21話 リュネール王城
リュネール王城。
上品な調度品と花が飾られた応接間の奥に、シリルとアニエスが座っている。
向かいにはデルフィナとローレライ、その両隣にランベルトとユリアンが腰を下ろしていた。
そしてテーブルの上には二冊の本が並べられている。
黒革に銀の装飾のラウルスと、白革に金の装飾のルシオラ。
「ローレライ殿は、皇国で再生の聖女として叙任されたそうだな」
シリルが淡々と口を開いた。
畏まった表情でローレライは頭を下げる。
「はい」
「ジェラール殿下との婚約も、その力が理由だったと聞いたが」
「はい。それも再生の書──ルシオラの力による治癒魔法を買われていました。廃嫡と共に婚約は解消しています」
ローレライの簡潔な答えに、シリルは話を進める。
「そうか。今後は我が国の聖女と共に、魔導緑化計画に携わって頂く。移動の際には帝国の馬車と護衛を付け、賓客として扱うことを約束しよう」
「職務の時以外は、今までのように治療院を回ってもよろしいですか?」
「こちらの務め以外の時間はどう過ごそうと構わない」
それを聞いて、ローレライは安堵を滲ませた。
ユリアンが羊皮紙を広げて緑化実験の経過を報告する。
「先日、デルフィナとローレライの両名で行った果樹園の再生ですが。二日後に発芽、無事に根付いて育っているようです」
「早いな」
驚くシリルに、ランベルトも報告書に目を落とす。
「ラウルスの魔力を通すことで種が目覚め、ルシオラの魔力を含んだ土が成長を促すのかもしれない。まだ確かなことは言えないけど」
「ラウルス様が水脈を引いたメルティスの沼地はどうなった?」
「木も枯れずに、鳥や虫が住み着いてるらしい。水質は良いから、あれはひとまず残しておこうと思ってる」
ランベルトは机上の地図を指さす。
「それよりもグランチェスタ領とかフェルナード王国との国境沿いとか、要所にある荒れ地に着手したい」
「東の砂漠は?」
「あそこは広すぎるから魔法の有効範囲が分かってからだな。継続時間と術者への負担も…まだ検証することが山程ある」
思案するランベルトをシリルは眺めていた。
「楽しそうだな」
「何も分からない時が一番楽しいだろ」
「冒険者でも研究者でもない私には無い感覚だ」
「俺のこと、そう思ってたんだ?」
ランベルトが羊皮紙から顔を上げて揶揄うような目線を送ると、シリルが珍しく笑みを浮かべる。
「言葉の綾だ」
地図を見ながら口を挟んだのは、意外にもローレライだった。
「帝国の土でもちゃんと作用するのか確認したいので、次は帝国領で行いましょう」
「あんなに広範囲でルシオラを使ったのは初めてだったでしょう。体調は大丈夫でしたか?」
心配そうに顔を見るデルフィナに、ローレライは拗ねたように言い返す。
「ただの魔力切れですから、すぐに治りました」
「次は魔力回復薬を用意していきましょう。私も、知らない土地ばかりなのでどのようになるか分かりませんが…」
「まぁ、少しずつな」
気の逸る二人をランベルトが宥める。
「候補地を両国からいくつか挙げ、日程や被害を見てユリアン殿下と調整させて頂きます」
「はい」
「では、また夜の発足式で」
羊皮紙を畳んだユリアンと、ルシオラを抱えたローレライは一礼して退室していった。
アニエスはデルフィナに声を掛けた。
「デルフィナ様。ランベルトとの正式なご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます。先日ご用意下さったドレス、とても素敵でした」
「そうですか」
二人の間に柔らかい空気が流れる。
涼やかな顔のまま、アニエスは続けた。
「お部屋をランベルトのいる南棟に移さなければなりませんね」
「分かりました」
「デルフィナ様はお忙しいでしょう。内装は私が整えても?」
「ありがとうございます。アニエス様のお選びになる物なら、間違いありませんから」
デルフィナの言葉に、アニエスは瞬きをした。
