第544話『蠍蛇』
「いやー、大量大量!」
「ちょっとミヤビ! あんまり採り過ぎないようにね! 貴重なんだから!」
試練を突破し、無事に庭に辿り着いた雅達。
建物の中、天井を吹き抜けにして作られたこの場所。庭の真ん中には一本の木が聳え立ち、その周りに、『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』がたくさん生えていたのだ。
もうここにしか生えていない薬草。乱獲し過ぎて絶滅させるわけにはいかないと、はしゃぐ雅を、レーゼが注意する。
「皆さん、一応、採取する前に、それが目当ての薬草かどうか、きちんと確認してから採るようにしてください。一本だけですが、『ポルカブト』が生えているのを見つけました」
「『ポルカブト』? ……へぇ、葉っぱが何だか尖がっていて、カブトガニみたいなシルエットですね。なんか可愛い。これ、何かマズいんですか?」
雅の質問に、「毒があります」と頷くポーラ。こんなところに生えているのは、ポーラも初めて見た。
この植物は、ポルトニアの一部地域にしか生えていない危険な植物で、その毒性はフグの毒のおよそ三十倍。しかもそれが、葉っぱに触れただけで侵されるのだ。
「きちんと毒抜きをすると、高級食材に化けるのですが……。ここの辺りだけ、土に違うものを紛れ込ませています。多分、罠の一種として、特別に育てていたのかも」
「歩いただけでお陀仏ですか。ゾッとしますね……」
何もそこまで侵入者を警戒しなくても、と思う雅。
その後も採取が続く。危険な植物があると分かると、皆の動きも慎重になっていた。
だが、少し経った頃。
「それにしても、もう信者もいなくなって荒れ放題になっていますけど、もしきちんと手入れされていたら、きっと綺麗だったんでしょうね」
ライナが辺りを見回しながら、顔を明るくさせてそんな感想を漏らすと、近くでそれを聞いていたポーラが、コクンと頷いた。
「ええ。古い文献に、絵が書かれていましたが、どうやらここは、一部の信者だけが入れると特別な憩いの場だったとか。まぁそこにポルカブトの罠を仕込んでいた辺り、末期には部外者も侵入してきたようですがね。あそこに岩が置かれているでしょう? あれをベンチにしていたようですよ」
「へぇ! あ、あの! 座ってみても……?」
「さ、流石にもう風化していますし、危険ですので……」
「うわー、残念!」
心底残念そうに目を瞑るライナに、ポーラは苦笑いを浮かべる。
その近くでは、薬草を採取していた皇奈が顔を上げた。
「ミスマーガロイス! 薬草は、これくらいでいいかしら?」
「あっ、ごめんなさい! 私ったら、どれくらい必要か、何も説明せずに……! あ、でも丁度良い量ありますね。もう充分かも」
「あらそう? なら良かったわ。それじゃ、後は無事に持って帰るだけね」
「……よく考えてみたら、またあのトラップの中を戻らないといけないんですよね?」
これからのことを考え、げんなりとするレーゼ。しかし、ポーラが首を横に振った。
「奥の聖堂に、入口への転移魔法陣が設置されています。帰りは安全ですよ」
「あっ! じゃあ、ヴァッファ像とか見られますよね! 皆さん! 早く行きましょう!」
やっと神殿らしいものが見られると、いの一番に聖堂の方へ向かうライナ。
雅達は、そんな彼女にクスリと笑みを零しながら、薬草を抱えて後を追うのだった。
***
さて、ここはポルトニア。
「あー……どうしよう?」
古めかしい建物が並ぶ街中で、震える声でそう呟いたのは、ラティア・ゴルドウェイブ。
じんわりと背中に嫌な汗が滲んでいる彼女は、そう――普通に、道に迷っていた。
先程まで、ポルトニアの中心街にある図書館にいた彼女。雅達から、『チリスハーブ』と『パリフィスソウ』を入手し、ゴルドニア遺跡から出て馬車に乗ったたという連絡があったのだ。
集合場所は、バスター署の前。ゴルドニア遺跡からバスター署までは、馬車でおよそ三十分だから、連絡を受けてから図書館を出れば、五分前には到着出来る予定だった……のだが、まさかこんなことになるとは夢にも思わず。
「おかしいな。途中までは、知っている道だったはずなんだけど……」
言ってもしょうがない発言だと分かってはいるが、そう呟かずにはいられない。一体どこで道を間違えたのか。
これが新潟なら、迷ったところでULフォンのマップアプリを使えば良いのだが、イェラニアではあまり役に立たない。まだ異世界の地は完全にマッピング出来ていないからだ。
ただ、幸いここは遺跡と神殿が多い国。目印になるものは、いくらでもある。
「……あの建物は、何か見覚えがあるような気がする」
そんなことを独りごちながら歩くラティア。
誰か人を見つけたら、バスター署までの道のりを聞こう……そう思いながら、キョロキョロとしていた、その時。
「い、嫌だ!」
「こら! 大人しくしろ!」
「っ?」
道一本逸れた方で、そんな声が耳に入る。
一瞬立ち竦んだラティアだが、すぐにそっちの方へ向かうと――
(あ、あれは……!)
人型をした異形の怪物が、ラティアと同じくらいの年頃の男の子の腕を掴み、無理矢理引き摺っているではないか。
(誘拐っ? レイパーがっ?)
そう思ったラティアだが、すぐに気づく。――その怪物の頭部が、歪なことに。
人工レイパーだと、すぐに理解する。
全体的に、赤黒い殻に覆われ、頭部からは蠍の尻尾のようなものが生えている。そして尻尾の代わりなのか、尻の辺りからは、蛇が生えていて、舌をチロチロと覗かせていた。
分類は『人工種蠍科レイパー』といったところか。
ここは遺跡の跡地。こういう場所は、イェラニアにはたくさんあり、民家等も周りには無い。人の目からも隠れるので、こういう騒ぎがあっても、誰も気づかないのだろう。
「ちぃ! 仕方ない!」
ジタバタする男の子に苛立ち、人工レイパーは尻尾の蛇を、彼の体に巻き付けて身動きを取れないようにする。
(なんで人工レイパーが、子供……それも男の子をっ? いや、それより……っ!)
早く助けなければ。その想いが、ラティアの体を動かす。
腕に出現するは、銀色の小手。アサミコーポレーション製のアーツ、『マグナ・エンプレス』。
「何しているのっ?」
「ッ?」
こっちに気付かせる意味も込めてラティアが大きく声を張り上げながら、左手の平を前に突き出す。
ラティアの声に、人工レイパーが驚いて振り返った瞬間、ラティアは小手から衝撃波を放った。
命中し、巻き上がる爆煙と派手な衝撃音。
だが、
「……ちっ、見られたのか。めんどくせぇなぁ……!」
(効いていないっ?)
爆煙を払って出てきたのは、無傷の人工レイパー。
確かに、男の子を気にして、全力で放った訳では無いが、まさか傷一つ無いとは思わなかったラティアは、愕然とする。
「てめぇ……見られた以上、このまま帰すつもりはねーぞ!」
明かに怒気を孕んだ声を絞り出し、人工レイパーは男の声を抱えたまま、ラティアへと突っ込んでくるのだった。
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