季節イベント『緑猫』
童は猫である。
そう、ペグである。童はあのペグなり。タバネ家に住んでいる、あの緑のメス猫、それが童。
猫が何故喋っているのか、という問いは野暮であろう。細かいことは、今は置いておくが吉。人生は長い。そういう場面に直面することもあろう。
童は昔、ここでは無い、どこか遠い土地で生まれた。その時のことはよく覚えておらぬ。産声を上げた時に大きく鳴いたものの、それからは物静かな猫生を送っていた記憶がある。ただ食べ物を探して彷徨い、気付けば人間の世に紛れ込んでおった。のらりくらりと、よくもまあ生き延びていたと、自分で自分を褒めてやりたい。
さて、童の人生が大きく変わったのは、生まれてからそろそろ二年が経とうかという頃のこと。
その日は朝から趣味の散歩に励んでおった。どうやら猫という生き物は散歩というものをあまりしないらしいが、童は散歩が好きである。童は他の猫とは格が違うのだ。そりゃあ毎日歩き回るのはゴメンだが。
あちらこちらとフラフラしていたら、ふと心地の良い音色が聞こえてきた。気になって近くに行き、そこで出会ったのが、童の最初のご主人で、当時はまだ学生だった、カレン・メリアリカである。
カレンは童に気付くと、「おー、今日は君がお客さんか」と笑い、ヴァイオリン――その名を知ったのは、もっと後のことであるが――を弾き始めた。
聞いていたら段々と眠くなってきて、知らぬ間にグッスリと眠りこけ、起きた頃には空が茜色に染まっておった。だが驚くことに、ヴァイオリンの音色はまだ聞こえておる。カレンは童が寝ている間も、ずっとヴァイオリンを弾き続けていたのだ。とんだ楽器馬鹿がいたものだと思うた。
ただ、カレンは童がずっと寝ておったのが、少しばかり癪に障ったようじゃ。「私の演奏を聴いて、こんな長いこと居眠りしていたのは、君が初めてだよ」と言い、どういう訳か童を抱えて家まで連れて帰りおった。寝ぼけ頭で抵抗出来なかったのは、童の猫生の中でも一生の不覚であると同時に、どうも認めたくは無いが、童はあの時から、カレンに興味を持ってしまったらしい。
それから、童とカレンの生活が始まった。ご主人は最初の内は、童のことを『猫』等と無礼な呼び方をしておったが、流石に名前が無いと不便だと思ったらしく、何か考え始めた。『ペグ』という名前は、その時に付けて貰ったものである。
ただ、この名前に関しては、童は物申したい。あの昼行燈の能天気者は、十秒くらい小難しい顔で悩んでいたが、途中から辺りをキョロキョロしだし、ヴァイオリンのペグをジッと見つめ、「よし、お前の名前はペグだ!」と言い出したのだ。適当にも程がある。
最初は抵抗の意味も込めて、名前を呼ばれてもそっぽを向いてやったのだが、あんまりにもしつこく呼んでくる。その上、周りの者に、童の名はペグであることを触れ回ったせいで、すっかり定着してしまった。故に心の広い童の方が折れてやったのである。
それにしても、あ奴は本当に仕方の無いご主人で、一度ヴァイオリンを弾き始めると、それに没頭して他のことを忘れてしまう。童が催促しなければ、ご飯の用意すら忘れる始末。楽器以外のことに関してはからっきしなのだ。おまけに呑気。
……まぁ、一つのことに集中出来るのは、素直に認めてやらんでもないが。毎日ご主人の演奏を聴けるのは、それなりに悪くないものであったとは思う。ただ、あまりにも音楽一辺倒過ぎておったから、童が少し散歩に連れ出してやった。適度な運動が出来たのじゃから、あのポンツクは童に伏して感謝すべきである。
しばらくは穏やかに暮らしておった童とカレンじゃが、それが終わりを迎えたのは、今から十年少し前。
