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第551話『電機』

 さて、二日後の二十八日火曜日、夜中の三時二十六分。


 新潟市西区、亀貝(かめがい)インターの近くにある、新潟西警察署。その拘置所。


「……誰ですか?」


 収容されている男が、誰もいないはずの暗闇に、不意にそんな言葉を発する。


 外された眼鏡を枕元に置いた、細長い顔の彼は、廿六木(とどろき)浩二(こうじ)。――久世の部下であり、子供達にお菓子と称して『人工レイパーに変身出来る薬』を配っていた占い師である。


 先日、希羅々達によって捕まった浩二。人工レイパーとしての力を失った今でも、久世に忠誠を誓っており、未だ取り調べが続いていた。


 浩二の声に、返事はない。しかし浩二は起き上がりながら、眼鏡を掛ける。間違いなく、人の気配がそこにあったのだ。看守が見回りに来るまでには、三十分程早い。それに、廊下側ではなく、鉄格子の窓の外側の方からした。絶対に、自分に用事があるはずなのだ。


 反応が無いことに、怪訝な顔をしていた浩二だが――


「っ!」


 突如、壁に、大きな円形の切れ込みが入り、直後、細切れになる。


 開いた穴の外には、一人の男が立っていて、浩二を手招きしていた。


 ……今の現象、とても人間業とは思えない。人工レイパーの力を使ったのは明白。


 手招きは、脱獄しろ、という意味なのだろう。しかし浩二が警戒するように戦闘体勢をとると、男は「ま、待って下さい! その気はありませんから!」と小声で叫ぶ。


「……僕を始末しに来たんじゃないのか?」


 呆気に取られたようにそう言う浩二。事実、倒された直後、『人工種リス科レイパー』が自分を殺しに来ていたので、彼もそうだと思っていた。


 しかし、男は困ったように首を横に振る。


「私もそうしろと命令されるかと思ったけど、久世さんからは『まだ使える』と言われました。……ラッキーでしたね」

「そ、そうか……」


 何とも腑に落ちない、という顔をしながらも、浩二は一旦警戒を解いて、外に出る。


 騒がしくなる前に、二人は急いで拘置所から逃げ、近くのコンビニに停めてあったトラックへ。トラックにはもう一人男が乗っており、二人が乗ると、すぐに発車して亀貝インターに入り、中央区の方へと走る。


 車内で、ようやく一息吐いた浩二。街灯の灯りが若干見えるだけの、闇夜の新潟市を眺めながら、口を開く。


「一哉は?」


 まさか、自分だけを迎えに来たわけではあるまい。そんな考えで、彼は真っ先に、弟のことを尋ねる。江南区で捕まった一哉は、江南留置所にいると風の噂で聞いていた。


「もう脱出させたと報告がありました。――これを。新しい薬です。また変身出来るようになりますよ」


 そう言って男が差し出してきたのは、錠剤。見た目は知っている。自分が配っていた、『人工レイパーになる薬』だから。


「……飲んで大丈夫なのか?」


 躊躇う浩二。一度倒された者が、もう一度薬を服用したという例はない。飲めばどうなるか、それは浩二も分からないのだ。そこはかとない恐怖が、彼の心に顔を覗かせてくる。


「問題無いですね。最も、変身後の姿は全く別のものになりますけど」


 男の言葉に、眉を顰める浩二。『人工種宝石科レイパー』の能力等は気に入っていたため、全く別の力を得るというのは、どうにも気が進まない。


 ……が、飲まない訳にはいかないだろう。久世の役に立つために、そして始末されないためには、そうするしかない。せめて占いの道具があれば、それをヒントにどうするか決めることも出来たのにと思わなくもないが、手ぶらのこの状況では仕方のないことだった。


 それに、これは浩二の個人的な感情だが――


「……私に地を付けた者達に、一矢報いることが出来るのなら、悪くはない……か」


 特に、あのお嬢様言葉の女に――そう思いながら、浩二はその錠剤を口に入れ、湧き立つ恐怖を押し込めるように、飲み込むのだった。




 ***




 同日、昼一時五十六分。


 ここは新潟県の中央部にある、長岡(ながおか)市。県内では新潟市に次いで人口が多く、最も有名なのは長岡まつり大花火大会だろうか。日本三大花火大会の一つであり、一九四五年の長岡空襲、及び二〇○四年の中越大震災等の、戦争や自然災害での慰霊と復興を祈念する為に開催されており、毎年多くの観客が県内、外、さらには世界から訪れる。この時にとてつもなく賑わうからか、『旅行時特例都市』に指定されている程だ。


 さて、一口に長岡市といっても広い。面積なら新潟市よりも大きいのだ。


 一般的に『長岡』と呼ばれるのは、長岡市の中央から西側にかけて。北側には寺泊(てらどまり)、南には小国(おぐに)山古志(やまこし)といった地域があり、その近くに、何故か上越の小地谷(おぢや)市が間に挟まる形で川口(かわぐち)地域がある。


 今回『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』を加工してくれる『メディカルコープ』という会社があるのは、長岡市の東、栃尾(とちお)地域。昔は栃尾市だったが、市町村合併によって長岡市に吸収された場所……というと少し聞こえは悪いかもしれないが、なんと、かの有名な上杉謙信が十四歳の時に住んでいた場所で、この栃尾で初陣を飾っている。故に、『謙信公旗揚げの地』なんて謳われているのだ。厚揚げかと見紛う程のサイズがある、『あぶらげ』が有名である。


