18.しょぼくれてないで
カチャカチャとカトラリーをいじっているだけで、一向に目の前の食事が減っていないことにソラは気付き、慌てて口いっぱいにポテトサラダを詰め込んだ。今は騎士団の仕事の昼休憩で、1人で街の食堂に来ている。
(やれやれ、集中力を欠いてしまっているな)
ソラは式典から帰った後、王都の家へと戻り、あれから一度もジェルドの屋敷に行っていない。聞こえてくる話によると、ジェルドも今は城に住むようになったようだ。かれこれ数週間は経ったが、何となく気まずくもあり、あちらから何かコンタクトがある訳でもなく、結局ジェルドとは一度も会っていない。
きっとジェルドは姉のティアナに呪いを解いてもらって、平和に過ごしているのだろう。ティアナの参加するパレードには、ジェルドも隣で参加するのだろうと思うと、なぜか心が沈み込むようだ。
(そういえば、殿下のポテトサラダ……美味しかったな)
こうして何かにつけてジェルドと一緒に生活した日々を思い出しては、落ち込んでしまう自分にうんざりする。何もかもうまくいったのだから喜ばなければ、そう何度も言い聞かせてはいるが、なかなか思うようにいかない。いつの間にか、ジェルドとの生活が自分の中で大きな割合を占めていたことに驚く。
(何より……芋の潰し方が絶妙だったな……コショウの効き具合もバランスよくて……それにあの神がかった比率で混ぜ込まれている高級ハムと言ったら——)
「何、口いっぱいに芋をつめこんで、涙ぐんでるのよ」
「んぐっ……ひぃあn!」
ソラは喉につまったポテトサラダを、あわてて近くの水で流し込んだ。目の前の席に座ったのは、ティアナ。……なにやら奇妙な格好をしているが。
「ど、どうして、ここに? こんな城下町にやってきて、大丈夫なの?」
「ソラに会おうとね、変装してこっそり城を出てきたのよ」
「……その派手な帽子と仮面で、よくバレなかったね……」
「しょうがないじゃない。ソラが全然来てくれないから、こっちから動くしかなかったんだから!」
「う……ごめんなさい」
ティアナはソラに顔を近づけると、仮面越しに怪しい笑みを浮かべた。
「あの城は……恐ろしいところね。いろいろな欲望が渦巻いていて……私に近寄ってくる人間も、腹では何を考えているかわかったものじゃないわ」
「ティアナはそういうの感じ取るの、昔から得意だもんね……」
「そうでもないわ、ソラが騙されやすい単純な人間ってだけでしょ?」
いつの間にか頼んでいたのか、ティアナの元にミルクティーが届く。優雅に一口飲んだティアナは、再び小声で話し出す。
「それでね、ジェルド様も今城に住んでいるじゃない? 私、聖女の力で結界を張ってお守りしてるのよ」
「そ、そうなんだ……」
「こっちは今本当に大変なんだから。ジェルド様ったら毎日毎日……」
「ティアナ」
言葉の途中で遮る。自分の知らないジェルドの話を聞かされるのは、なんだかひどく抵抗があった。ここまで聞いただけでも、ジェルドは城に住み、毎日姉と過ごしているということが分かる。
……私は、聖女の姉が帰ってくるまでのつなぎのような存在だったのだけれど……。
「あの……二人が望むようにすれば、それでいいんじゃないかな?」
「だから! そういう話をしたい訳じゃないのよ! 実はね——」
「あ! 見つけたぞ! 聖女様だ!!」
突然、何人かの男性が近寄ってくる。服装からして、聖女の護衛をしている人間だろう。
「もうっ! せっかく大事な話をしているところなのに! ソラ! しょぼくれてないで、城に来るのよ! 待ってるからね!」
ソラの返事も聞かず、ティアナは颯爽と店から飛び出していく。見た目に反して、ティアナも昔から破天荒な行動をするタイプだったとソラは思い返していた。
食堂は「聖女がいた!?」「え?あのやたら怪しく悪目立ちしていた人が?」と騒然となっていたので、ソラは支払いをレジに渡すと、そそくさとその場を後にした。
午後は詰所に戻り、仲間と共に訓練をする時間になった。
(やっぱり、体を動かしているといろいろなことを考えずに済むからいいな!)