仕事で行ったコンサート先で事件が起き、あの寝坊助はそのまま姿を消してしもうたのだ。
そして、ある日突然ひょっこりと帰ってきたと思ったら……そ奴はご主人のガワだけ被った、紛い物であった。
その偽物は全くの愚図の愚か者で、見た目こそご主人そっくりじゃが、中身はまるで醜悪そのもの。記憶喪失のフリをしておったが、童には分かる。あれはただのクオリティの低い成り済ましじゃと。
一度、本物らしく振舞おうとヴァイオリンを手に取ったことがあったが、あれは酷かった。基礎のキの字もない。音がブレて芯が感じられぬ。『本物』どころか『音楽』というものを知らぬ者が、付け焼刃の知識で取り繕おうとしておるのが見え見えであった。あまりにもお粗末すぎたのが自分でも分かったからか、記憶喪失を盾に、演奏技術を忘れたことにした模様。呆れてものも言えぬとはまさにこのこと。
……一番むかっ腹が立ったのは、周りの者が、あの偽物の正体を見破れぬことじゃったが。ええい俄かどもめ、音を聞け音を。童のご主人が、記憶喪失如きで演奏出来なくなる等ありえぬことであろうに。
あまりにも我慢出来なかったので、童は当分、人目から遠ざかっておった。我慢の限界もそこそこで、楽器店から離れてご主人を探しに行こうかとも思うたが、そこで、驚くことが起きた。ご主人が帰ってきたのだ。――ご主人によく似た顔の少女、後のセカンドご主人となる『タバネミヤビ』の中に隠れて。
よもや人間、しかもあの楽器馬鹿に、こんな芸当が出来たとは夢にも思わなんだ。
長いこと家を留守にしていたから、童と顔を合わせ辛かったのだろう。気にせずともよいものを。童はもう怒ってはおらぬ。ご主人はもっと図太いと思っておったが、存外繊細な一面もあるものだと驚かされた。しかし少女の中に隠れたはいいが、出られなくなったのは何ともご主人らしい。
ただ、その時はゆっくりと再会を喜ぶ暇は無かったが。ミヤビは何か困っておるようで、少し手を貸したのだが、その後はしばらく姿を見せることはなかった。……どこか違う時代の匂いがしたので、きっとタイムスリップでもしておったのだろう。童は賢いから、そういった知識もあるのである。
せめて一言断ってから行けとも思ったが、あの偽物をどこかへやってくれたのは褒めて遣わす。よぅやった。
それからまた月日が経ち、ようやくミヤビという少女が楽器店に来て、なんやかんやでタバネ家へと連れてこられて今に至る。
「ペグー、朝ですよぅ」
ふむ、件のタバネミヤビが、布団にくるまっておった童を突いてくる。くすぐったではないか。やめい。
仕方ないから、片目だけ開けてやると、童が起きておったことを知ったこの娘は、欠伸をしながら自室を出ていった。
あのセカンドご主人は中々に気の利く少女で、少なくともどこかの誰かと違い、童のご飯を忘れる等というポカはせぬ。今も、十中八九、童の朝ごはんを用意しに行ったのであろう。催促に行くのも億劫であったから、それが無くなったのは非常に良き。
そして意外にも、ヴァイオリンの腕前は――カレンよりは劣るとはいえ――まぁまぁ聴けるくらいにはある。高音の伸びが足りんかったり、低音に若干のブレがあるが、あれは鍛えれば逸材になろうて。もっと練習すれば良いものを。
しかしあの様子だと、中にいるカレン・メリアリカは、まだ寝ておる感じがした。あの寝坊助が朝に弱いのは、未だ変わらぬらしい。
さて、童も下に行こうと思った時、ふと目に入る。……セカンドご主人と同じ布団で寝ておる、見た目麗しい少女の姿が。
皆の者がラティアと呼んでおる彼女じゃが、昨日童がここで寝た時にはおらんかった。恐らく、いやほぼ間違いなく、童が寝た後に、セカンドご主人が連れこんだのであろう。
