第549話『帰国』
五月二十六日、日曜日。午前七時八分。
新潟市中央区、紫竹山二丁目にある、束音家にて。
「成程、この子がペグか! 不愛想だとは聞いていたが、人見知りも激しいな!」
「あー、多分ですけど、愛理ちゃんのバッグから覗いている、猫用のコスプレ衣装を警戒しているんだと思いますよ?」
リビングでそんな会話をするのは、三つ編み長身の女性、篠田愛理。そして、ムスカリ型のヘアピンと黒いチョーカーを着けた、桃色ボブカットで家主の束音雅。
部屋の隅っこにある観葉植物の後ろから、ひょっこりと顔を覗かせつつ、低く唸る緑色の猫、ペグを見ながら、愛理は朗らかに笑い、雅は苦笑いを浮かべていた。
「いや、可能なら、動画の一つでも撮らせてもらえたらと思ってな。土産にキャットフードも渡したし。猫は伸びる。それに、折角日本に帰ってきたわけだし、何かしら触れ合いたい」
オートザギア魔法学院に留学中の愛理。そんな彼女が、今ここにいるのは、オートザギアではこの時期、大型の休みになっているからだ。日本でいうところのゴールデンウィークみたいなものである。
連休なので、少し里帰りを……というわけだ。ペグに会うのも、楽しみにしていた。
「しかし、パトリオーラと会えなかったのは残念だ。少し前まではいたのだろう?」
「入れ違いでしたからね。学校もありますし。……あ、でも、すぐに会えるんじゃないですか? 『交換留学体験』って行事があるそうじゃないですか。ファムちゃん、ノルンちゃんと一緒にオートザギア魔法学院に行くって言ってましたよ」
「それもそうだな。なら良いか。――しかし、まさか、ラティア以外の皆もいないとは。驚かせてやろうと連絡せずに来たんだが、タイミングが悪かった」
ガランとした束音家を見ながら、失敗したなと眉を顰める愛理。今朝の五時に新潟に到着し、その後時間を潰してから束音家に来ていた。
雅達がポルトニアから帰ってきたのは昨日の夜中。ライナも一緒にこっちにきていたのだが、レーゼとライナは警察署に昨日から缶詰めで、セリスティアとシャロンは真衣華の家のカフェ『BasKafe』に泊まり込みのバイト中。ラティアだけは家にいるが、疲れているからか、まだ寝ている。
「束音だけでも家にいて、ラッキーだったと思うべきか」
「来客の予定があったので、その準備を。ほら、覚えていますか? ミカエルさんの学生時代の先輩で、カームファリアの病院の院長をやっている――」
「ニケ・セルヴィオラさんか! 勿論、覚えているぞ。世話になったからな」
言いながら、苦い顔になる愛理。
去年の八月、サウスタリアの首都、カームファリアで起きたレイパー事件。そこで、愛理は大怪我を負い、その病院で治療を受けた。……それが、今の留学に繋がっているため、忘れるはずもない。
「彼女が日本に来るのか? あれか、子供が人工レイパーに変身する事件の関係で?」
「ええ。それと、久世の仲間から情報を抜き出すために。ほら彼女、記憶を読み取る魔法が使えるじゃないですか。……取り敢えず、今日は彼女にうちに泊まってもらって、明日以降は警備がしっかりしているホテルに移ってもらう手筈になっているんですよ。あ、これ内緒の話です」
雅が人差し指を自分の口に当てると、愛理は「随分まどろっこしいことをするんだな」と頭に『?』を浮かべる。最初からホテルに泊まってもらえば良いのにと思ったのだ。
無論、これには理由がある。
「レーゼさんや優一さんの推測だと、そろそろ久世も、ニケさんの存在に気付いて警戒するんじゃないかって。それで、ニケさんが泊まる予定のホテルには、最初に影武者の大和撫子が泊まって――」
「成程、向こうの出方を伺おうというわけか」
「そういうことです。一度襲ったホテルにいるのが影武者だと分かれば、そこの警戒心は薄れるでしょう? 後で、変装したニケさんがうちに来ますよ。昼頃になりますけどね」
