12.殿下にだったら
ジェルドの住む屋敷に人が入ることは、本当に久しぶりだった。
ジェルドと無理やり約束を取り付けたシリウス王太子が、いく日も経たずに服飾専門の宮廷職人達をわんさか屋敷に送り込んできたのだ。
シリウスから事前に連絡はあったようで、おそらくジェルドが結界を解いたのか、職人たちは迷わず屋敷に訪れることができたようだ。誰も寄せ付けず、引きこもっていた頃から、だいぶ変わったものだ——感慨深い、ソラは思った。
しかし、そんな短時間でジェルドが誰でもウェルカムな陽キャ人間になったわけではない。
ジェルドの採寸の場にはソラも同席していた。不機嫌なジェルドが何か大変な事態を起こさないか見守る必要があるので。
「……慣れない人間を大勢屋敷に入れるなんて……本当は今すぐ全員消してやりたいくらいなんだけどな」
ぼそっとつぶやきが聞こえ、職人達に戦慄が走る。中には、ガタガタと震えだす者もいた。とりあえず、場を和ませなければ、職人たちが無事帰れたとしても、王都中にジェルドの悪い噂が広まってしまう。
「ま、またジェルド殿下ったら、面白いご冗談を」
「じょ……冗談なんですね」
「そうなのですよ。こう見えて、殿下はユーモアに富んだ方なんですよ。ちょっとブラックすぎますけど!」
「はは」
「はははは」
みんなの会話がかなりぎこちない。そして、せっかくフォローしてあげているというのに、肝心のジェルドは、眉間に皺を寄せて無言を貫いている。
(くっ、みんなを惨殺しないだけマシと思うしか……ん?)
よく見るとジェルドはいつもよりかなり緊張している様子だ。最近ソラと一緒にいる時は一つにまとめていた長い髪も、今はしっかり降ろして、前髪で顔も見えない。
採寸のため体に触られる瞬間、体を固くして息も止まっている。
「殿下、大丈夫ですか?」
「……ん」
ソラの声に、少しだけ反応するジェルド。不穏な物言いのせいで分かりにくいけれど、ジェルドも相当耐えているんだとソラは思った。無事に採寸が終わると、ジェルドは明らかにほっとしている様子で肩の力を抜いた。職人さん達からも、一気に安堵のため息が聞こえてくる。とりあえず、死人は出なかった。
「殿下、お疲れ様です! よく、がんばりましたね」
「次は、お前の番だけど」
「……え、私...…ですか?」
「一緒に式典に出るっていったのはソラだろ。お前もせいぜい着飾って参加しろ」
「私は騎士として護衛すると言ったのです! 着飾るなど畏れ多いです」
「俺だけ、こんな目に合わせておいて?」
「う、でも……ドレスは……どうしても——」
予想外の提案に、ソラは慄いた。ジェルドは、次第に元気がなくなるソラを引っ張り、職人たちの前に立たせた。今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいのソラだったが、ジェルドの無言の圧力には敵わなかった。
「やはり、騎士様だけあって、スタイルも抜群ですね」
「……はあ」
「黒い生地もとてもお似合いで。デザインのし甲斐があります」
「……」
「髪も手入れすれば更に美しくなるでしょう。どのようにアレンジしましょうね」
「——……」
「……ソラ。どうした?」
あれやこれやと採寸され、試着させられている場所には、なぜか当たり前のようにジェルドもいた。
「……あの、殿下……お願いなんで出てってください」
「お前だって俺の採寸の間この場にいただろ?」
「……」
「ソラ?」
いつもだったら大きな声でつっこみが入ってくるのに、ソラの様子がおかしい。そう思ったジェルドは、怪訝に思って振り返り、ソラに近づいた。(一応、着替えは見ずに後ろを向いて本を読んでいた)
「やっぱりおかしいな。顔色も悪いぞ?」
「いえ、……」
やはり、歯切れが悪い。ソラの額に手を当ててみるも、熱はないようだ。
「サイズは分かったな。細かいことは追って指示するから、お前達はもう帰っていい」
ジェルドはその場にいた職人たちを屋敷から出し、ソラと二人きりになった。
「さっきまでは普通だったな、何かあったのか?」
「何でも、ありません……」
「……」
「……」
ジェルドが何も言わず黙ってじっと見つめていると、観念したかのように小さく息を吐いて、ソラが話し始めた。
「ドレスが……女性らしい格好をすることが……あまり得意ではないのです」
「どういうこと?」
その後もじっと待っていると、ぽつぽつとソラが語り出す。今までにドレス姿で貴族の集まりに参加することが何度かあったのだが、その度にあまりいい思い出がなかったこと。ここに来るいきさつとなった事件の際も、お忍びでの警護であったために、ドレスを着ていたことなど。
ソラに嫌な思いをさせた人間の存在を抹消したくなる気持ちをこらえて、ジェルドはソラが話し終えるまで聞いた。
「……ごめんなさい、こんなつまらない事情など聞いていただいて……せっかく用意していただいたので……がんばりますから」
「いや、式典にはいつもの格好で来ていい。そばにいてくれるだけで十分だ」
「殿下?」
いつもなら多少強引にでも話を進めるジェルドに気遣われ、ソラは何とも言えない気持ちになった。
「でもさ、ドレスができあがったら、屋敷で着てみないか」
「それ……は?」
「ソラがドレスを着たらどんな感じなのか、結構楽しみにしているんだ。……俺の前でも、やっぱりだめそうか?」
問われたソラは、思いを巡らせてみた。
(想像してみても、嫌じゃない……気がする)
「殿下にだったら、見ていただきたいなって……思います」
ゴン!
「で、殿下!?どうされたのですか!?」
「いや、ちょうど頭をぶつけるにはちょうどいい柱があったから」
「え?」
「うん、これは古来より伝わる精神統一の手法だからね、ちょうど思い出して実践してたところ」
「は、はあ……?」
突然精神統一を始めたジェルドを怪訝に思いながらも、ソラはジェルドの気遣いに、温かい気持ちが広がるのを感じた。