抱き枕にされておったのは想像に難くない。
あのミヤビという娘は、よくこうやって自室に女を連れ込む。それも、特定の誰かではなく、その日の気分で顔ぶれが変わる。酷いと裸で抱きつき、翌朝に説教されることもあった。
……セカンドご主人を見ておると、人間というのはつくづく、何かしらの重大な欠点があるものだと思わされる。ミヤビは基本は気は利く上に、大抵のことはそつなくこなせるのじゃが、随分と女癖が悪い。童の散歩中に女性を見かけると、何かしらの理由を付けて声を掛けることもザラ、いや四捨五入すれば毎回である。怒られようが何されようが変わらぬので、あれはあの者の性なのじゃろう。
少しだけ開いたドアの隙間から廊下に出た、その時。
「おん? ペグか。今日は早いな」
誰かと思えば、セリスティア・ファルトであったか。「今日は早いな」とは失敬な。まるで、童が普段、遅起きしておるようではないか。ファーストご主人と一緒にされては困る。目は覚めておるのだ。布団に入っておるだけで。
「お前も朝飯か? 俺もだ。さーて、今日は何が出るかね?」
この女、随分と他人事のように言うておる。童はこ奴が家事をしているところを殆ど見た事が無い。仕事はしておるから怠け者ではないと思うが。
悪い奴ではないのだ。童にベタベタ触ってくることも無く、さりとて童が昼寝しようとしている時は、カーテンを閉めてくれたりもする。ミヤビを始めとして皆からは、何かと頼りにもされておる。
ただ、何かとガサツなのだ。言葉遣いからも明らかであろう。稀に掃除をしたかと思えば、する前より汚くなる。冷や汗をかきながら「まぁ、こんなもんか!」と、誰に言っているのか分からぬ発言をした時は、呆れて鳴き声も上げられんかった。
一度童を、「まだ皆には内緒だぜ」と言ってバイクとやらに乗せてくれたことがあったが、あまりの運転の粗さに恐れおののいたものである。ウンテンメンキョとやらをこ奴に渡したこの国は、頭がどうかしておるとしか思えぬ。童は二度と乗らん。
「あ、セリスティアさん。おはようございます。ペグも一緒ですか」
「おっとライナか。おはようさん。昨日は遅かったみたいだけど、もう起きたのな」
む、銀髪の娘が部屋から出てきおった。ライナ・システィアか。
一緒の家にいるはずじゃが、久しぶりに顔を見た気がする。このところ数日は、童が起きた時にはもう家を出て、童が寝た後に帰ってきておったらしい。随分頑張っておるらしいが、体がおかしくならぬのか。童は少し心配である。
「チラっと耳に入ってきたけど、今回はジョウエツってところに行っていたんだって?」
「ええ、レイパーが潜伏していたのが、カスガヤマ城ってお城の跡地らしくて。昔セントラベルグから逃げて行方を晦ましていたけれど、どういう訳かニイガタまで来ていたんですよね。それで緊急で。大変でしたけど、カスガヤマ城の跡地を示す石碑は見られたのはラッキーでした! 折角だったから、ついでに『ものがたり館』ってところにも行きたかったんですけど、時間的に中々――」
……ライナの悪い癖が出てきおった。
この娘は普段は大人しいのじゃが、遺跡だの歴史だのの話になると、お喋りが止まらなくなる。見よ、セリスティアも目が点になっておるではないか。
ファーストご主人が楽器馬鹿でセカンドご主人が女馬鹿なら、こ奴は遺跡馬鹿といったところ。三馬鹿トリオである。会話の相手先が童に向くと、しばらくは付き合わねばならぬ。ここは素直に逃げるが吉。
「ええい、お主ら、朝っぱらから煩いのぉ……」
「おっと、シャロンさん! おはようございます」
「待て、騒いでんのはライナだけだっての。俺は無実だ」
うぉぅ。竜人が出てきおった!
