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11.お前を兄とは認めない

「あ、森の木に、実がなってる」


 この屋敷に来てから、3か月ほど経った。季節もしっかり移ろいでいる。


(なんというか……いろいろあったけど、気付けばあっという間なような)


 ジェルドと一緒に寝始めた当初は、ソラもかなりがんばって抵抗した。何度訴えても、朝には抱き枕よろしくぎゅうぎゅうにされているから。それでも、「近くで触れたほうが呪いに効果あるかの実験」「オキシトシンの分泌が促進されると……」など小難しい説得に負け、現在はすっかりジェルドの言いなりとなっている。慣れって恐ろしいな……と、たまにソラは思う。


 夜は早々にベッドに入る割に、ジェルドは起きるのが遅い。早朝にソラが目を覚ました時、いつもジェルドは「ここからが本寝」などと言っているが、長い睡眠が必要なタイプなのかもしれない。その後ゆっくり準備をし終えたジェルドと、日課の鍛錬をし、午後からは屋敷の仕事。そんなルーティーンがここしばらく続いている。


(何故か、実際に呪いへの効果はあるようだし、精神を鍛えると思って頑張るか……なんだかんだと言って、自分も寝つきもいいのは事実だし)


 そんなことを思いながら、ソラは木登りをして美味しそうな実を収穫した。


(帰ったら、殿下と一緒に食べよう)


 美味しそうな木の実にすっかり上機嫌になったソラが屋敷の中に戻ろうとすると、突然、勘が働いた。


(何か……気配がする)


 普通の人間では気付けないような違和感。その正体を確かめに、何食わぬ顔をして再び屋敷の周りをぐるりと歩く。

 一見して異常はない。


 門の近くを通り過ぎる瞬間だった——。

 ソラの首の数センチ先に剣が突き付けられた。背後から一瞬で間合いを詰められたため、相手の確認はできない。


(警戒していたのにここまで……相当の手練れか)


 ソラは数秒の間にこの後の戦い方に思い巡らせる。反撃だ——そう思ったとき……


「さすが、騎士団でも相当の実力者、やるね!」


 聞き覚えのある声が背後から降ってくる。


「……王太子殿下!?」


 ソラの後ろにはシリウス王太子が立っていた。

 シリウスが剣を突き立てるのとほとんど同時に、ソラも後ろ手に、相手の腹部寸前で剣を止めていた。どちらかが動き出せばそのまま死闘が始まる、一触即発の状態だった。


「いやあ、冗談だって! ほんのあいさつ代わりだよ。剣を収めてね」


 この人はいつも変わった挨拶しかして来ないのか!?ソラは怪訝な目を向けた。そして……


「私が食べようとしていた籠の中の木の実!落ちてつぶれちゃったじゃないですか!」


 ソラは激高した。


「ソラ、どうした……——!!」


 騒ぎに気付いたジェルドが屋敷の中から出てきて、状況を見ると同時に目を見開き、固まった。


「あ……ジェルド殿下」


 目に見えるほどの殺気……黒いオーラを纏ったジェルドが、ゆっくりと近付いてくる。


「お前、ソラに何をしている? 殺すぞ」


 今まで聞いたことのないような低い、怒りのこもった声。直後に、シリウスだけを狙い、黒い雷の矢のような魔法がいくつも放たれた。


「ちょっと待て! ユーミア嬢とは軽い挨拶をしていただけだって!」


「軽い挨拶……? じゃあ、俺も挨拶代わりにお前を消してやるよ」


「いやー! ちょっ、ユーミア嬢、あいつを止めてっ!」


 逃げ回るシリウスに容赦のない攻撃が降り注ぐ。魔法の方が器用に避けているのか、近くにいるソラには全く危険が及ばないが。


(……ジェルド殿下、ものすごい怒っている。というか、こんなに強かったのか)


