13.大丈夫。エスコートするから
その後、一か月と経たず、ドレスが完成した。職人さん達が式典に合わせ、最速で仕事をしてくれたらしい。屋敷では、ソラとジェルドが攻防を繰り広げていた。
「この間は、俺のためにドレスを着たい、って言ってただろ」
「殿下のため、とは一言も言っておりません……やっぱり、私諦めます。こんな複雑な衣装、着替えができそうもないので!」
「俺が手伝ってやるか?」
「断固拒否します」
「しょうがない、じゃあ、何人か人を呼ぶか」
「式典に出るためならまだしも、ただ試着するためだけにわざわざ来てもらうのは気が引けます」
「言ってなかったか? この屋敷は、結界さえなければ王都から真っ直ぐ舗装された道を15分ほど歩けば着く地理関係にある」
「……」
こちらは以前、毎回道なき道を一時間以上かけて通っていたのだが。そう言いかけたが、ソラは言葉を飲み込んだ。
結局、後日手伝いを数人頼み、身支度を手伝ってもらうことで決定した。
今日はいよいよ試着をしてみる日だ。
背中部分の紐類は自分ではどうしようもなかったので、大変助かった。せっかくだから、と薄く化粧までしてくれるサービス。ヘアアレンジも提案されたが、出かける訳でもないのでと、ソラは丁重にお断りした。その後は待機してもらうのも申し訳ないし、脱ぐくらいならなんとかなるだろうと、何度もお礼を言って王都に戻ってもらった。
「どう、ですかね? サイズは良さそうですが……」
素敵なドレスを作ってもらったとはいえ、そんなにすぐに手放しで喜ばしい感情が芽生えるものでもない。椅子に座ったソラは、鏡越しにジェルドと目が合う。部屋に入って来て、さっきからずっとジェルドが黙っているので、更に緊張が高まる。
ドレスは深い夜のような色合いの、肌触りのいい生地で作られている。派手になりすぎないさり気なさで、揺れると色味が紫がかって見える。服など着られればよいと思って生きてきたが、この着心地は素晴らしい。素晴らしすぎて、その高価さについて深く考えるのをやめる。体のラインに沿って、スレンダーに見えるデザインだが、ソラの希望で動きやすさも兼ね備えている。ふわふわ、ひらひらした可愛らしい物は苦手だと思っていたが、これなら自分でも落ち着いて着られる、そう思って密かにほっとしていたのだが……
「……」
(殿下が、さっきから全く言葉を発しない!)
どこか不備があるなら言ってもらおう、というか今日限りの格好だし! とソラは腹を括って話しかける。
「殿下……やはり、似合いませんか」
「ん。 ……思ったより、いや、想像以上でびっくりしてただけ」
「……そう、ですか?」
何だか反応も鈍いので、言葉を素直に受け取れない。
「ソラ、これも」
突然、首もとに、ひんやりした感触がさわる。紅い、宝石。こちらも、見る角度によっては紫色が混じる、不思議な宝石でできた首飾りだった。ジェルドが首筋に触れ、自ら付けてくれたため、ソラは一瞬身を固くした。
「ソラの邪魔にならないように、小さめにしたけど……これは、ソラを護る力のある、魔石でできているんだ」
「! そんな珍しい物、お借りしては申し訳ないです! どこかに引っかけて壊してしまうのも怖いですし」
「貸したんじゃない、あげたの。大事にしてね」
「そんな……!」
慌てて振り返ったソラは、ジェルドの姿に気付く。
「あ、殿下も今日は仕立てた衣装なんですね! お似合いです」
「気付くの遅」
「……すみません、自分のことで精一杯になってて」
生地は、ソラに使ったものと同じだろうか? 全身黒い衣装は、いかにもジェルドに似合う。襟元や短いマントの裾に施された、落ち着いた金色の刺繍はとても精巧なもので、動くたびにキラリとさり気なく光る。
(私のドレスも、殿下のついでに作ってもらったってことなんだけど……おそろいみたいで、気恥ずかしいな)
「なんだか、本物の王子様!って感じです」
「本物だけど」
「はっ! そうでした」
「まあ、ソラが無礼なのはいつものこととして……」
有無を言わさず手を取られたソラは、わけもわからず部屋を出る。
「今日は、付き合ってもらうから」
ついたのは、大広間。さすが、王族が住む屋敷。以前ちらりと覗いた時は大きい部屋もあるもんだな、訓練場かな、などと考えていたが、そこはどうやらパーティーなど大勢が集まるようなホールだった。今はがらんとして、何も置かれていない。
「ここには、たくさんの人が集まれそうですね」
「ああ、ここは若い頃母が住んでいて、いつもたくさんの人で賑わっていたって」
ジェルドの母……王妃は、6年前にジェルドが呪いを受けた時期と同じくして、亡くなったという噂がある。あまり話題にしない方がよい内容だったか、とソラは内心焦ったが、ジェルドは気にした様子はなかった。
「ソラは? 何度かパーティーに参加したって言ってたよね」
