10.お前は一体、誰なんだ?
「これからは、一緒に寝てもらうから」
「……」
しばしの間。
「なっ!? さすがにそれはできかねます」
理解が追い付かず、やっとのことで遅れて驚いたソラはがたん!と席を立った。
「え、なんで」
「普通に考えて、おかしいでしょう!」
「別に、そうは思わないけど」
「それに、また拘束させられるのも嫌です」
「もう、しないって」
「それにしても、です!」
ジェルドは左腕の袖をめくった。そこには、呪いの痣が刻まれていた。
「それは……」
時折服のすきまから見えることはあっても、本人から直接見せられるのは初めてだった。
「俺にかけられた呪いは、魔力を蝕み、寿命も縮めるらしい。ここ数年は明らかに呪いが進行してきている。俺にとって魔法はなくてはならないものだし、使えば使うほど命を削っているのは、もう諦めていた」
「……」
「それが……最近は止まっている。何なら、やや薄くなっているような気もする」
ソラと過ごす時にも、体調が何となく良い気がする、と説明するジェルド。
「それは……鍛錬で気合がみなぎったからじゃないですかね」
「まあ、それも一つあるかもしれない」
そこで、ジェルドはずい、と身を乗り出す。
「だが、俺は仮説をたてた。お前からなんらかの魔力への干渉を受けているんじゃないかと。魔力の根源とは、そもそも精神と深い繋がりがあって、体力と精神力は互いに……——」
途中からは、難しい言葉がたくさん出てきて、ソラは話しについていけなくなった。
「——……で、その仮説通りだとすると、お前と一緒の空間で睡眠をとることで、呪いが減少、よければ消滅するのではということだ」
「は、はぁ……そう、なんですね?」
「じゃあ、今晩からよろしく」
「よく、分かりませんが、お力になれるのであれば……」
ジェルドから手を差し出されたので、ソラは半信半疑のままとりあえず握手を交わす。
「ちょろいな」
「何か?」
「いや、こっちの話」
(なんだろう、なんかすっきりしないというか……)
◇ ◇ ◇
「じゃあ、準備したら部屋に来て」
夕食の後、ジェルドは一言残して部屋に戻っていった。あんなことがあったすぐだから、不安がないわけではない。それでも、ジェルドを守ると約束したからには、とソラは気合を入れてジェルドの部屋に向かった。
「失礼します」
以前拘束された時にも見たジェルドの部屋は、相変わらず大量の本やグッズに埋め尽くされていた。前は特に考えなかったが、ジェルドはどこからこれらを集めたんだろう。最近の聖女グッズも取り揃えているようだけど。
「こっち」
奥にさらに続く、ジェルドの部屋。
(そういえば、あの時も倒れた殿下を運び込んだっけ)
ごちゃごちゃと物の多い前室と比べて、こちらは至ってシンプル。広いベッドが部屋の真ん中に置かれていて、あとはサイドボードとランプ、1人掛けの小さなソファがあるくらい。ジェルドは夜着になり、ベッドに腰かけている。
ソラは少し緊張し、ごくり、と唾をのみ込んだ。
「そんなところにずっとつっ立っててもしょうがないだろ」
「しかし……」
ソラは入り口近くの壁に貼り付くように、直立不動で立っている。
「いいから。まさか不眠不休でずっと過ごすわけにいかないよな」
「殿下がお休みになられたら少し座らせてもらおうかと思いますが」
「そんなところに立って見られてたら、俺が寝れないんだけど」
その後しばらく問答を繰り返したソラとジェルドだったが、こうなってしまえばもう観念するしかない。ソラは心を決めた。
「……では!失礼して床に」
がくっ、と大げさに俯いてみせるジェルド。
「俺が女を床に寝かせて自分だけベッドで悠々と休むひどい人間だと?」
「いや、でも」
「はい、ここ」
