第552話『再戦』
さて、二十分後。
「――よっし、加工完了。電気当てたから、予想通りならフェノールフタレインで赤色になるはず……んー、薄い赤か。なら機械設定を調整して……」
研究室の中で、佳奈美がブツブツ言いながら、目の前の、電子レンジをベースにあれこれ部品をくっつけたような、箱型の機械を弄る。これが、億超えの機械だ。
佳奈美の手元にはビーカー。その中には、『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』をすり潰して混ぜたものに、いくつかの薬品を加えたものが入っている。
そしてそんな彼女を、レーゼとシャロンは、必要以上に離れたところから眺めていた。
尚、部屋には他の開発課員の姿もちらほらある。異世界で採れた薬草を加工することなんて初めてのことだからか、皆興味津々なのだ。
「……マーガロイスよ、何をしておるか分かるか? 儂にはさっぱりじゃ」
「……ちょっとだけなら。あの『ふぇのーるふたれいん』っていう液体が、もっと赤くなったら加工成功なのよ」
付け焼刃の知識を、自信無さそうな声で垂れ流すレーゼ。『フェノールフタレイン』は雅の世界では高校で学ぶことだが、レーゼ達の世界にはそもそも存在しないものなので、名前を覚えているだけでも凄いことである。
「……あんな液体で分かるものなのかの?」
「……らしいわよ? えっと、確か……『アルカリ性』? になっているのを見るためのものらしいんだけど、原理までは流石に分からないわね」
「ふふふ、二人供、ちょっと化学の世界に興味出てきた? これはね、PHを調べているの。他にも『メチルオレンジ』とか色々あるんだよー?」
ニコニコしながら、佳奈美が「もっと近くで見ていいんだよ?」と言わんばかりに手招きするが、二人はフルフルと首を横に振る。もし機械を壊してしまったらと思うと、とてもではないが怖くて近寄れない。
残念そうな顔になる佳奈美に、レーゼはおずおずと口を開く。
「えっと、ところで加工は上手くいきそうですか?」
「うん。ちょっとシビアな設定が必要だけど、いける範疇。これなら、今日の夕方五時頃までには、全部加工出来るね」
「っ! 良かった! ありがとうございます! 本当に助かります!」
「あー、いいのいいの、気にしないで。――十分な報酬、頂ける話だしね!」
佳奈美が指で輪っかを作ってウインクすると、笑い声が起こった。
***
午後三時三分。
「いやー、すまんの。儂もマーガロイスも、お主らに任せっきりにしてしまって」
「まぁ、素人には危険な薬品とかもあるからねー」
そう言いながら廊下を歩く、シャロンと佳奈美。レーゼやシャロンと合流してここに向かい始めたのが十一時頃からで、そこからずっと作業しっぱなしだったので、ここいらで遅めの休憩をとることになったのだ。作業自体は今、他の社員が引き継いでいる。難しい加工と言っても、一度機械の設定を決めてしまえば、後は流れ作業だ。
「それにしても、電極パルスといったか? 凄いのぉ。儂も電気は操れるが、強い電流を流すことしか頭になかった。話だけ聞いた時はよう分からんかったが、実際に見てみたら、弱い電気にも、あんな使い方があったと思わされたの。勉強になった」
体に電気が流れているからか、『電気』の全てを知っている気になっていたシャロン。意外と、まだ知らないことも多いのだと思わされた。
「そう言えば、マナベはタバネと友達と聞いておる。なんでも、祖母の関係繋がりだそうじゃの」
「うん。初めて会ったのは、えっと……私が高校生の時だから、雅ちゃんが六歳の頃だね。おじいちゃんおばあちゃんに手を引かれて、うちに遊びに来たんだよね。押入れに作った秘密基地で、一緒にロボットアニメ見たんだー。雅ちゃんもキャイキャイはしゃいでいてさ、なんか妹が出来たみたいだった。それから一、二年に一回くらい会うようになって。でも、ビックリしたよ、去年雅ちゃん、行方不明にだったと思ったら、異世界にいたなんてね。ガルちゃんとは、そこで出会ったのかな?」
「うむ。ドラゴナ島での。そこからひと月ほど元の世界に戻って、そしたら世界の融合騒ぎじゃ。一気に凄いことになった」
あの時は大変じゃったと、シャロンは遠い目をする。考えてみれば、雅と会ったその日に天空島の一件に巻き込まれ、過去一凄い戦いに身を投じることになったわけで、シャロンの人生、いや竜生でも大きな事件だった。
「……そろそろ、会って一年か。というか、意外とまだ一年経っておらんのか。まるでそんな気がせんな。少し前までは、一年が経つのは早かった気がしていたが……」
