふっ」
「あ、用事、なくなったことに気付きました!」
……結局ソラは、メイヴェンの誘いを断り切れずについて行った。
宮廷魔術官——。王城の西側に位置し、魔術を極めた者たちが仕官する場所だ。対極に位置するのは、神殿で、そこで働く神官が行うのは、神への祈りや国の守護に関わることである。魔術官は日常に使用する便利な魔道具も多く世に出しているが、兵器開発や武力として国を支える面が大きい。ソラが騎士団に入ってから、一度だけ訪れたことがある場所だが、かなり広い建物だ。
ロイスの店に行った時は皆に歓迎されたソラだったが、宮廷魔術官の研究所に入ってからは、挨拶をしても、誰にも見向きもされない。まあ、別に歓迎されたいわけでもないが。
研究所の内部は、高い天井までびっしりと本が並べられ、数十人の魔術官が何かしら仕事をしていた。魔術を研究するとはどういうことか想像もつかなかったソラだったが、研究所にいる人たちは、小さなビンに入れた液体を混ぜ合わせたり、ごちゃごちゃした机の上で何かを組み立てたり、それぞれの研究に没頭している様子だった。
「さきほどの謁見…どう、思いますか?」
ソラがきょろきょろと辺りを見回しているとき、メイヴェンに耳元でこっそりと尋ねられた。王と話した時のこと……ソラはなんと返答すればいいか分からず、困惑した。そういえば、メイヴェンは聖女が王都に戻ることについて、快く思っていない様子だった。
「あ、あの……」
「せ、聖女の件については…納得していないんですよ。だって、急に、王都に戻すなんて……」
「姉は王都に必要ないということですか?」
「い、いや…そういうことを言いたいんじゃないですよ。ただ…辺境の守護があってこその、国の護りだということです」
聖女の仕事が『聖なる力で国を守っている』ということ以外詳しく知らないソラは、そういうものなのかな、と考えた。
「こうなったら……」
メイヴェンが何かつぶやいたが、ソラには聞こえなかった。
「……ところで、ジェルド様が…私の元で魔術を習っていた、というのはご存じですか?」
「ええっ! そうなんですか。初耳です」
「王家の中でも、とりたててジェルド様は魔力が高く…魔法のセンスも秀でていたのです…優秀な、教え子でしたよ…ふふっ」
そういうメイヴェンも、国で一番の魔力の高さがあると、紫色の瞳が証明している。
「そ、ソラ・ユーミアくんの意外なほどの働きで…ジェルド様は外の世界に足を踏み入れるまであと一歩まで…きていますよね。ここまで来たら、何とか…ジェルド様を連れ出してもらいたいのです。そして、こちらの研究所へも、足を運んでほしいと…ソラ・ユーミアくんからもぜひ声をかけてほしいのです」
「はぁ……」
ジェルドがメイヴェンと仲良くしている様子が想像できなかったが、以前に魔術の師匠だったということなら、もしかしたら会いたいと思っているのかもしれない。ソラは曖昧な返事しかできなかった。
話しているうちに、いつの間にか大部屋の奥の扉の前に着いた。
「ここは……?」
「わ、私が研究を進めている部屋です。特別に…お見せしましょう」
メイヴェンはにっこり笑ってそういうと、なにやら呪文を唱えた。部屋の鍵を開けたらしい。
「どうぞ」
不思議な、空間だった。たった今通ってきた大部屋よりも、更に大きく、がらんとしたホールのよう。騎士団が数十人入って訓練をできるくらいに広い。中央には天井まで届きそうな、黒く大きな柱のように見える構造がそびえていて、部屋の隅には、机と椅子がぽつんと置かれていた。高い天井は透明度の低いステンドグラスで覆われていて、陽の光が色とりどりに変化してぼんやりと差し込んでいる。
「すごい……! 大魔官様は、いつもここでお仕事をされているのですか?」
「ええ。私の研究は…この世の魔法の解明…ですかね」
「なんと! それでは、もしや大魔官様は、ジェルド殿下の呪いも解明しようとなさって?」
そこでメイヴェンは、眉を下げて悲しそうな表情となった。
「ジェルド様が呪いにかかる……大変、痛ましい事件でした。私も必死に調べたのですが…なんとその呪いは、代々王族の人間に現れ、解くことも消すこともできない…呪いなんだということが分かりました。残念ながら……私ではどうしようもないんですよ」
「あの、蔦のような呪いの文様のことですか?」
「ソラ・ユーミアくんは…ジェルド様の呪いを…ち、近くで確認したことがあるんですか?」
「はい……今は、腕全体に広がっている、という感じですかね。以前よりは小さくなっている様です」
「呪いが……小さく…なる?」
「ジェルド殿下ご本人がそう言っておられたのですが……本当に、呪いは消えないものなんですか?」
「王家の歴史を調べると…ショックで王族の身分を返上し呪いから逃れようとしたり…身内同士で呪いを押し付け合ったり……過去にはあの呪いに…国王本人が殺されることもあったとされています……少なくとも、これまで消えたことがないので…ジェルド様が今の代で呪いを請け負っている状況…だと思われますね」
「そんな……そ、それでも、王家の皆さまは代々、この国を治めておられますよね?」
「ま、魔力量……によるようです。王家の呪いが…魔力を吸い取る力を持っているため、逆にいうと、魔力のない人間は…呪いにかかってもさほど影響がなかったものと思われます。ジェルド様は魔力が高い分…生命力までどんどん吸い取られ、最悪寿命が縮まってしまっている…のだと思われます」
「そういえば、殿下も以前……そのようなことをおっしゃっていたかと……」
「ただ、希望はあるかもしれません、ふふ」
「え?」
メイヴェンは中央の黒い建造物に近寄り、手をかけた。
「い、今…私が開発している魔道具です」
「この、大きい柱みたいな物が?」
円柱状のそれは、大人が四・五人手を広げて届くような大きな建造物だ。ソラが近寄っても、どういう素材なのかもよく分からない。
「お…王族の呪いを解くことは難しいですが、この魔道具を使って…状況を変えることができるかもしれません」
「どうやって……?」
「まず、ここには、ジェルド様の魔力を補うための機能をつけています。魔力が補完されれば、必然的に、ジェルド様の寿命も延びることでしょう」
「すごい…ですね…!?」
「そして、魔力の分配機能です。つまり魔力を恒久に発出させ得る可能性のある媒体がこの魔道具に格納され機能した場合それ単体では只の——ですが――した場合において——……」
(……さっぱり、分からない)
急に流ちょうに小難しい説明をしだしたメイヴェンに、ソラは軽く白目を剥きそうになった。その後もしばらくメイヴェンの解説は続き……
「実現のためには……あと、1つ。それがあれば……実現できるのです」
メイヴェンの恍惚とした表情からは、もう少しで研究が完成するという喜びを感じ取った。ソラは、ジェルドの行く末を想いながら、天井までそびえる魔道具を見上げていた。