 件の『メディカルコープ』があるのは、栃尾の中心街から南西、雁木――大雪でも通路を確保するための屋根だ――が並ぶ栃尾表町の街並みを抜けた先の、栃尾大野町(おおのまち)西谷川(にしたにがわ)沿い。


 一見すると、会社という感じには見えない、昔ながらのトタンで出来た、そこそこ大きな建物。しかし看板には、間違いなく『メディカルコープ』と書かれていた。


 そんな『メディカルコープ』の駐車場に、一台の車が停まる。見た目は、この会社の社用車だ。運転席と後部座席から出てきた女性達も、会社の制服を着ており、一見すると従業員のようにも見える。


 が、よく見れば三名の内二名は、レーゼとシャロン。運転手の女性だけは本当にここの会社の社員だが、二人は変装である。


「ふっ、上手くいったの。マーガロイス」

「ええ。気付かれていないみたい。良かったわ。途中ヒヤっとしたけど、セリスティアとライナが上手く引き付けてくれたわ」


 周りに意識を向けつつ、こっそりそんな会話をする二人。そんな彼女達の手には、ダンボールが抱えられている。この会社の商品が詰められているようなパッケージだが、中身は『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』だ。


 計画通り、囮となる部隊をあちこちに回しつつ、本命の場所へは、目立たないように細心の注意を払ってやって来た。時折レーゼに連絡が来るが、概ね想定通り、敵は攪乱されている。


 とは言え、やはり久世達が薬草を狙ってきており、どんなに情報を隠蔽しても、向こうには多少なりとも流れてしまっているというのは、レーゼ的には面白くないが。


 それに、


(……ユウイチさんからのあの話。カズヤとコウジが逃げ出したとなれば、油断は出来ないわね)


 先日捕まえた占い師の二人。それが、外部からの手により、留置所から脱走したという報告を、今朝聞かされた。しかも、二人同日に、である。何か仕掛けてくるとしか思えない。多少作戦が上手くいっているとて、油断は禁物だ。


「し、しかし……ここで、本当に薬草なんぞ加工出来るのか? 薬よりも、鉄等の金属を加工する工場という感じがするが……」


 シャロンが小さく疑問の声を上げながらも、玄関から中へ。


 瞬間、シャロンとレーゼは目を丸くする。


 外観は栃尾の街の景観を壊さないように配慮されているだけで、一歩中に入れば、一気に『製薬会社』のクリーンな内装が広がっていたのだ。


「驚いたでしょ? 私も最初、ビックリしたんだよね」


 二人の反応に、悪戯を成功させた子供のような声でそう言ってきたのは、クラゲみたいな髪型をした、大人の女性。


 真鍋(まなべ)佳奈美(かなみ)……雅の友達の一人であり、薬草の加工を提案してくれた方である。


「う、うむ。些か見くびっておった……。すまん」

「あっはっは、いいよいいよ。気持ちは分かるしね。でも、秘密基地みたいだって思うと、ちょっと良くない?」

「……な、成程。そうですね」


 おずおずとそう返したレーゼ。佳奈美はどうもそういうところにロマンを感じるようだが、正直レーゼには今一つピンとこない。


 が、シャロンは違ったようで、感嘆するようにピューっと口笛を吹く。


「儂も、小さい頃はよく森に秘密基地を作っておった。言われてみると、確かに良いかもしれんのぉ」

「お、ガルちゃんは分かる子だね。秘密基地、森派なんだ。私は家の押し入れ派。こういうの理解してくれる同性が周りにいないから、ちょっと嬉しい!」


『ガルちゃん』とは、シャロンのこと。どうやら佳奈美は、シャロンのことをいたく気に入ったらしい。竜人というところが琴線に触れたようである。「ドラゴンの姿を見せてくれ」と頼まれたのだが、流石に今は無理だと断るのが、地味に苦労させられた。


「とりま、加工機だけ見ちゃう? 奥の部屋にあるんだけど」

「助かるわ。お願いします」

「タバネから、『電気の力で薬品を加工する機械』と聞いておる。儂も電気の力を操るから、結構ワクワクしておるな。少し楽しみじゃ」

「うん、そうそう。電気の力っていうか、電極パルスって感じだけどね。微弱な電気を薬品に与えて、化学変化させるわけ」

「なんじゃ、弱い電気なのか? がっつり電撃を喰らわせた方が早い気がするが……」


 シャロンが小首を傾げると、レーゼは呆れた目をし、佳奈美はケラケラと笑いながら「それじゃあ、消し炭になるのが先だねー」と返す。


 それを聞いても、シャロンは今一つピンとこなかったのか、怪訝な顔をしていたが。


「ははは、ガルちゃん、まぁそういうもんだと思っておけばオッケー。――機械自体は小さいけれど、結構なお値段するから、導入している企業は少ないんだよね」

「……お高いというと、あの、どれくらい?」

「億超え」

「……マーガロイス。儂らは近寄らん方が良いのではないか? 万が一壊したら、とても弁償なんぞ出来んぞ。これの返済だけで手一杯じゃからな」


 言いながら、シャロンは自分のアンクレット……雷球型アーツ『誘引迅雷』を指差した。雅から借金して購入しており、まだ五分の一も返せていない。


 しかし、佳奈美は「大丈夫大丈夫!」とケラケラと笑う。


「私、一昨年うっかりやっちゃったけど、こうしてまだ係長させてもらっているしね!」

「壊したことあるんですかっ?」

「怖いのぉ!」


 レーゼとシャロンが唖然とすると、佳奈美は「あの時は大目玉喰らったわー」なんて言ってのけるのだった。

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