変わらぬ表情のまま、少し饒舌になる。
「今晩の、魔導緑化計画の発足式の衣装も用意してあります。式典の後はすぐに祝宴ですから、少し華やかな衣装を仕立てました」
ランベルトはシリルに近付いて囁いた。
「義姉上、張り切ってるな」
「婚約を継続すると聞いて喜んでいた」
「へぇ」
「……正式な婚約祝いに、私からも何か贈らせて貰う」
表情を動かさないシリルを、思わずランベルトはまじまじと見る。
「兄上も歓迎してくれてるんだ?」
「お前が選んだ女性だからな」
聖女ではなく、ランベルトが好いた一人の女性として。
「はは。ありがと」
ランベルトは頬を緩めて嬉しそうに笑った。
それを見て、シリルも僅かに口角を上げた。
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リュネール王城の大広間は、緑の垂れ幕と金の装飾で彩られていた。
祝宴用に端に置かれたテーブルには蔦模様を彫った金の燭台が置かれ、参列者にも緑や茶といった色を纏う姿が散見された。
皇帝の前にランベルトとユリアンが立ち、その両隣でデルフィナとローレライが姿勢を低くして頭を下げている。
デルフィナは深い青に銀糸のレースをあしらった細身のドレスを纏っていた。結い上げた銀髪と、額に銀のサークレット。
ランベルトも紺色に銀の飾り紐の正装で合わせている。
対してローレライは上品な深紅のドレス姿だ。派手な宝石やレースは身につけず、本来の彼女らしい高潔さで佇んでいた。
ローレライをエスコートするユリアンは、更に暗いバーガンディの礼装で合わせている。
「今宵は、魔導緑化計画の発足をここに宣言する」
皇帝は侍従が捧げ持つ銀盆から、封蝋の施された二通の書状を手に取った。
「リュネール帝国第二皇子ランベルト、オルヴァル皇国王太子ユリアンの両名に、魔導書による魔導緑化計画の統括を一任する」
「身命を賭して尽力させて頂きます」
書状を受け取った二人が、視線を交わして声を揃える。
続いて皇帝は、デルフィナとローレライへと目を向けた。
「魔導緑化計画を担うリュネール帝国の聖女デルフィナ、オルヴァル皇国の聖女ローレライには、魔導書の契約者としての権能を授ける」
「謹んで拝命致します」
皇后は頭を下げた二人の首に、権能の証となるメダルを手ずから掛けた。
黄金のメダルには、帝国の象徴である有翼の獅子を蔦と葉が囲んだ意匠が施されていた。
「月と太陽のようだ…」
誰かが呟く。
恭しく礼をして姿勢を正したデルフィナとローレライは、容姿も雰囲気も対照的だった。
「大地の荒廃は、一国のみの問題ではない。
故に我らは手を取り合い、その再生に臨む。四名の働きが実を結び、両国の友好がより確かなものとなることを期待している」
皇帝の挨拶によって式典が終わると、侍従たちが卓に料理と葡萄酒を並べ、楽団が演奏を始める。
ランベルトは少し屈んでデルフィナの表情を見る。
「お疲れ様。緊張した?」
「少しだけ」
「祝宴も、無理しなくていいから。人の多いところ苦手だろ」
「そうですね。このような場は……あの日以来です」
皇国を追われた日のことだ。
ランベルトは一瞬動きを止めたが、エスコートのために腕を差し出して笑いかけた。
「俺は離れないから、安心して」
「心配していません」
デルフィナはランベルトの腕に指を添えて、柔らかく微笑む。
その指に軽く触れ、ランベルトも笑みを深めた。
「なら良かった」
二人の元へは代わる代わる貴族が挨拶に来た。
「ランベルト殿下の研究が実を結んで、我々も誇らしいですよ」
「ありがとうございます」
「聖女デルフィナ様が魔導書に選ばれていたとは、誠に喜ばしい。これからも帝国をお導き下さい」
「ご期待に添えるよう励みます。皆様に女神様のご加護がありますように」
挨拶をして離れていくと、にこやかに応対していたランベルトがすっと笑みを消して呟く。
