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6話 オルヴァル王城/廊下

オルヴァル王城の大広間には、新しい窓ガラスが張られ活気が戻っていた。

謁見の為に貴族や役人が集まる中、使用人が扉を開く。

そちらに一斉に視線が集まった。

ローレライをエスコートするジェラールは、白いローブの彼女に合わせたかのような白地に金の飾緒のついた礼装を着ていた。

貴族達は一瞬眉を顰めたが、すぐに笑顔になってジェラールに礼をした。


「ジェラール殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

「ああ」


次々と声をかけられ、ジェラールは柔和な笑みを浮かべる。

その中で、見知った後ろ姿を見つけたジェラールは声を上げて呼び止める。


「ユリアンじゃないか!久しいな」


青年が振り返って、体を硬直させた。

ジェラールが親しげに肩に触れる。

彼はびくりと触れられた自分の肩を見て、慌ててジェラールの顔を見る。


「はい、あの…ご公務お疲れ様です。兄上」


蜂蜜色というよりは金がかった焦げ茶色の髪に、紺色と銀糸のシンプルな礼装。よく見ればジェラールに似て整った容姿をしているが、目元を隠すほど伸びた髪と、おどおどと床を彷徨う目線が地の華やかさを打ち消していた。

ジェラールは朗らかに微笑みかける。


「先日の遠乗りにどうして来なかった?宰相や将軍の息子もいたのだぞ。近い未来、私達の忠臣となる者達だ」

「すみません。馬は、落馬した事があって苦手なので……」


目を逸らすユリアンに、ジェラールは穏やかに首を傾げる。


「10年も前のことだろう、今は上手く乗れるはずだ。みな、お前の話を聞きたがっていた」


端から見れば、臆病な弟を気遣う兄に見えるだろう。

ローレライには、何となく落馬の原因を作ったのがジェラールなのだと言う確信があった。ユリアンの怯えた視線は、暴力を振るう者を見るそれだ。

孤児院や貧民街の子供、そして大人でも騎士団や教会でこの目を見ることがある。

どこにでもある話なのだ。


「次の視察は共に行くか?皇都の水路を見たこともないだろう」


ユリアンは俯いて小さな声で答えるのが精一杯だった。


「いえ……僕が行ってもご迷惑になるだけです」

「では、教会や孤児院は?神官の位を賜っているだろう」

「それはデルフィナ様が……あっ、いえ……」


言い淀むユリアンに、ジェラールの端正な瞳がすっと伏せられる。


「ジェラール殿下。そろそろ行きましょうか」


ローレライはジェラールの腕に手を添えた。


「申し訳ございません、ユリアン殿下。私達は陛下とお目見えしなければならないので、そろそろ失礼致します」

「あ、はい……」


頭を下げようとするユリアンをよそに、二人は踵を返して玉座の方へと向かった。


「緊張しているのか?ローレライ」

「……はい」

「君なら大丈夫だ。お祖母様も、きっと見て下さっている」


ジェラールは彼女の耳元で囁くと、体を離した。

壇を登り、黄金の椅子に座る皇帝と皇后の横に立って優雅に一礼する。


「国王陛下、本日は新たな聖女である彼女の力をご覧に入れます」


ジェラールが合図をすると、文官が壇の下に小隊長だという兵士を連れてきて跪かせた。

兵士の両目は白濁していて、周囲の状況を確認することもできず緊張から体が震えている。

ローレライは跪いた兵の向かいに座り、白い革に金の装飾の入った聖書を膝の上に置いた。


「すぐに終わりますので、目を閉じて動かないで下さい」


短く声をかけると片手で本に触れ、もう片手を兵の目蓋に翳す。

深呼吸をして、手元に集中する。


「女神の御名に於て。我が祈りよ、生命を戻せ」


彼女の手のひらが淡く光る。

広間の全員が固唾を飲んで見守っていた。

少しして、兵が目を開ける。

白濁していたはずの瞳孔が元の健康な状態に戻っていた。

兵は戸惑うように周りを見回し、玉座から見下ろす国王と目が合うと大粒の涙を流した。

跪いたままひれ伏す。


「陛下……またお目通りが叶うとは」


顔を上げると、兵はローレライにも頭を下げた。


「ありがとうございます、聖女様。目が見えなくなって退役してからは、ただ寝て死を待つばかりで……いっそ、自ら終わらせてしまいたいと……ううっ」


ローレライは彼の手を握る。


「よくぞ耐えていて下さいました。こうしてここにいるということは、あなたにはまだすべきことがあるのだと思います」


彼女はほっと息を吐く。そして目線を落として、聖書の表紙を慈しむように撫でた。


「感謝します」


その呟きをかき消すようにジェラールの確信めいた声が広間に響く。


「やはり彼女の力は本物です!父上もご覧になったでしょう」

「うむ……」


国王は難しい顔で顎髭を撫でつけ、王妃は美しい笑みを作る。


「素晴らしいですね。その力は多くの民を救うでしょう」


すっと王妃の目が細められた。


