第547話『異菫』
雅達の採取した『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』に忍び寄るのは、奇妙な姿をした人型の化け物。
頭部が歪だから人工レイパーなのだろうが、一見するとただの葉っぱを全身に纏った怪人に見える。
頭はキノコの傘のような形状だが、体はよく見ると――
【ミヤビ! あれって、ゴルドニア神殿の奥に生えていた――】
(ええ! ポルカブトに似ています!)
カブトガニのようなシルエットをした葉っぱを見て、雅はその正体を確信する。
分類は『人工種ポルカブト科レイパー』か。
「させない!」
ライナが、薬草を奪われまいと、そう叫んで分身を群がらせにいく。だが人工種ポルカブト科レイパーは、体の葉っぱを千切って飛ばし、迎え撃つ。その葉っぱに触れた分身は、瞬く間にその場に倒れ、消えていった。ポルカブトの葉っぱは、触るだけで強烈な毒に侵されてしまう。分身ライナはそれにやられたのだろう。
「『アイザックの勅命!』」
皇奈が、人工種ポルカブト科レイパーに手の平を向け、呪文のようにそう叫ぶ。敵に掛かる重力を増幅させるスキルを使った……のだが。
「効かないっ? なんでっ?」
「あら、多分あいつの体、相当軽いのね!」
「っ? そっか! 葉っぱだから……!」
元々そんなに体重が無いならば、何倍したところで効果はたかが知れている。
実際、敵の足からは、根のようなものが生えており、歩くたびに地面に抜き差しされている。あれで、風に飛ばされるのを防いでいるのだろう。
「厄介な力ね……!」
そう言って、レーゼは歯噛みする。
迂闊だったと嘆くが、時既に遅し。
人工レイパーになる薬の副作用を消す為に、久世が『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』が使えないかと考えているという話は、子供達に薬を配って回っていた廿六木浩二から聞いている。その入手に梃子摺っていたという話も。
実際、ヴァッファの試練を突破するのは、久世達には難しかっただろう。
「だからわざわざ今日……!」
恐らく、誘拐はフェイク。
本当の目的は、雅達がそちらに気を取られている内に、採取した薬草を、横取りすることだったのだ。
(トドロキコウジが捕まった時点で、クゼは私達がハーブを取りに行くことまで予想していたはず! まんまと嵌められた!)
それならば、わざわざこんなところで誘拐事件を起こした理由も分かる。ゴルドニア神殿に行くのなら許可証が必要なので、バスター署に寄るのは必然だから。この辺りで張っていれば、雅達の動向も凡そ分かるだろう。
あまりにも突然のことに、完全に虚を突かれた雅達。
刹那、
「ミヤビお姉ちゃんっ!」
「っ? しまった!」
薬草の方に意識を逸らしてしまった雅は、ラティアの声で気付く。
追い詰めたはずの人工種蠍科レイパーが、ラティアと少年の方へ走っていることに。
【あいつ! 二人を人質にする気だ!】
人工種蠍科レイパーからすれば、大きなチャンス。自分が生き残るための、逃してはならない決定的な隙。
全員が人工種ポルカブト科レイパーの方に意識を向けてしまったのは、あまりにも致命的なミスだった。
どうする――雅の頭が、一気にパニックに陥る。
人命と薬草なら、人命を優先するのは当然の判断。雅もそれは出来る。薬草はまた取りに行けばよいから、そこを迷うことはない。
問題なのは、ラティア達をどう守るか、だった。
既に人工種ポルカブト科レイパーの方に走り出していた一行。ここから人工種蠍科レイパーを攻撃しようにも、体勢が悪い。下手にエネルギー弾を飛ばせば、ラティア達に当たる可能性がある。
【『影絵』を使え!】
「っ! そうか!」
焦る雅を一喝するように飛んでくるカレンの声。それが、雅の頭をクールにさせる。
それと同時に、カレンの指示通りに『影絵』を発動。――ラティア達と人工レイパーの間に、分身雅が出現し、剣で敵の動きを食い止める。
これで充分――
「皇奈さんっ! 合体です!」
「ミス束音っ? ――分かったわ!」
落ち着けば、そこからの判断は早い。
近くにいた皇奈に声を掛け、彼女の方に、本体雅が剣銃両用アーツ『百花繚乱』を投げる。
放られた百花繚乱は柄が展開し、皇奈のパイルバンカー型アーツ『HollyHole』の先端に装着。
出来上がるのは、刃を宿した巨大な杭打機。
