第61章幕間
さて、雅達がポルトニアにいた頃。
そこから遠く離れた地、ナランタリア大陸の中部……ウェストナリア学園では。
昼十二時三十分、ここはアストラム研究室。
「うぁぁ……めんどくさぁ……」
「ほら、ぼやかないの、ファム! 自業自得でしょ!」
客人用のテーブルで、二人の女学生の声が聞こえてくる。
ペン回しをしながら、心底気だるげな顔をするのは、紫髪ウェーブのファム・パトリオーラ。
その前で腕組みしながらプンスカ怒っているのは、前髪が跳ねたロングヘアーの、ノルン・アプリカッツァである。
何をしているかと言えば、大方の予想通りのこと――
「全く……なんで二週間前に出された課題が、提出日前日まで真っ白なの?」
「いや、ほら……色々あったんだよ。日本であった事件の対応とかさ」
「それだって、一日二日の出来事じゃん!」
いつもの風景。ある意味平和と言ってもよい。
すると、横から「まぁまぁ」とノルンを宥める声が聞こえてくる。
そこにいたのは、金髪ロングで、白衣のようなローブを纏った研究者、ミカエル・アストラムだ。
「そんなに難しい課題じゃないし、ここまで進んでいれば、後一時間くらい頑張れば普通に終わるわ。そこまで厳しくしなくてもいいんじゃない?」
「いーえ師匠! それじゃ甘いです! ファムは見張ってないと、余裕でサボりますよ! 特に『もうちょっとで終わる』を、この子は放置するんです! 付き合いが長い私には分かります!」」
「い、いやだって『もうちょっとで終わる』ってことは、ギリギリまでやんなくても大丈夫――いや何でもないです」
つい軽口を叩いてしまったファムだが、ノルンの眼光に怯んで、速攻で謝る。
正直、いつもに比べると、ノルンはやや厳しめの対応。ただ、これには訳があり――
「この課題、ちゃんと提出しておかないと、ファムと一緒に交換留学体験に参加出来ないんだから、ちゃっちゃと終わらせるの!」
「わ、分かったって! ごめんごめん!」
ウェストナリア学院五年生となった彼女達。この時期、一つの大きな学校行事がある。
それが、今ノルンが言った『交換留学体験』。十日程だが、他校の学校に留学し、授業を受けたり、イベントに参加したりできる。これはウェストナリア学院だけの行事ではなく、異世界の学院の多くで行われるものだ。
学生達の熱狂度合いが、雅達の世界の修学旅行とほぼ同等といったところ。この時期の学生は、どこの国も浮足立っている。
「それにしても、学生達のこの行事への興味は、例年の比じゃないわね……」
「だと思いますよ。だって、ミヤビさん達の世界の学校だって、対象じゃないですか」
留学先に選べる学校は、一つ二つではない。世界中の色んな学校が対象であり、学生達は――人数制限や、成績の条件はあるが――自由に選ぶことが可能だ。そして今二人が会話をしていたように、今年は日本や韓国、アメリカやイギリス等の、一部の雅達の世界の国の学校も選択肢として選べるようになっていた。その中には勿論、優達が通う新潟県立大和撫子専門学校附属高校も含まれている。
異世界の学校にも行ける、となれば、学生達が興奮するのも無理からぬことだろう。受け入れの人数に制限がある都合、倍率は凄まじいことになっているが。
ただ、ノルンとファムが行こうとしているのは、そちら方面ではなく――
「いつもなら高倍率の学校が、今年は軒並み一倍を切っているって話よ」
「ええ。――だからこそ、私とファムくらい成績が離れていても、問題無く一緒の学校に留学出来るわけで」
「いやー、久しぶりにアイリと会えるよね。楽しみ」
オートザギア魔法学院。……つまりは、愛理が留学中の学院に、二人は行こうとしていた。
普段から新潟に行っているからか、二人の雅達の世界の学校への興味は、他の学生達程ではない。何ならファムなんかは、優の忘れ物を届けに学校に入ったことがあるくらいだ。優のクラスメイトに可愛がられたことすらある。
「でも、師匠も大変ですよね。オートザギア魔法学院の引率の仕事、引き受けたって聞きました」
「ノルン達の学年副担当だから、当然の義務よ。行ける学校も増えたわけだし、皆で協力しないと。――それに……」
そこまで言うと、ミカエルが若干だが、眉を顰める。
「……私、お父様には色々聞かないといけないことがあるのよね。主に、アイリちゃんを、オートザギアの第二王女様と同室にした件とか」
何度電話してもはぐらかすんだから……ミカエルはそう続けるのだった。
***
そしてその頃、夜中のオートザギア魔法学院では。
(ふぅ、やっと終わったわ。シノダは流石に、もう寝ている頃かしら?)