眠そうな目を擦ってドアの隙間から顔を覗かせたのは、シャロン・ガルディアル。見た目はちんちくりんじゃが、こう見えて、本当の姿は竜である。
寝起きでも、そのオーラは健在か。竜ともなると、纏う空気と格が、そんじょそこいらの生物とは訳が違う。
童は、このシャロンという者が怖い。
昔、母猫からよう言われた。『悪いことをすると、竜に食べられるにゃ』と。童はイメージ出来る。竜が、猫を頭からバリバリと食べるその光景を。怖い。
昔は、「しょせん絶滅した生き物」と割り切れたが、その存在が今、こうして目の前におるのだ。考えてもみよ。人間の子供も「悪いことをするとお化けに連れ去られるぞ」と脅されるらしいが、実際にそのお化けが目の前に出たと想像してみよ。童が生きておるのは、偏にシャロンの胸三寸が故。怖い。
無論、知っておる。シャロンは悪い奴ではないのだということくらいは。気分一つで童を殺すようなことはないじゃろう。竜人の癖に、時折どこか抜けておるところもある。こう見えて、セカンドご主人に借金している話も聞いた。竜の癖に、隙が多くて警戒心が薄れそうになる。それが逆に怖い。
「む、ペグよ。儂を見てどうしたのじゃ?」
目が合った。怖い。
***
「ペグ、お手!」
ええい、この無礼者めが。
今、童に対して犬にするような行為をしてきおったのは、ファム・パトリオーラ。ぐーたら娘で、カレンとは別ベクトルのどうしようもなさを感じさせられる。
差し出された手に、そっぽを向いてやると、ファムの小娘が悔しそうな顔をしおった。いい加減学べ。童は猫じゃぞ。
……まぁこんな奴じゃが、意外にも昼寝スポットの好みが童と似ておる。昼寝の所作も特筆に値する。僅か数秒で、綺麗な姿勢で眠りこけるその姿は、不覚にも感服を受けてしもうた。その点を評価し、童が散歩する際のリードを持たせてやる数少ない人間の一人じゃ。
「くっそー、生意気な奴だなー! 今日こそ絶対懐かせてやるかんな!」
「ちょっとファム、朝ごはん中でしょ! 珍しく早起きしたと思ったら、もう!」
諫める声を上げたのは、ノルン・アプリカッツァ。この娘はファムとは違って随分としっかり者。タバネ家におる他の面々の内の何人かも、ノルンのしっかりさを見習えと言いたくなる。
しかしこ奴、こんなあどけない顔をしておいて異教徒なのである。許せぬ。
あんなバウバウ吠えて人の顔をペロペロ舐めるしか能の無い動物の何が良いのか。童にはさっぱり理解出来ん。時代は猫一択。それが分からんとは、こ奴もまだまだ子供。
さて、そんな子供のノルンには、師匠とやらがおる。
それが――
「皆ー、コーヒー淹れた――わわっ!」
うぉっと、危ないではないか!
今、盛大に躓いて、お盆に乗せたコーヒーをぶちまけたのが、ミカエル・アストラムという女。
童の類稀なる俊敏さが無ければ、飛んできたコーヒーを被るところであった。この中ではシャロンに次いで年長者の癖に、やたらと何かに躓いて転んだりする。一度、童のご飯を用意してもらったことがあったが、キャットフードではなくドッグフードを出されたことがあった。一体何を見ておるのか、小一時間正座させてやりたい。
「し、ししょー!」
「ああもう先生! 何してんのさ!」
「おっとミカエルさん! 布巾パスです!」
こ奴がドジを踏むと、途端に騒がしくなる。おちおち食事もしておられん。
ただ、こんな振舞いをしておるミカエルじゃが、学校の先生と研究者を掛け持ちしており、あまりそうは見えぬが、どうやら頭は良いらしい。何かに特に秀でた者は、どこかしら抜けたところがないと気が済まぬのか、童はそう思わずにはいられない。こう考えると、ライナくらいのバランスが丁度よいのではと思えてくる。
さて、食事が終わり、ファムを躱して窓際辺りもうひと眠りしようかと思うたら、家のチャイムが鳴った。
そう言えば今日は、あ奴らが遊びに来ると言っておったか。
セカンドご主人が返事をして招き入れる。姿を見せたのは――
「うぃー、皆。お邪魔しまーす」
サガミハラユウ。ミヤビの親友である。最初に来たのはこの娘であるか。まぁゆっくりしていけ。
「おー、ペグやい。お客様が来たのに、あんたはいつも不愛想だね」
やかましい。ちょっかいをかけてくるな。童は眠いのである。
返事の代わりに大欠伸をしてやると、何が気に入ったのかこのユウとやらは、動画を撮り始めた。そしてファムと一緒に童を突いてくる。
全く、相手をするのも面倒臭い。ファムはまだ子供だから良いが、ユウは大人であろう。いや、こちらの世界ではまだ子供なのか、ややこしい。
とは言え、言いたいのはそういうことではない。このユウという娘は、どうにも年を食っておる癖に、精神年齢がファムと同レベルなのだ。もう少し成長しろと言いたい。
