第545話『隅詰』
「大人しくしてりゃあ、痛い思いはさせねーよ!」
「っ!」
いきり立った人工種蠍科レイパーの声。敵は、蛇の尻尾で少年を絡めとったまま、ラティアへと突っ込んでくる。
すると、人工レイパーの腕がぐにゃりと変形し、蠍の鋏へと変化する。
形状変化……人工レイパーが持つようになった、自らの体の一部を変形させる能力である。
その敵を前に、ラティアは――
「やっ!」
「チッ!」
左腕に着けた小手型アーツ『マグナ・エンプレス』から衝撃波を放つ。敵に……ではなく、敵の足元近くの地面に向けて。
ここはイェラニアに数多くある、遺跡の跡地。地面は固い土である場合も多く、ここもそうなっている。
衝撃波を受けて、砕ける大地。巻き上がる、大量の土塊。
人工レイパーがそれで目晦ましされることこそ無いが、地面が砕けた振動で動きが一瞬強張った。
そして、
「ッ? おい、待て!」
その隙に、逃げ出すラティア。
チラっと視線を向けるは、未だ尻尾に絡めとられた男の子の方。彼を見て、ラティアは若干だが歯噛みする。別に大きく期待していたわけでは無いが、一瞬驚いた人工レイパーが、彼を解いたりしてくれないかという考えは、少し頭を過ぎっていたから。
「逃がさねーぞ!」
「ぅっ……!」
伸びてくる、敵の腕。
それを、衝撃波で迎え撃とうとするラティアだが、振り返りながらという体勢で、しかもやや弧を描く変則的な動きで襲ってくる腕に、狙いが定められない。
苦し紛れに放った衝撃波を躱した腕の鋏が、そのままラティアの太腿を掠める。
「――ぃっ!」
「お、お姉ちゃん!」
男の子の声が飛び、そして痛みに呻いてバランスを崩すラティア。攻撃を受けたところに手を這わせると、ヌメリとした感触が襲ってくる。――掌には、ベットリと血が付いていた。
だが、
「ふん、これで動けない――なっ?」
それでもラティアは、諦めなかった。
人工レイパーの顔面に衝撃波を直撃させて怯ませると、足を引きずりながら、さらに敵から距離を取っていく。
(あ、あの時に比べたら……!)
これでも、ラージ級ランド種レイパーの討伐戦を潜り抜けたのだ。あの時は、後半はもう、全身がバラバラになると思うくらいキツかった。足が痛いくらいなら、気力で何とか出来る。……ラティアはこんなにも、逞しくなっていた。
痛みに負けず、二発、三発と、衝撃波を撃って相手の動きを牽制しながら、ラティアが向かうは――遺跡跡地の奥の方。
「あそこは……いや、そうか……!」
ニヤリと笑みを浮かべ、そう呟く人工種蠍科レイパー。
ラティアが向かう先には、一本の曲がりくねった路地があり、そこを抜ければ表通りに出る。距離的には、最短と言えるだろう。彼女はそこまで逃げて、誰かに助けを呼ぶつもりなのだと思った。
そして、ラティアの目論見が、そうは上手くいかない、とも。
路地は一本道で迷うことはないが、逆に言えば、敵を撒くことも出来ないとも言える。足を怪我したラティアに追いつくことは、そんなに難しいことではない。
何なら、路地に向かう前に捕えることも、充分可能だ。
「そら!」
「っ!」
人工レイパーの頭部から生えた蠍の尻尾が、勢いよく伸びてラティアの目の前を通り抜け、近くの壁に突き刺さる。
ドロドロと溶ける壁。それを見たラティアの顔が青褪めた。
二撃、三撃と、蠍の尻尾攻撃を繰り出す人工レイパー。それを何とか避けていくラティア。……いや、避けさせられている、というべきか。この人工レイパーに、ラティアを殺す意思はない。今拘束している男の子同様、ラティアも捕まえるつもりだ。
だから、ラティアがギリギリ攻撃を躱せるくらいの攻撃をして、徐々に遺跡跡地の隅の方へと彼女を追い詰めていく。
「くっ……!」
「おっと、それはさせねーなー!」
左手の平を空へと向けたラティアの腕に、人工レイパーの伸びる鋏が迫る。空に衝撃波を放って、助けを呼ぼうとしたのを防ぎにいったのだ。ラティアが咄嗟に腕を下げたことで直撃は免れたが、これにはラティアも歯噛みせざるを得ない。
そして、辺りを見回し――ラティアの目が、大きく見開かれる。ここでやっと、彼女は自分が、逃げ場のないところへと誘導されていたことを知ったのだ。
その様子を見て、人工レイパーは高笑いし、
「鬼ごっこは終わりだ!」
伸びてくる蠍の尻尾。飛んでくる人工種蠍科レイパーの声。
ラティアを追い詰めた――人工レイパーが、そう確信した瞬間。
「そうはさせません!」
「ッ?」
突如、ラティアと人工レイパーの間に割って入る、桃色ボブカットの少女の影。
彼女は――
「ミヤビお姉ちゃんっ!」
「はい! 雅お姉ちゃんですよっ!」
返事と共に、高い音を立てて弾かれる、蠍の尻尾。
雅の手に握られた、メカメカしい見た目をした大剣『百花繚乱』。その刃が、敵の攻撃を上へと逸らしたのだった。
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