「ソラはここ数か月騎士団の仕事から離れていたけど、腕はなまっていなさそうだな」
「ああ……」
殿下と毎日鍛錬していたから……言いかけてソラは言葉に詰まった。
「どうした?」
「いや、こうしてみんなと訓練できるっていいな、って思って」
「おいソラどうした!? 今さら俺達のありがたみを分かったってことか?」
「いや、それはもうずっと感じてるからっ!」
「当然だろ! 金貰ってもいいくらいだよな」
「はははは」
「おい、お前ら。しゃべってる暇があったら体動かせ!」
「団長!!」
仲間が気を使ってくれて、和やかムードで会話をしていると……一転。トルバルドの登場に、全員がぴしっと姿勢を正した。
「ソラが戻って来てからお前ら浮ついているようだな。後で俺が直々に鍛えてやろう」
「は…い……ありがとうございます!!」
みんな苦々しい顔になっている。
「ソラ、お前は特にたるんでいるな。今から説教だ。部屋にこい」
「はいっ!!!」
(鬼! 悪魔!!)
がっくりと肩を落としてトルバルドの後ろについていくソラを見つめて、仲間たちは無事生還できることを祈った。
「……騎士団に戻りたいと言っていたのにも関わらず、この体たらくか」
団長の部屋に入るなり、ソラは開口一番嫌味を言われた。
「お前は隠しているつもりでもな、心ここにあらずといった態度が目に余る!」
「すみません!!」
「そもそも、そんな生半可な気持ちで騎士団を続けて、何になる? 命がけの場境では皆の迷惑になるだけだ!」
「はい、その通りです!!」
反論したくても、実際その通りなのだから情けない。ソラは涙がでそうになるのを堪えた。
「団長、私ソラ・ユーミア、辺境伯様の領地に、異動希望を出そうかと考えています」
トルバルドの眉がぴくりと動いた。
「私が騎士を目指したのは、6年前に突然辺境伯領へ行くことになった姉を助けたい気持ちがあったからなんです。姉が無事に戻ってこれたのなら、自分の力など姉にとってはもう必要ない。そう思うと自分が騎士団にいる意義を見出せなくなってしまったのです」
ジェルドに対しても似たような気持ちを持っていたソラだったが、この場ではそこまでは伝えない。
「では、やめればいいだろう」
「それでも……騎士団として! 人のために働くことには誇りを感じています。姉が王都に残るなら、ほんの足しにもならないような自分の力でも、そちらへ手助けしたいのです」
「お前のようなやつがどこに行ったところで、何もかも中途半端で終わるだろうな」
(どんな時でも、団長は団長だな)
「ご助言、ありがとうございます。ご検討下さると幸いです!」
それで話は終わりになり、ソラはトルバルドの部屋を出た。
(団長は私の事を嫌っているだろうから、王都から離れることは何だかんだ言っても、許されるだろうな)
仲間たちに励まされつつ、ソラが一日の仕事を終え、騎士団の詰所から足を一歩踏み出した瞬間——。
ズガアアアアアアアアアアアアン!!!!!
鼓膜が破れるのではないかと思うほどの大きな音がして、目の前に黒い雷のような光が広がった。驚き固まるソラのほんの先の地面から、しゅうしゅうと煙が立ち昇っている。
(……ら、落雷!?)
煙が落ち着いてくると、その地面には封筒が一枚、置かれていた。おそるおそる、ソラはそれを拾い上げた。
「なにこれ……ジェルド……ワウテリ……アス……って殿下!?」
どう見ても見覚えのある差出人の名前。手紙を出すと見せかけて、人を殺しにかかってきたのだろうか? 引きこもり生活が長すぎて、正しい手紙の出し方を勘違いしているのだろうか? しばらく思い悩んだ挙句、ソラは封筒の中身を取り出した。
『ソラ。 話があるから、今日の夜、屋敷に来て。』
端的にそれだけ書かれた白い紙。
(殿下……一体どういうつもりなんだろう)
しかも城ではなく、屋敷へ。ソラは何となく釈然としないまま、その手紙を何度も読み返した。