ただ、童はあまり、表立ってユウに逆らわんようにしておる。何というか、この娘からは、スナイパーとしての貫禄があるのだ。本人、それに周りも気づいていないようじゃが、眼光に圧がある。機嫌を損ねて狙撃されては堪らん。
「あ、そうだ。今朝、愛理から連絡来てたね。後でお喋りしたいって」
「ええ。立体映像越しとは言え、顔を見るのは討伐戦の時以来ですよね。――おうおうペグ、愛理ちゃん、ペグに会いたがっていましたよ。人気者ですねー」
なんじゃ、また別の女か。
偶に皆が名前を出すこのアイリ、という人物については、童はよく知らぬ。会ったことがない。顔だけなら見たことはあるが。このアイリという者は、ウェイチューなんちゃらとやらをやっており、こ奴らがそれを見ながら楽しんでおったからだ。中々声が綺麗であった。
……ただ、会うのは正直不安である。童の予想ではあるが、このアイリという者、童をおもちゃにして遊びそうな臭いがするのだ。
おっと、またしてもチャイムが鳴った。ユウが来たとなれば、残りはあの者達か。
うむ、早速この臭いが鼻についてきた。機械油の臭いである。
「やっほー、おっじゃまっしまーす!」
やはりお主か、タチバナマイカ。
この娘、一見すると可憐な少女に見える。しかし意外にも、機械弄りが好きなのだ。年がら年中機械を分解しては組み立てて楽しんでおるらしい。全くもって分からぬ。楽器馬鹿、女馬鹿、遺跡馬鹿の次は機械馬鹿。三馬鹿トリオが四馬鹿カルテットになった。これ以上馬鹿を増やしてどうするのか。セッションでもする気か。ヴァイオリンが二人ではバランスが悪かろう。
そもそもこのマイカという少女に関しては、童は少し物申したいことがある。こ奴はこんな見た目をしておるが、意外にもパワーがあるのだ。腕力強化がどうのこうのと周りは言っており、童にはよう分からんかったが、重い荷物を軽々と運んでおった姿は見た。人は見かけによらないとはこのことか。機械弄りが趣味なことも併せて、ギャップで頭が混乱する。なんて奴であるか。
「おはようございまス、皆さン」
続いて入って来たのは、クォン・シアという少女。カンコク、という国出身らしい。そこがどんな国なのか、童はよぅ分からぬが、話を聞いていると、どうも食べ物が『辛い』ようじゃ。……キャットフードも辛いのか、少し気になる。
まぁそれは一旦置いておいて、こ奴が来たのは助かる。童にちょっかいをかけて遊ぶファムを、半ば強引に止められる数少ない者の一人であるからだ。ノルンと一緒になって、はようファムに拳骨を喰らわせてやって欲しい。
「ファムに優、ペグに何をしているんダ?」
「え? お手の練習」
「首カリカリ」
「……私も混ぜロ」
いや止めんのか! 裏切りおったな!
このシアという者、基本はしっかりお姉さんをするのじゃが、時折なんやかんやで甘いところがある気がするのは童の気のせいであろうか。
よく考えてみると、この者は時たま、アニメやマンガというものに対して、少々行き過ぎた熱を込めた声で語ることがあり、童をドン引きさせる。下手をすると、○○馬鹿の一つに加えてやっても良いのではと思っておる。五馬鹿クインテット化だけは何としても避けたいから、少々甘めの判断をしておるだけ。
童で遊び出す者が増え、困り果てていると、
「あ、あなた方……ペグが困っているではありませんの」
天の助けとはこのことか。最後の客人、キキョウインキララが呆れた声を掛けてくれる。良き。もっと言ってやれ。
だが、流石に数に差があるか。この三人がなんだかんだと理屈を捏ね繰り回し、キララは渋々諦めてしもうた。無念なり。
「ああ束音さん、これ、ペグに。キャットフードの差し入れですわ」
「おぉ、ありがとうございます! いやー、わざわざすみませんね。……これ、結構高い奴じゃないですか! いいんですか?」
「勿論ですわ」
ふむ、実に感心。童に対し、時折こうして手土産を持参してくるあたり、中々にわきまえた少女と言えよう。無礼なこともせんし、正直なところ、童の中での評価は、トップクラスに高い。
まぁ、言葉遣いが少々胡散臭いのは気になるが。しかし、中々どうしてこのキララという娘からは、内から溢れるオーラというものを感じる。将来大物になりそうな、そんなオーラじゃ。生まれ直したら、この者に飼われるのも悪くないのではと密かに思うておる。
……時折、そのオーラがふと消えて、ただの残念女になることがあるのが偶に傷じゃが。やはりあれか。完璧な人間等、この世にいないのだと空しくなる。
とは言え、まともな人間は貴重。……これが一、二を争うレベルでまともになる等、世も末かと嘆きたくなるが。
それにしても、今日は平和である。何人か童を弄りこそすれ、『奴』はおらん。
これなら、童はゆっくりと――
「ただいまー」
「あ、レーゼさん、帰ってきましたね」
っ!