学生寮の自室の戸を開けるのは、紫眼で金髪ロングの幼き王女、スピネリア・カサブラス・オートザギア。
先日学園で起きた、レイパーによる殺人事件の後始末は、まだ終わっていない。今の今まで、彼女はその対応に追われていた。
とは言え、その足取りはいつもより軽め。そろそろ終わりも見えてきており、早ければ明日、長引いても明々後日にはケリがつくと思われたからである。
時刻は深夜一時を過ぎており、スピネリアはあまり音を立てないように気を遣っていた……のだが、
「あぁ、王女様。お疲れ様です」
「っ、あらシノダ。まだ起きていたの?」
三つ編み長身の女学生、篠田愛理がベッドに腰掛けながらペコリとお辞儀するのを見て、スピネリアは呆れ半分の口調でそう漏らす。
「実は、動画の編集に梃子摺っておりまして……」
「……全く、あなたって人は」
その言葉が嘘だということを、スピネリアは見抜く。きっと、彼女は自分の帰りを待っていてくれたのだろうと、そう思った。
ただ一言、「お疲れ様」を言うために。それが何となく嬉しい。
「寝巻に着替えるから」と言われた愛理は、明後日の方向を向く。
すると、
「そう言えば、明後日から長期休暇よね。シノダは、里帰りするの?」
「ええ。束音達に、少し顔を見せようかと。不愛想な猫を飼い始めたと言っていたので、挨拶がてら顔を覚えてもらえればと思っております」
日本でいうところのゴールデンウィークに相当する期間が、オートザギアにも存在する。四、五日程度とは言え、休暇は休暇。勿論学校も休みになるのだ。
流石に王女――第二ではあるが――のスピネリアは、公務もあるのでずっと休むわけではないのだが、それでも中二日くらいは休みを貰える予定だ。
「猫、ね。……なら、港の物産展に、キャットフードが売られていたはずよ。挨拶の際の手土産には丁度良いんじゃないかしら?」
「ほぅ、それは良いことを聞きました。是非、買っていきましょう。……王女様の方は、如何してお過ごしになられる予定で?」
「何も考えていないのよねぇ……。あぁ、いっそシノダと一緒に、ニイガタに遊びに行きたいわ」
「……立場上、中々難しいのでは?」
「分かっているわよ、言ってみただけ。――そう言えば、ケリーヌを見たかしら? 午後からずっと、姿が見えなかったのだけれど」
「クイックリーさんですか? いえ、見ていませんが……」
ケリーヌ・クイックリー。スピネリアの侍従の一人であり、彼女とは古くからの付き合いだ。
愛理の返答に、スピネリアは憮然とした顔で息を漏らす。
「……わたくしの侍従に復帰してから、時折こういうことがあるのよね。サボるような人ではないと思っているのだけれど、流石に問いただした方が良いかしら」
「そう言えば、一度実家の都合で侍従をお辞めになられているんでしたね、彼女。聞いても良いか分かりませんが、都合とは一体……?」
「確か、両親が亡くなられて、実家の孤児院の経営を引き継ぐことになったって聞いたわ」
「え? でも復帰されてますよね? 孤児院は……」
「わたくしも気になって聞いたんだけど、別の人にお願いすることになったらしいわね。どうも、組織のトップに立つのは、彼女には荷が重かったみたい。で、次の仕事をどうしようかと思っていたら、わたくしの侍従に戻ってこないかって依頼があったんだって」
そこまで言ったところで、スピネリアは寝巻に着替え終わり、「明日も早いし、もう寝ましょう」と言うのだった。
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