同時に、皇奈の足に、もう一つの黒いアーツ……ブーツ型の『Boot⇄Star』が出現。それについたブースターが発火し、皇奈は一気に人工種蠍科レイパーへ接近。
雅が分身を消し、ラティアが男の子を抱えて大きく跳び退く。そこでやっと、人工レイパーも、近づいてくる皇奈に気付いた。
「なっ?」――と敵が声を上げた時にはもう、合体アーツは放たれる。
「そこが弱いのはお見通しよ!」
狙うは、敵の下半身、蛇の尻尾の付け根から、少しだけ上の部分。
これまでの皇奈の経験と、今まで見たこの人工レイパーの動き。
それが、皇奈に敵の弱所を、極めて正確に教えてくれる。
繰り出された必殺の一撃は、正確にその場所へ。
刃が、砕く。敵の体を覆う赤黒い鱗を。
くぐもった悲鳴が轟き――
あっという間に、人工種蠍科レイパーは爆発する。
「ふっ、『ウィーク・ピアース』を使うまでも無かったわね! ミス束音、パス!」
皇奈が、爆発した後に地面に伏す大男を見てそう言いながら、HollyHoleから百花繚乱を外す皇奈。
それを受け取った雅は、もう既に後ろへと走り出していた。敵はもう一体いるのだから。
そちらは、レーゼとライナが交戦中。レーゼは騎士の姿へと変身している。
しかし、
「ん?」
どうも、様子がおかしい。人工種ポルカブト科レイパーに攻撃を仕掛けているのは、ライナの創った分身達だけ。本体のライナ、そして変身したレーゼは、何故か敵から距離を取っていた。
「レーゼさん! ライナさん!」
「ミヤビっ? 下がりなさい!」
レーゼから飛んでくる警告。
一瞬、その理由が分からなかったが――
「――っ!」
【ミヤビっ?】
(い、息が……!)
突如、息が苦しくなり、その場に膝をつく。
その理由は――
【これは……胞子かっ? 奴の頭の傘からだ!】
敵の持つ毒は、葉っぱだけに非ず。ポルカブト……そして、毒キノコの性質を混合させているこの人工レイパーが振りまく胞子にも、勿論毒はあった。
効いているのが雅だけのため、そんなに広範囲にはばら撒いていないのだろうが、知らずに踏み込んでしまったのは、あまりにも運が悪かったと言えよう。
「ぐ……!」
瞬間、雅の体を覆う光のバリア。防御用アーツ『命の護り手』を発動させたのだ。バチバチと、口や鼻の辺りで反応するバリア。二、三秒もすると、雅の呼吸も楽になってくる。
(良かった……! この胞子、吸い続けなければ平気みたい……!)
即効性が無いのが幸いしたといったところか。前に似たような初見殺しを喰らったことがなければ、もっとパニクって死んでいただろう。
レーゼ達が距離を取っているのも納得だ。葉っぱには毒、胞子にも毒があるとなれば、迂闊には近づけない。
レーゼが変身し、ライナが変身していないのもそのためか。変身したレーゼの斬撃が創り出す虹の軌跡なら、葉っぱも胞子も外へ逸らすことが可能。ライナは変身するとその場から動けない。
ただ、それは同時に、人工種ポルカブト科レイパーへの有効打を持たないことを意味する。まだ敵が薬草を奪えていないのは、分身ライナが奮戦している結果に他ならない。すぐに対処しないとマズい状況だ。
何とか遠距離攻撃で凌ぐ――雅が百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、敵に銃口を向けた時。
「ミスマーガロイドにシスティア! ちょっと離れなさい!」
皇奈の言葉の直後、断続的な銃声と共に、敵に無数の弾丸が襲い掛かる。
弾帯を掛けた皇奈の左腕に装着されているのは、黒光りするガドリング、『GottaWin』。
だが、
「あらら!」
人工レイパーが葉っぱと胞子を辺りにばらまくと、それに当たった弾丸が、左右や地面、空へと逸れていく。こんな使い方も出来るらしい。
しかし、そこは流石の皇奈。
葉っぱや胞子の合間に弾丸を通し、僅かだが敵の体に命中させていく。
すると、
「っ? ユー達! 息を止めなさい!」
皇奈の言葉の直後、人工レイパーが辺り一面に、大量の胞子をばらまく。
その量は、尋常ではない。敵の姿が見えなくなる程だった。
そして、皇奈がガドリングでそれを全部消し飛ばすと――
「……残念、逃げられたわ」
無念そうな皇奈の声。
敵の姿は、跡形もなく消えていたのだった。
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