最も、雅が家に戻ってきたのは、それだけが理由ではないが。
「皆は、十時頃になれば帰ってきます。まぁ、それまでゆっくりお茶でも飲みましょう。緑茶、淹れますね」
「おぉ、ありがたい。オートザギアも食べ物は美味しいが、流石に和食文化が恋しくてな。朝食も、港近くの店で、早速焼き魚定食を注文したんだ。やはり新潟の米は美味い」
朝早くからやっている店があって助かったと、愛理は続ける。
「そう言えば、相模原から連絡が来ていたんだが、『霞』が戻ってくるんだってな。修理が終わるまで、えらく時間が掛かったが……」
「さがみん、『ガーデンズ・ガーディア』を持っていますからね。他の人と比べると、少し後回しになっていたみたいで――おっと、噂をすれば影です」
インターホンの音が聞こえて、雅が笑みを零す。
直後、「みーちゃん、おはよー!」という、親友の声が響き渡った。
***
「いやー、ビックリした! 愛理が帰ってきているなんて。連絡くれれば、迎えにいったのに!」
「サプライズのつもりだったんだ。すまんな」
黒髪サイドテールの少女、相模原優。束音家に来てみたら、雅達以外の靴があるとは夢にも思わず。もしやまた雅が知らない女性に手を出したのかと思えば、友の姿があったというわけだ。
「相模原も、こんな朝早くから束音の家に来るとは驚いた。あれか? 霞の件か?」
「そうそう! メールでは伝えたんだけど、やっぱり直接話したくてさー! ねぇ聞いてよ二人とも、この間、廿六木一哉っていう占い師に、未来を占ってもらったんだけど、その時に『壊した物の影が見えます』なんて言われたんだよね。当たっちゃったなー!」
「こ、壊した物の影ぇ?」
「その『影』は良い意味にも悪い意味にも捉えられるんだけど、善行を積めば良い意味になるんだって! いやー、あの後、人工レイパーに変身した一哉を張り切って倒したから、きっと良い意味になったんだね。追加で五百円を払った甲斐があった!」
「はっはっは……。――おい束音」
満面の笑みを浮かべている優を尻目に、愛理が小さな声で雅に話かけると、雅はコクンと頷き、「ええ。五百円は、カモにされた結果です」と返す。
とは言え、それを敢えて優に伝えるようなことはしない。あの喜びように、どうして水を差せようか。
「な、何はともあれ、霞が戻ってくるのは良かったですね! 届くのは何時頃に?」
「明後日の午後三時頃」
「明後日ってことは、火曜日か? 運が悪かったな。学校じゃないか」
「あ、大丈夫。明日明後日と中間テストで、早帰りだから。昼には受け取れるよ」
「……む、そうだったな。ヤマ専は五月末にテストがあったか。いや待て、なら勉強しなくて良いのか? いつも赤点ギリギリか、補習だっただろう?」
「……まぁ、それはそうなんだけど! あっ、そうだ愛理! 最近、魔法の調子どう? 折角使えるようになったんだし、生で見せてよ!」
露骨に話題を変えた優に、苦笑いを浮かべる雅。こりゃあ今回も駄目そうだと思っていると、隣では愛理がニヤリを笑みを浮かべる。
「こっちからお願いしようと思っていたところさ。皆が揃ったら、演舞でも披露させてくれ」
「演舞ですか? えっと、庭くらいの広さでいけます?」
「どうせならもっと広い方がいいな! 近くに公園があっただろう? そこでやろう!」
「公園っ? 大がかり過ぎない? いや良いけども!」
「決まりだな! よし、私は先に行って、準備していよう!」
言うが早いか、愛理は呆気にとられる雅と優を置いて、足早に家を出て行ってしまう。
【……なーんか、浮かれてるねぇ】
「ねぇみーちゃん、愛理、大丈夫かな? 怪我とかしそうな感じ、ない?」
「ま、まぁ……多分?」
カレンと優、二人の質問に、雅は自信無さそうにそう言うのだった。
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