天 敵 が き た!
「おかえりなさい、レーゼさん。お仕事、お疲れ様です」
「ユウイチさんと捜査資料を読み漁っていたら、気付けば朝になっていたわ……。――ペグちゃん、会いたかったわー!」
ええい来るな! レーゼ・マーガロイスめが! 折角今日はゆっくり出来そうだったというのに! おのれぇ!
仕事帰りとはとても思えぬ俊敏さで、こ奴は童に急接近してくる。ファムにユウにシアが、呆気に取られる速度。その動き、足捌きは、まさにハンター。ネズミを追い詰める猫の如く。
童は必死に逃げるが、気付けば部屋の隅に追い詰められておった! もう逃げ場がない!
「えい、抱っこ!」
にゃごぉぉぉお!
怯んだ隙に伸びてくる奴の手を、童は躱すことなど出来はせぬ!
この女はヤバいのだ! 一度捕まったが最後、童がジタバタしても、猫パンチをしても、引っ掻いても、まるで効かぬ! 放さぬ!
そして、何気にパワーがあるのだ!
ゴリラに首根っこを掴まれたことはあるか? 童は、一度だけある。あれはまだファーストご主人と出会う前、散歩中に崖から落ちそうになった時、助けてもらったのじゃ。
……が、その時のゴリラのパワーといったら、落ちる恐怖よりも首を圧し折られる恐怖の方が勝る程であった。
無論、あのゴリラに悪意等、全くない。しかし時として、強すぎる力は、か弱き者を震え上がらせる。
このレーゼからは、あのゴリラに感じた恐怖と似たようなものを感じるのだ! 腕の力なぞ、まさにそれ! この女も、ゴリラと同様に悪気はない! それが余計に質が悪いのである!
「にゃんにゃん、可愛いでしゅねー」
うごご……! やめろ! 頬ずりをするな!
周りを見んか! 皆ドン引きしておるぞ! セカンドご主人だけは動画を回しておるが! ええい誰か助けよ!
「あ、あの、レーゼさん? そろそろ離してあげたら?」
「えっ? ……あ、や、そ、そうね! ごめんなさい!」
よくやったマイカよ! 機械馬鹿から機械一般人に格上げしてやろうぞ!
レーゼは童を床に下ろすと、ゴホンと大きめの咳払いをする。そんなことで、今の醜態を誤魔化せると思うなと言いたい。いや、それよりも早く逃げるが吉である。
と、そんな折、一本の電話が入ったのか、レーゼが「ちょっと失礼」と言って出る。
一分もせぬうちに戻ってきたあの者の顔は、先程までの緩みはどこへやら、しっかりとしたものに変わっておった。
「皆、休みのところごめんなさい。実は、駅の方で複数体レイパーが出て――」
瞬間、皆の顔も真剣なものへと変わる。
……童は、こ奴らのこの顔が嫌いだ。これは、命を賭ける時の顔じゃから。
怠け者のファムでさえ、この時ばかりはしゃんとする。それが、童的には面白くない。
思えば、カレンもそうであった。昼行燈の癖に、化け物と戦おうとする時だけは、真面目になる。
少し抜けたところ、緩んだところがあるくらいで丁度良いのだ。この顔を見るくらいなら、レーゼに頬ずりされるくらい、大したことはない。
「ラティアちゃん、ペグとお留守番していて下さい!」
「ペグ、行ってくるわ!」
ゾロゾロと家を出ていくご主人達。さっきまでの騒がしさが嘘のように、静かになる。
あまり良い静けさではない。これはこれで、意外と眠れぬのである。
「ペグ。ご飯終わったら、散歩、行く?」
お気遣い、感謝申し上げる。しかしお構いなく。
……久しぶりに、カレンのヴァイオリンが聴きたい。そう思うた。
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