有無を言わさぬジェルドの圧についに屈したソラは、ベッドにおそるおそる体をのせ、慎重に横たわった。少しでも動いたら下に落ちるくらい、ジェルドと反対側のぎりっぎりの端に。
「そんなに寄ってたら、落ちるよ」
「お気になさらず」
「あと、明日はいつも寝てる服で来て」
「それでは警備に支障が……」
「ここには警護で呼んだわけじゃない。呪いに影響があるか試したいからよろしく」
「……承知いたしました……」
(何だか……納得できない……)
ソラがもやもやした気持ちで横たわっていると、ランプの灯りが消された。ベッドが軽く揺れ、ジェルドも横になったのだと分かった。
しん、とした時間が過ぎる。距離をとったとはいえ、同じベットに他人が寝ているという状況に、ソラはどうにも落ち着かない。しかも相手は男性。今までいろいろな仕事をしてきたが、ここまでの緊張は初めてだ……ソラは拷問のような時間に気が遠くなった。
風の音もしない、静かな夜。月明りもなく、ランプの光も消した、真っ暗な部屋。ジェルドの呼吸を近くに感じ、ソラは結局ほとんど眠ることができなかった。
次の朝。うとうとしかけていたソラに、いきなり声がかかった。
「ソラ、見て! やっぱり効果がありそうだろ?」
現実に引き戻され、慌ててソラは身を起こす。ジェルドが自分の襟元をめくって、ソラに見せている。たしかに、以前見た時には首のあたりまで広がっていた痣は、今日は鎖骨の辺りまで小さくなっていた。普段からローテンションなうえ、朝に弱いジェルドにしては珍しく、ものすごく嬉しそうにしている。
「すごいですね、殿下のおっしゃる通りなのでしょうか?」
「まだ、確実にとは言えないな。というわけで、これから毎日一緒に寝てもらうから」
「……わかりました!」
このところ大変な事がたくさんありすぎたが、こうやって自分でも役立てたというのがソラにとっては嬉しいことだった。知らず知らずのうちに、張りつめていた緊張が、ほんの少し緩んだ。
◇ ◇ ◇
(この布団、気持ちいい……やはり王族の使う寝具となれば、別格だな。まるで、天国のようだ……)
2日目の夜になると、ソラの緊張もかなりほぐれた。昨日は感じられなかったベッドの寝心地に感動できるほどに。
(それにしても……やけに眠い……な)
前日あまり寝れなかったということもあり、ベットに入って早々にソラは眠ってしまった。
……
すぅ…すぅ
隣から、規則的な寝息が聞こえてくる。昨日まで目の前の彼女はあんなに警戒していたのに。まあ、少しは睡眠薬入りの飲み物の力も借りたけど、ここまで効果があるとは驚きだ。
背中を向けるように横になっていたジェルドはごろりと寝返りをうち、ソラの方に向きを変えた。
(……寝顔、可愛いな)
今夜はよく晴れているので、月光がやさしく部屋を照らしている。
いつもは一つに纏めているソラの長い髪。寝るときおろしている姿を初めて見た。白い、シンプルなワンピースの寝巻も彼女らしい。
そっと髪をひと房すくいとるが、ソラは起きる気配もない。安心しきっているのか、表情も穏やかだ。ダークブロンドの髪は、月光に照らされて鈍く光っていた。
「ソラ……」
口にすると、彼女に似合う、真っ直ぐで明るい名だな、と思う。初めて顔を見た時……ジェルドはずっと焦がれている聖女に会えたと思い、心が湧き立つのを感じた。それでも、ソラは聖女ではないと言い張るし、魔法も使えない。
自分の命を狙う、スパイ——? ソラに、人を騙すようなことができるだろうか。
「お前は一体、誰なんだ?……」
ジェルドのつぶやきは、誰にも聞かれずひっそりと闇にかき消えた。
——次の日の早朝。
あれだけ端によって、離れて寝ていたはずなのに。気付けばジェルドの両腕に抱えられて目覚めたソラの、盛大な叫び声が屋敷の外まで響き渡った。




