14.まるで、女神
久しぶりの王都は、お祭りムードだった。街中に花が飾られ、聖女記念グッズを売り出す店も多い。みんな、聖女の帰還を心待ちにしている様子だ。
そんな街の通りを、ソラは足早に王城へ向かっていく。
「ソラ・ユーミア、よくやってくれた! 式典、楽しみにしているぞ」
「は! 引き続き、全力で任務にあたらせていただきます」
王との謁見も、これまでの数回と比べ物にならないほど和やかだった。
「騎士団の働きも、大変素晴らしいものだった」
「ありがとうございます」
「これで、政局が大きく動くな。騎士団長トルバルドよ、今後も部下と共に、今まで以上の働きを期待しているぞ」
「はっ!」
騎士団長のトルバルドも、今日はソラの隣に立ち、王からの賛辞を受け取って礼をした。
(さすがに、今日は団長に怒鳴られることはなさそうか)
団員の皆の働きで、ついにアルナス家の嫡男の今までの罪が暴かれ、投獄されたという。そのまま芋づる式に他の貴族も摘発を受けて、神官派はだいぶ権力を失ったようだ。
礼をしながら、ちらりと隣のトルバルドを盗み見る。あんなにソラを辞めさせたがっていたのに、騎士団の指示系統は全て彼が担っていてくれていたらしい。相手を追い込み、容赦なく一網打尽にするトルバルドの手腕のお陰で、こんな短期間で片が付いたんだろう、とソラは一人納得していた。
「くくっ。こ、これで…ジェルド様が戻ってくれば…騎士団の素晴らしい功績となりますねぇ。まあ、今なら失敗しても…ソラくんは騎士団に戻ってこれそう、ですけど」
「メイヴェン、縁起でもないことをいうものではない」
「申し訳ございません。くくっ」
(確かに……)
式典に出るまではジェルドとの約束だから、一緒に参加する気はもちろんある。ジェルドのことだから、直前になって怖気づいて参加しないと言うこともあるかもしれないが。
ただ……どちらの結末を迎えたとしても、その後あの屋敷に通う必要はなくなる。王の感触から言っても、メイヴェンが言った通り、ソラが望んでいた騎士団の仕事にも復帰させてもらえる可能性の方が十分高いだろう。
(でも……すっきりしない)
そらは自然と険しい表情になるのを感じた。
「ところで」
王が話し始めたので、ソラは気持ちを切り替え、続きを待った。
「聖女ティアナ・ユーミアは、お前の姉だということだったな。今回の帰還の後、王都に呼び寄せようと思っている」
「え」「ええ!!」
驚いて声のした方に顔を向ける。ソラが声を出す以上に、何故かメイヴェンが誰よりも驚いていた。
「へ、陛下……聖女様は辺境の守護に必要なお方。王都に呼び寄せては…それが揺らぐことになりますよ……?」
「6年もの長い間、聖なる結界を強めてくれたのだから、後は辺境伯の力でどうにかなるだろう。それよりも、大神官が決定権を担っていた聖女の扱いについて、こちらが主導であると分からせることの方が重要だ。聖女を王命で神官の元に就かせ、見張りとさせるのが良いだろう」
「そっ、それは…どうでしょう? 神官の仕事は我々宮廷魔術官で担っても……」
「魔術官の仕事は評価をしている。だが、権力の分散と、棲み分けは必要」
「……そ、そう、ですね」
メイヴェンは目に見えて不愉快そうな顔をしている。どうやら、自分の思い描いていた方向とは違っていたようだ。
聖女である姉のティアナが王都に戻ってこれる。ティアナがいればジェルドの呪いも解いてくれるだろう。
(私は……?)
ティアナのそばに行って、助けになろうと騎士を目指していた。
(これからは——?)
◇ ◇ ◇
「ソラ」
王との謁見が済み、廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「団長」
「すべて解決しそうだというのに、浮かない顔だな」
「そうですか?」
(確かに、喜ばしい話ばかりだったのに……自分は素直に喜べていない……?)