「あっはっは、年より臭いこと言うねぇ。ガルちゃんって、今何歳?」
「三一七歳じゃ」
「あれ? 思ったよりすっごい年上だった!」
「これでも竜の中ではまだ――失敬、何でもない」
言いかけた言葉を、シャロンは咳払いで誤魔化す。前は、口癖のように続けていた言葉は、もう言わないと決めたのだから。
「そ、そうじゃ。お主、アーツは何を使っておるのじゃ? 儂は電気の球なんじゃが、まだスキルが貰えんでのぉ」
「私はね、トンファー。私もスキルは貰えてなくてねー。なんでか分かんないんだけど。――ん?」
「分かるぞその気持ち。儂も――って、どうした?」
遠くから歩いてくる男性社員を、佳奈美は怪訝そうに見つめる。
俯いており、顔は見えないが……何となく違和感がある。
この会社の社員は、約六十人。このくらいの人数なら、相手の名前と顔を知らないなんてことはない。
が、その男は、どうも自分の記憶の誰の姿とも一致しない。
「あの、すみません」
何となく不審に思い、声を掛ける佳奈美。
その男が顔を上げ――
「マナベ離れよ! そ奴は――」
細長い顔に、眼鏡を掛けたその顔を見た瞬間、シャロンは走り出していた。
その理由は――
「――敵じゃ!」
その男の顔に、見覚えがあったから。
先日戦った、占い師。廿六木。一哉か浩二かはシャロンには分からないが、そいつが『メディカルコープ』の制服を着て、そこにいたのだ。
(まさか、作戦がバレておったのか! じゃが、何故こ奴がここにっ?)
疑問を覚えつつも、男に跳びかかるシャロン。その腕や額は竜の鱗に覆われ、尻尾と翼が生えてくる。人間と竜の中間の形態だ。
廿六木の腰にタックルしつつ、シャロンは奥の窓を突き破って外に。そこは庭だ。
「ガルちゃんっ?」と慌てて飛び出てくる佳奈美を尻目に、シャロンは廿六木を遠くに投げ飛ばそうとする……が、
「同じ手は受けませんよ」
「っ?」
それより先に、廿六木はシャロンの尻尾を掴んで彼女を引き剥がし、遠くへ放り投げる。咄嗟の対応だったからか、シャロンが腰を掴む力の入り方は、甘かった。
しかし、シャロンは空中で一回転し、上手く足から地面に着地。そして舌打ちをして、口を開く。
「お主は……カズヤの方か? 脱獄したとは聞いていたが……」
「ご名答。リベンジマッチといきましょう」
そう言うと、廿六木『一哉』の姿が、ぐにゃりと歪む。
その光景に、目を疑うシャロン。人工レイパーは、一度倒せば力を失う。もう一度変身することなんて、出来るはずはない……そう思っていたから。
だが、シャロンのその考えは、残念ながら間違っている。何故なら、
「っ? なんじゃっ?」
姿が安定した一哉は、以前戦った『人工種水晶科レイパー』とは似ても似つかぬ、そんな様相。
人工レイパー特有の歪な頭部。さらに全身が、カラフルながらも落ち着いた色をした、ゴツゴツとした石に覆われた怪物……まるでゴーレムのようになっている。
廿六木兄弟が全員占い師であることを踏まえれば、体の石はタイガーアイやアベンチュリン等のパワーストーンか。
分類は、『人工種パワーストーン科レイパー』である。
「お主……別の人工レイパーにも変身出来たのかっ?」
「新しく手に入れたんですよ。拘置所を抜けた後にね」
そう言うと、人工レイパーは腕を変形させ、ハンマーを作り出す。
「シャロンっ! 何の音っ?」
騒ぎを聞いて駆け付けたレーゼ。人工種パワーストーン科レイパーを見ると、状況を把握したのか、腰に着けた西洋剣、『希望に描く虹』を抜いた。
しかし――
「来るな! マーガロイス! 敵襲じゃが――こ奴は陽動じゃ!」
「っ! ……しまった!」
シャロンの言葉の意味を知ったレーゼは、一気に踵を返して社内に戻る。
一哉は、大した変装もせずにここに乗り込んでいた。すぐに、不審人物が社内にいることに気付かれたはずだ。……そこに理由がないわけはない。
となれば、狙いはただ一つ。
レーゼは走る。研究室へ。
中に入って、目に飛び込んできたのは、倒れた他の社員達と……一体の化け物。
キノコの傘のような形状をした頭部に、とある植物の葉っぱを纏ったそいつは――
「あなたは……ポルトニアの時のっ!」
『人工種ポルカブト科レイパー』。先日逃がしたそいつが、加工された『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』の混合物に手を伸ばしていた。
(ここで、あの時の胞子をばら撒かれたらヤバい!)
その思考が頭に浮かんだ時には既に、レーゼは敵に向かって剣を振るっていた。
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