「現金なもんだ。王家の末席に座る野生児とか言ってた癖にな」
「そうなんですか?」
「俺、記憶力良いからさ。良いことも悪いことも忘れられないんだよね」
さらりと言い放たれた言葉が、これまで彼がどのような言葉を投げかけられていたのか分かる気がした。
しかしランベルトはどうでも良さそうに楽団を眺める。
ピアノとバイオリンが主旋律を奏で、ゆったりとした音楽が広間に流れていた。
ランベルトはデルフィナに向き合った。
悪戯っぽく笑みを浮かべると、白手袋を嵌めた手を差し出す。
「婚約者殿。一曲、踊って頂けますか?」
デルフィナは微笑んで手を重ねた。
「勿論です。ラン」
ランベルトに手を引かれ、デルフィナの身体もゆるやかに動き出す。
音楽に合わせて二人はフロアを滑るように進んでいく。
旋回に合わせて、ドレスの裾がふわりと広がると周囲から歓声が漏れた。
「上手いじゃないか、フィーナ」
ランベルトが感心してデルフィナを見ると、動きとは対照的に余裕の無い瞳が彼を見返していた。
「あの……足を踏んだらすみません」
優しく微笑むと、ランベルトは少しだけ体を寄せて囁いた。
「踏んでも痛くないから、気にしないで。楽しいね」
ランベルトの言葉が緊張を奪っていく。
デルフィナは彼の手に支えられながら、柔らかな笑みを零した。
「はい」
音に合わせて、床を滑る足取りが少し軽くなる。
シャンデリアの眩い光の下、二人の影が寄り添うように揺れていた。
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ローレライがテラスへ休憩に出ると、夜の空気が火照った頬を冷ました。
「ふぅ……」
ドレスの裾を風が撫でていく。
帝国式の挨拶を交わし、次々に飛んでくる質問に答えていたローレライは、ようやく緊張を解いた。
平民だった彼女が王城に出入りするようになったのはまだ最近のことなので、疲弊してしまうのも仕方がない。
「大丈夫?飲み物を持って来ようか」
後ろにいるユリアンが声を掛けると、ローレライは笑顔を作って手を振る。
「ありがとうございます。私は休んでいるので、行ってきて下さい」
「え?」
「ご令嬢達が、殿下からのダンスのお誘いを待っているようでしたよ」
ローレライからはユリアンの背後がよく見えていた。
若い皇国の貴公子に集まる、令嬢達の視線が。
ふっとユリアンは笑う。
「ローレライが相手してくれるなら踊るよ」
「そんな……」
反論しかけて、口を噤む。
彼は監視ではなく、自分のためにずっと横にいた。
周りの令嬢など見もくれずに。
「もっと、他にいるでしょう」
「ん?」
「……殿下に相応しい女性が」
ユリアンは可笑しそうに笑った。
「君より強烈な人なんていないよ」
「……」
ローレライはじっとユリアンを見つめる。
少し前まで人目を避けて俯いていた彼とは思えない。
そしてその聡明で穏やかな目が、今はローレライに向けられている。
「君は僕が動くきっかけをくれた。だから次は、僕が守りたいんだ。無理に応えようと思わなくていい」
彼は誤魔化すように笑いながら目を伏せる。
「それに……僕はまだ何も成していないから、求婚する資格がない」
「あなたは王太子です」
ローレライの言葉に、ユリアンは苦笑した。
「権力で言うことを聞かせたら、君は二度と僕のことを信じてくれないだろう。もしこの先、君が……」
ユリアンは言葉を切る。
一瞬視線を落とし、言いかけた事とは別の言葉を発した。
「いや。今は君が、無理せずにいてくれたらそれでいい」
しばしの沈黙が落ちた。
窓ガラスの向こう側で、音楽は続いている。
「……やっぱり、行きましょう」
ローレライはユリアンの手を取り、ホールに足を向けた。
目を丸くするユリアンに、前を向いたまま素っ気なく言い放つ。
「ダンスの相手くらいなら、出来ますから」
指先に熱が灯る。
ユリアンは小さく微笑んで、彼女に引かれるままテラスを後にした。