「はい、我が家も一応貴族ではあるので、実は小さい頃から何度か顔を出した経験はあるんです。昔はおいしいものが食べられるから、けっこう好きでしたよ」
「いかにもソラらしい話だな。ダンスは?」
「う……昔練習はしましたが、結局あまり。4年前に騎士団に見習いで入ってからは、訓練の方が楽しいので、優先順位はかなり低いまま、今日まできてしまいました」
「じゃあさ、一緒に踊ってみよ?」
ジェルドが自然な形でソラの手をとる。
「え、いきなりはちょっと……練習すればなんとかなると思うんですが」
「大丈夫。エスコートするから」
部屋に、ゆったりしたテンポの音楽が流れ出す。驚いてたずねると、ジェルドが「魔力を流すと音楽が流れる仕組みの魔道具」を用意していたらしい。便利だ。そして、用意周到だ。
がちがちに緊張したソラは、思い切り一歩を踏み出した。
「ははっ……騎士団の訓練じゃないんだから……そんなに大げさに動かなくていいんだ。……こんな感じ」
ジェルドがごく自然に、ソラの腰に手を添える。そのまま音楽に合わせてゆっくりと動き出す……
「わ! すごい。まるで自分が踊れている錯覚を覚えます! 殿下はとてもお上手ですね」
「王城に住んでた時は、王子として散々教育を受けてきたからな」
「こつをつかめば、私も上手になれそうです」
もともと運動神経だけはいいので、ソラもしばらくするとステップに慣れてきた。余裕ができると、周りの様子にも目がいく。
(殿下……今日はしっかりお顔が見える。こうして近くで見ても整っているな……って、自分は何を考えているんだ!!)
1人慌てたソラは、ジェルドの顔から視線を逸らした。ん、殿下はピアスをしているんだ。サファイアかな……
あれこれ考えているうちに、ひらりとターンさせられ、向きを変えたソラは、今度は壁に目が行く。
「あれ、は……」
この部屋にも、聖女の肖像画……ソラはどことなく複雑な心境になった。
その後も、二人は踊り続けた。何曲か変わったことは覚えているので、時間はかなり経ったのだろう。いつしか音楽は止まったが、ジェルドはソラの手を離そうとしない。そのまま、ぐっと腰を引き寄せられ、ジェルドの胸に寄りかかる格好になってしまう。
「殿下……?」
ジェルドは微動だにしない。
「あ、あの? まだ続きます?」
「……よし。ここまでにしよう」
しばらくすると、ジェルドが何事もなかったように自然と離れた。ソラは、何となく寂しさを感じる。
「殿下……私」
「どうした?」
「……殿下と一緒なら、ダンスも、着飾るのも楽しいと思えたんです。やはり、私、こんなに素敵なドレスを作っていただいたので……式典にも着ていきたいのですが、かまいませんか?」
一瞬驚いた顔をしたジェルドだったが、「そうか、嬉しい」と短く答え、優しい笑顔を見せた。
「……では、汚してしまっても悪いので、着替えてきますね」
「ソラ、やっぱりお前は、聖女なんじゃないのか?」
扉に向かったところで、背中から声を掛けられる。
「……いえ、以前から申し上げている通り、私は聖女ではありません。ただ……」
少しの間を置いて、ソラはゆっくり振り返った。
「聖女ティアナは、私の双子の姉なんです」
「……そうか」
「……殿下は、聖女をご存じで?」
「会ったのは6年前、俺が呪いを受け死にかけていた時だけ。その後、聖女は辺境に移り住んだというから今の聖女がどうなっているのかは知らない」
「そうですね、ティアナは聖女としての力を認められ、ずっと北の辺境伯領で働いています。数度、王都に戻れる機会があったのですが、タイミングが合わず、私も一度も会えていないんです」
ソラは、姉の助けになりたいと、騎士を目指したことを話した。
「……ところで、ティアナは皆に『祈りの聖女』と呼ばれています。殿下が輝きの聖女と呼ばれるのはなぜでしょう?」
「ああ。生死の境をさまよっていた時、聖女の姿をこの目で見て、会話もしたんだ。その時……目も眩むほど輝いていたから」
ジェルドの部屋に収集されているポスターや置物の類は、姉であるティアナを模して造られたデザインだ。でも、飾られている肖像画は、ジェルドの部屋の物も、広間に飾ってある物も、何となくティアナとは雰囲気が違う気がする。
「聖女の顔を見たのはその一度限り、その後、聖女に会ったことがある絵師に、俺の記憶の姿も意見して描かせた肖像画だ。6年前はまだ子供だったが……成長したらきっとこういう女性になっているんじゃないかと想像しながら」
今もずっと、ジェルドにとても優しい眼差しで見つめられている。でも、その瞳の向こうにはきっと……その時の聖女が映っている。ソラは逡巡した。
……もうすぐ、ティアナが王都へ戻ってくる。
そうしたら——。
「殿下、『聖女』に会えるのが楽しみですね。きっと、想像されている通り、素敵な女性に成長していますよ」
聖女帰還式典までは、もう1か月をきっていた。




