第61章閑話
「『アイザックの勅命』!」
事件の翌日、五月二十五日、土曜日。ポルトニアの宿の裏の広場で、雅の声が響く。
……が、しかし。
「…………」
【……何も起きないねぇ】
「あ、あれぇ……?」
伸ばした手を見つめながら、顔を引き攣らせて首を傾げる雅。
何をしているのかと言えば、対象に掛かる重力を増加させる皇奈のスキル『アイザックの勅命』の練習中である。
目の前の、幹の途中から大きく曲がった樹。予定では、それがもっと大きくひん曲がるはずだったのだが、樹木は「何かしたか?」と言わんばかりに風に煽られ、枝を揺らしていた。
(やっぱりおかしいですよねぇ? 使えるはず……なんですけど……?)
一日一回だけ仲間のスキルを使える雅の『共感』。それは、皇奈の『アイザックの勅命』が使えると雅に伝えてきている。だが、その効果が表れない。
今までも、空き時間にちょくちょく試していたのだが、結果はずっと同じであった。
【何か、条件があるんじゃないの? それか、効果が全く違うものになっているとか】
(私も気になって皇奈さんに聞いてみましたよ? でも、皇奈さんは特にそういったものは無いはずだって……。まぁ、効果が変わっているって可能性は全然あり得ますけど)
ここが、雅の『共感』の厄介なところ。そっくりそのまま使えるものと、何かしらの制約があるもの、さらには効果がガラリと変わるものがある。
ただ――
(気になるのは、これ、使った扱いになっているんですよね……)
一日一回という制約。これが、効果が出ていないのに、何故か課されてしまうのだ。
つまり、発動はしているのである。こんなことは初めてであった。
(昨日、皇奈さんと別れる前に見てもらいましたけど、彼女も目を丸くしていました。うーん……?)
使えれば便利なスキルなので、何とかカラクリを解き明かしたいのだが、正直お手上げといったところ。
これは困ったと、雅が難しい顔をしていた時。
「あ、ミヤビさん! 鍛錬ですか?」
「おっとライナさん! ええ、『アイザックの勅命』の練習ですね。ここは広いですし、人も少ないですし。でも、全然使えるようにならなくて、困っていたところです。――ライナさんも鍛錬に来た……って感じじゃないですね」
こちらに駆け寄ってきたライナ。その服は、いつもの赤いワンピース姿であり、手にはアーツではなく、一冊の雑誌。
どうも雑談をしにきたのでは、と雅が推理すると、それを裏付けるように、ライナは「ちょっと見せたいものがあるんですよ」と返す。
「何気なく、宿に置いてあった雑誌を読んでいたんですけど、面白い記事があって……これ、見て下さい!」
早く早くと急かすライナ。きっと遺跡とかその辺りの記事だろう……そう思った雅だが、見せられたものに、目を丸くする。
「えっ? イェラニアに……竜?」
「そうなんですよ! 都市伝説の記事なんですけど、情報提供者が、証拠に写真まで送っているんです! で、それがこれなんですけど、それっぽくないですか?」
「お、おおう……確かに、シャロンさんが竜になった時のシルエットと似ていますねぇ!」
はっきりと映っているわけではない。写真一面は霧であり、しかしその中央に薄らと見える影は、確かにそう見える。
そして、それをマジマジと見ていた雅だが、
「ん?」
思わず、そんな声を上げた。「どうしたんですか?」と尋ねるライナ。
「いえ……あー、でも、どうだろう? あの時は、ちゃんと見ていたわけじゃないっていうか……」
【何々? 何か気付いたこと、あるの?】
「んー……私、前にタイムスリップしたことがあるじゃないですか。あの時、エスカさん――シャロンさんのお母さんに会ったんですけど、その前に、何体か竜が空を飛んでいるのを見たんですよね。このシルエット、何となくその竜の一匹に似ているような……」
「えっ? もしかして本当に本当の竜なんですか!」
はっきりと覚えているわけではないが、何となく尻尾の形状が特徴的だったからか、薄ら記憶には残っていた。
さらに、
「エスカさんからは、その竜達は、イェラニアの隠れ里に向かっていたって聞いています。地理的にも、あり得ない話じゃないんですよね……」
「ここ、『ノルティストン大渓谷』で撮られた写真ですね! イェラニアの北にあるんです! 未知の動物とか魔物がいるって、昔からよく噂になっているんですよ! えっ? これ、シャロンさんに教えてあげた方がいいですかっ?」
「ど、どうでしょう? ぬか喜びだったら可哀そうですし、もう少し確証が出てからの方がいいかもしれないです」
【ま、この手の記事って、大体がデマだしね。これもきっと、投稿主さんが何かそれっぽく見間違えただけなんじゃない?】
(カ、カレンさん……それは流石に、ロマンが無さ過ぎますよぅ……)
興奮に顔を輝かせるライナを見て顔を強張らせながら、雅はカレンに、そう呟くのだった。
***
さて、ここは新潟。
午後六時二十七分、紫竹山二丁目にある、相模原家にて。
学校も終わって、皆と少しお喋りした後、帰宅していた黒髪サイドテールの少女、優。
どうせ明日は休みだし、と、勉強をしない言い訳を考えながら、リビングのソファに仰向けに転がって電子書籍を読んでいた時、彼女のULフォンに、一通のメールが届く。
送り主は、『StylishArts』。アーツ製造販売メーカー。
これは珍しいと、優が何の気なしに、メールを開くと――
「――ええっ?」
文面を見て、優は思わずそんな声を上げる。
「ちょっと優! 煩いわよ! 大体、そろそろテストがあるでしょう! 勉強はどうしたのっ?」
珍しく早くに帰ってきていた母、優香が、優の大声に文句を言ってくるが、優はなんのその。ソファから勢いよく飛び上がり、「お母さんお母さん!」と興奮した声を上げ――
「『霞』、修理終わったって!」
その報告に、優香も驚いた声を上げるのだった。
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