「しかし、デルフィナはどうして出ていったのですか?彼女も素晴らしい聖女でした」

「行き違いがあったのです。現在も捜索していますが……」


話そうとするジェラールを手で制する。


「彼女は癒すだけでなく土地や民のことを常に学び、一処に留まることなく働いていた。ファーレンの力は確かですが、あなた達二人があれほどの献身を見せられるのですか」

「それは……」


目を伏せて口籠るジェラール。

その横で一歩前に出たのはローレライだった。丁寧に頭を下げる。


「発言をお許し頂けますでしょうか、王妃殿下」

「許します」


ローレライは不遜にならない程度に顔を上げ、一つ一つ思い出すように語り始めた。


「私が生まれ育った町は、不毛化の影響を受け豊かな土地ではありませんでした。子供の僅かな賃金を取り上げる親もいれば、もう必要ないからと支給されたパンを私にくれたお婆さんもいました」


周囲が息を呑む気配がした。それぞれが違う目で、しかし一人残らずローレライを見つめている。


「豊かな暮らしでは無かったけれど、両親に愛されて育ちました。弟妹も、町の人も…私が治癒師として騎士団に勤めることが決まると、我が事のように喜んでくれました」


彼女の懐かしむ視線は、次第に熱を帯びる。

指先で本を握り直した。革の感触が、緊張を少しだけ和らげてくれる。


「この力に目覚めた時、ようやく渡す番が来たと思ったのです。帝国にも、飢えにも、彼らの命を奪わせはしません」


ローレライの瞳には確かな意志が宿っている。


「そなたは、強いのだな」


国王は彼女の白い衣を眩しそうに眺め、それだけ呟いた。

ジェラールは誇らしげに胸を張って、高らかに宣言する。


「彼女がいれば、多くの事を成し遂げられます。私は彼女を夫として支えたいと思っています」


王妃の視線を感じ、彼は宥めるようにつけ加えた。


「デルフィナにも、相応しい立場を用意します。彼女の力も皇国には必要ですから」

「お前の手が及ばない所を、彼女が担っていたことを忘れないように」


目元が僅かに引き攣る。


「……はい。心得ております」


ジェラールは頭を下げながら、足元に暗い瞳を落としていた。



───────────────



ローレライは、一人長い廊下を歩いていた。

聖書はローブの内側にベルトで留めているので、今は上衣に隠れている。


「こんにちは」


廊下で彼女を呼び止めたのは、先程相見えた青年だった。


「ユリアン殿下」


ローレライは胸に手を当てて礼をする。近付いてきた彼は、彼女と同じくらいの目線の高さだった。

ユリアンはジェラールと相対した時とは違い、静かに彼女を観察している。


「君の奇跡には驚いたよ」

「ありがとうございます」


笑顔で返す彼女に、ユリアンの眼差しが僅かに鋭くなる。


「デルフィナは…その力は、神聖魔法ではあり得ないと言ったそうだね」

「前例が無いようですね」

 

今は社交界では避けられている名前を出しても、ローレライの表情から動揺は読み取れない。


「記録にないだけで同じ能力に目覚めた聖女がいた可能性もあります。ですが、私が初めてだとしたら光栄ですわ」

「古代魔導具」


彼の言葉に、ローレライは不思議そうに首を傾げる。


「魔導具……ですか?」

「神聖歴より前の賢者達が作った古代の魔導具だよ。上級精霊に誓約をさせる代わりに更なる魔力を付与して、自然の摂理に反するほどの力を有していたとされている」


ローレライは思い出したように目を輝かせ、両手を胸の前で合わせた。


「素敵なお伽噺ですよね。私も絵本で読んだことがあります」


無邪気に微笑む彼女に、ユリアンは続ける。

それは何かを確信している表情だった。


「僕はね、デルフィナや他の聖女を知っているんだ。大聖堂で一年神官見習いとして奉仕したから。僕も少しだけど神聖魔法を使える」


ローレライは、口元に笑みを浮かべたまま黙っている。

その態度を見たユリアンは声を荒げる。


「彼女は誰かを騙せるような人じゃないし、本物の聖女だった!君の治癒魔法は、何かが違う」

「……そんなこと、誰が聞き入れると思うんですか?」

「何?」


薄紅の唇がゆっくりと形を変え、冷ややかに嗤いを象る。


「ジェラール殿下を恐れて教会に逃げ、その後も城から出られないあなたの言葉を信用する臣下がどれほどいると?」


ユリアンは目を伏せた。ローレライは彼の横に立つと、耳元で囁く。


「誰かのために力を使えないあなたに、私のことを糾弾する権利はありません」


ユリアンなど脅威ではない。

そう告げるローレライの表情に、ユリアンは顔を紅潮させて俯く。

ローレライはふわりとヴェールを靡かせて、彼を背に歩き出した。

コツ、コツとローレライの靴の音だけが回廊に響く。


「もう戻れないわ。力を貸して」


腰に吊り下げていた本の装飾に触れる。

中央に嵌められたダイヤモンドが、窓から差す光を反射して白く瞬いていた。


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