「お前は、入団の理由が姉の助けになりたい、だったな。いずれは辺境伯領に移り住みたいと」
「は、はい」
「状況が変わった今、お前が騎士団にこだわり続ける意味はあるのか?」
「それ、は」
「否定もできない、か。そんな生半可な気持ちで、騎士団に残って、お前に何ができるんだ?」
トルバルドにかけられた言葉は、怒鳴られるよりももっと深くソラの心に突き刺さった。騎士団に何としてでも残りたい、と即答できなかった。
(最近の自分は、何だか迷ってばかりだな……)
ほとんど瀕死の状態で、ソラが城から出た時だった。
「あの……!」
見知らぬ人間に声を掛けられる。物腰の柔らかい、上品な雰囲気のある初老の男性だ。
「私、ジェルド様の元で働いていたロイスというものです。あなたはもしや、現在ジェルド様の屋敷に通われているという、騎士団のソラ様ですか?」
「はい。 ジェルド殿下の元で働いていた、というのは?」
「ジェルド様がお産まれになった時からお世話をさせていただいていたのです。そして、あの事件があってから、ジェルド様は離れの屋敷に移り住みました。そこでも、数人の使用人とともにしばらく働かせていただいていたのです」
「では、殿下のことをよく、知っていらっしゃるんですね」
「……ジェルド様は心の優しいお方でしてね。呪いの事故で王妃様……実のお母様を亡くしてしまわれた後、屋敷に閉じこもるようになってからも、私たち使用人にも優しく接してくれました」
みんなに優しく接するジェルドの姿など想像できなかったが、きっといろいろあったのだろうな、と聞きながら思った。
「ロイスさまは、現在も王宮で働いていらっしゃるのですか?」
「いえ、現在は城下町で商売を行っております。ただ……ジェルド様には相変わらずお仕えしてはいるのですよ」
「え?」
「そうだ、よかったらソラ様もご覧になられますか?」
それから、ソラはロイスに連れられて、王城から少し離れたロイスの経営する商店にやってきた。店は小さな雑貨屋といった様子で、いろいろな商品が所狭しと並べられていた。今のところ、店は開いているようだが、今のところロイスとソラ以外に客の姿はなさそうだ。
「ちょうど、今日は『配達』の日なんですよ」
よくわからないまま、ソラは店の奥まで案内された。ドアを開けると、店の裏庭のようなところに出る。そこには、5、6人の人が集まっていた。
「ここ……は?」
人だかりの真ん中には、なにやら魔方陣のような模様が地面に描かれ、その上には日用品、食べ物、本……いろいろな物が積まれている。
「そろそろ、ですか」
いきなりその魔方陣が光を放つと、上に乗せられていた物品が一瞬で消えた。
「これは、ジェルド様が使用している転移陣です。週に数回、決まった時間になると、こちらから必要な物品をお送りするのに使っているのです。もちろん、ジェルド様の魔法でしか動きませんが」
「殿下が……!? どうりで……引きこもっている割にはいろいろ充実しているなとは思っていたんです。ずいぶん便利な魔法なんですね」
「本当は、我々がお屋敷に出向いて、お世話したい気持ちはあるんです。でも、3年前に使用人として悪事を働く者がいて、それ以来、ジェルド様は使用人をすべて解雇されてしまった」
「それから……ずっと1人で暮らしていたんですね」
「ジェルド様が小さい頃から仕えている、ほんの数人だけが、現在この転移陣を使って定期的に必要な物をお送りする役目を務めさせていただいているというわけです」
そこで、転移陣の周りに集まっていた人たちも、ソラのところに近づいてきた。
「あなたは……! 噂のソラ様では?」
「お会いしたかったんです!」
すごく好意的にぐいぐいと話しかけられ、ソラはたじろいだ。
「初めまして…!ソラ・ユーミアと申します」
「想像していた以上に、美しいお嬢さんですね」
「ソラ様のお陰で、ジェルド様は本当にお変わりになられて」
「最近は、ジェルド様からの注文も、ソラ様に必要な物資が増えてきていたんですよ」
「今まで何の指定もなく、こちらから無理に送っていた食料も、最近はわざわざ指定が入るようになってねぇ」
「ええっ!? そ、そうなんですか」
みなが口々に最近のジェルドについて教えてくれる。
「ソラ様、ジェルド様を見守ってくださって……そばに寄り添ってくださって、ありがとうございます」
ロイスが礼をすると、その場の全員が、礼儀正しく頭を下げた。
「まるで、女神様だ」「いや、女神様に違いない……」
「女神様、万歳!」「万歳! 万歳!」
突然今日出会ったばかりの人たちに女神呼ばわりされる経験はソラにとって初めてだったので、どうしていいかわからず……とりあえず一緒にコールを盛り上げてみた。
王都に来ると、いろいろなことが起きる。今日の事も、早く帰ってジェルドに報告しよう。ロイスの店を後にしたソラが、屋敷に向かって歩いていると……
「こ、これはこれは、ソラ・ユーミアくん」
「!」
城下町の外れで、大魔官メイヴェンに遭遇した。
……やはり、『王都に来ると、いろいろなことが起きる』