 しばらくどうしたものかと立ちすくんでいたソラだったが、さすがに目の前で王族同士の争いが起こっているのを見ているだけでもどうかと思い直し、ジェルドに声をかけた。


「ジェルド殿下。私は全くの無傷なので平気です。まあ、木の実の恨みはありますが……王太子殿下とは、本当に挨拶していただけなのです」


「お前もシリウスの味方をするのか?」


(やばい、また闇落ち気味だ)


 こんな感じのジェルドは、放っておいても碌なことがないと、ソラは学習していた。素早く魔法を避けながらジェルドに近づき、両手を握る。


「これ以上は殿下のお体にも障ります。せっかく、良くなってきていたでしょう。どうか、お怒りを収め下さい」


 その瞬間、ジェルドの動きは停止した。


 ……


 その後、「立ち話もなんだから屋敷に入れてよ」などと空気を読まずに発言するシリウスと、魔法で仕留めにかかるジェルドの間でひと悶着あったが、何とか屋敷の一室で3人座るまでには進展した。非常に危険な状況に変わりはなかったが。


 二人が並ぶと、兄弟だけあってよく似ているな、と少々現実逃避しているソラはぼーっと考えていた。そうか、ジェルド殿下は言動がアレだったから気付かなかったけど、顔の造りは相当整っているのか……


「……どうやってここまで来た」

 今にも喉元を掻き切ってやると言わんばかりの殺気を放つジェルド。


「以前ユーミア嬢に会った時、追跡魔法を仕込んでおいたんだよ」


 再び無言で立ち上がったジェルドを、ソラが押さえて座らせた。


「ジェルド殿下。今殺したらねらいも聞き出せないままですよ」


「言ってること物騒だよ!」


 ごほん、と咳払いして、シリウスはソラの方を向いた。


「別にうまく行っていればその魔法も使う気はなかったんだよ。ユーミア嬢、王命のことまたすっかり忘れて、木の実採取とか楽しんでのんびり生活送ってたでしょ?」


「ぎくっ」


 ……


「……いえ、そのようなことは」

「ユーミア嬢って思っていること全部顔に出て面白いね」

「……すみません」


「やっぱり、さっき外で仕留めるべきだったな」


「ジェルドも物騒だって! お前の実のお兄ちゃんだろ」


「お前を兄とは認めない」


「もー、反抗期なんだからぁ! 5歳の時だってさ、夜に泣きながら私に抱き着いてきて……」


「王太子殿下!……これ以上軽率な発言を繰り返されると、今すぐこの場が殺人現場になりかねません」


 ……


「はあ。ジェルド、お前が引きこもり生活を続けたいなら、私は別に止めないよ。私は無理やり引っ張り出そうとここに来たわけじゃない。ただ、2か月ほど後に迫った式典に、お前が出ることが条件なんだろ。ユーミア嬢が助かる術は。騎士団を追放されたら、ユーミア嬢は王都にいられないだろうな。ジェルドも、その先は、また一人の生活に戻ると思っておいた方がいい」


「……」


(そうか、王太子殿下は言動はアレだけど、ジェルド殿下のことを心配して、こうしてわざわざここまで来てくれたんだ)


「ジェルド、ちょっと顔出して戻ってくればいいじゃないか。『呪い』が怖いか?」


「……別に。今は、誰が相手でもやられる気はしない」


「殿下、無理をさせる気はないですが……私も付いて行きましょうか? しっかりお守りしますよ?」


 さっきからずっと目が据わっていたジェルドが、ピクリと反応した。


「ソラが……いっしょ」


「はい、一緒に行って、また戻ってきましょうか」


 ジェルドは押し黙ったが、もう抵抗する素振りはなかった。


「オッケー、じゃあ、参加する方向で、どんどん話を進めるよ!」


 ジェルドはちらりとシリウスを見て、また静かに視線を伏せた。渋々了承、そんな雰囲気だ。


「よおし!じゃあ、お兄ちゃんが一肌脱いでやるから、心して待ってろよ!」


 笑顔のシリウスは、要件を伝え終えた満足から、以前会った時と同じように、颯爽と帰っていった。

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