↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/22

19話 リュネール庭園

「おはよう、フィーナ」


翌朝、貴賓室まで迎えに来たランベルトは礼装に身を包んでいた。

襟に刺繍が入った薄茶色の上衣に、少し伸びた赤茶色の髪を金の組紐で結んでいる。


「おはようございます、ラン」


カチャリと扉が開く。

淡い水色のドレス姿で出迎えたデルフィナに、ランベルトは目を瞠った。

胸元には共布のリボンと、並ぶ小さなくるみボタン。ふわりと広がるパフスリーブと繊細なレースを重ねたスカートが、清楚な彼女によく似合っていた。

結い上げた髪には青いリボンが垂れている。

ランベルトはデルフィナの全身をまじまじと見つめた。


「このセンスは、義姉上かな?」

「ご用意頂いていました」


納得したように頷くと、ランベルトはゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


「うん。可愛い」


デルフィナは恥ずかしそうにそっと視線を外した。


「ランも……あの」

「ん?」


ランベルトは彼女を覗き込む。

少しくすぐったくなるほど優しい顔つきに素直な言葉が漏れる。


「すごく素敵です」

「本当?めかし込んだ甲斐があるな」


冗談めかして笑うランベルトに、つられてデルフィナも微笑む。


「まぁ、今日は疲れてるだろうから遠出はしないけどね。俺も午後の会議まで空いてるから……」


ランベルトは少し中空に視線を彷徨わせ、デルフィナの方を見た。


「庭でも歩かないか。まだちゃんと回ったことないよな」

「はい」


デルフィナは一度だけテーブルを振り返る。

そこには聖女の杖とサークレット、そしてラウルスが整然と並べられていた。

声を掛けて、扉を閉める。


「行ってきます」


二人は回廊を抜けて王城の南側に出る。

朝露が乾いた午前の庭園は、穏やかな暖かさに包まれていた。

緩やかなカーブを描く石畳に沿って植えられた、色鮮やかな花やハーブが色彩を添える。

奥には緑のアーチが掛かり、更に庭園の奥へと道が続いていた。

風が吹くと枝葉が擦れ合う音がする。

日の光に鮮やかな緑と白い大理石が反射して、庭全体が輝いているようだった。


「綺麗ですね」

「義姉上と母上のこだわりの庭だからな」


二人はテラスからゆっくりと足を踏み入れた。


「俺は花も草も、食べられるかそうでないかで見ちゃうけど」

「綺麗なお花は毒があるものも多いので、気をつけて下さいね」


真面目な顔で忠告するデルフィナに、ランベルトは思わず笑う。


「流石に庭の花を取って食ったりしないよ」

「あ……そうですね。すみません」

「まぁ、森では魔獣も雑草も食べるけどさ」


ランベルトは恐縮して謝る彼女を楽しそうに眺めた。

共に過ごす内に、随分と表情が変わるようになった。

それが嬉しく、少し誇らしい。


「ラン、体は大丈夫ですか?」


昨日の森のことを思い出してか、デルフィナはランベルトの身体にちらりと目線を移した。

ランベルトは軽く上体を反らして襟元に手を添える。


「ピンピンしてるよ。俺は大して戦ってないし」


ランベルトはデルフィナを気遣うように見る。


「フィーナの方が大変だったろ」

「いえ……私はランベルトの作戦の通りに動いていただけですから」

「そんなことないよ。格好良かった」


予想外の言葉に、デルフィナは瞬きをした。


「初めて言われました」

「フィーナはずっと格好良いよ」


緑のアーチの前で立ち止まる。

木漏れ日の下で、ランベルトがまっすぐにデルフィナを見ていた。


「自分を傷つけた人達と向き合うのって、怖いでしょ」

「……前より怖くありませんでした」


デルフィナは口元を緩める。


「ラウルスとランがいれば、いつも大丈夫だったので」

「随分と評価されてるんだな」

「信頼です」


言い直されて、ランベルトは照れくさそうに前を向いた。

涼やかなアーチを抜ける。

その先には、タイルを円形に敷き詰めた開けた空間があった。

中央に葡萄とつぐみが彫られた白い噴水があり、水盤には清らかな水面が揺れている。

噴水を囲むようにして同じ彫刻の長椅子が置かれていた。


「すごいですね」


デルフィナは感嘆の声を漏らす。


「ちょっと座る?」


ランベルトが促し、二人は長椅子に腰を落ち着けた。

ひんやりとした石の感触と流れる水の音が、体の重みを解していく。


「気に入った?」

「はい、とても。どこも綺麗で、歩くのが楽しいです」


しばらく二人は椅子に背を預けて庭を眺めていた。

小鳥が二羽、水盤の水を飲んで飛び去っていく。

噴水から視線を移して花壇を見ているデルフィナに、ランベルトは問いかける。


「フィーナって何色の花が好きなの?」

「そうですね……」


デルフィナは庭園を眺めながら考える。


「白とか、紫でしょうか。でも薄黄色の小さい花も可愛いですよね」

「あー、あれか。奥にそういう感じのあったかも」


膝の上で肘をついたランベルトが、緩く笑みを浮かべてデルフィナの方を向く。


「見に行く?」

「はい」


返事を聞くと、立ち上がったランベルトは噴水の反対側に回った。

噴水から一段降りた先に、低い煉瓦の花壇が並ぶ小道が続いていた。


「フィーナ、ここちょっと危ないから」


段差を先に降りたランベルトが手を差し出す。

デルフィナは自然と指を添えた。

彼は気を遣うのが上手いから、デルフィナは疑問に思う間もなく受け入れてしまっている。


「ありがとうございます、ラン」


二人は手を離し、並んで歩き始める。

花壇に咲いているのは、表で咲き誇っていたような大輪の花ではなく、小ぶりで淡い色合いの花々だった。

心が安らぐような仄かな香りが漂う。


「こういうの好きそう」

「はい。好き……です」


好きなものを口にするのは、まだ少し不思議な感覚がする。

デルフィナはランベルトをちらりと見る。

皇国の聖女として職務を全うしていた頃は、自分のことを事細かに聞かれることは無かった。

彼が尋ねるから、答えるようになっていた。


「なら、良かった」


歩きながら少しだけランベルトの声が落ちる。


「……フィーナ」

「はい」

「停戦してジェラールが廃嫡になって、皇国はもうフィーナに関わることは無くなった」


ランベルトは花を見るふりをして目線を落とす。

口元から笑みが消えていた。


「教会から帝国の聖女としても認められた。もう、俺と婚約する必要もない」

「はい……」


煉瓦の花壇を抜けると、青空が視界一面に広がる。

そこは城の南端にある小さな展望台だった。

眼下には帝都の街並みが広がっている。

ランベルトはそこまで行くと、ゆっくり立ち止まった。


「あのさ、フィーナ」


短く息を呑む。

彼にしては珍しく緊張した面持ちで、デルフィナの瞳を見た。


「……俺、こんなに誰かを知りたいと思ったのも、知って欲しいと思ったのも初めてなんだ」


ランベルトは考えながら言葉を紡ぐ。


「フィーナもちょっと分かるだろ?何でもそれなりにこなせるから、何を置いても打ち込める一番とか今まで出来たことがなくて…あぁ、何話してんだろ」


ランベルトは自分でも戸惑っている様子で、もどかしそうに前髪をかき上げた。

髪が揺れて赤く煌めく。

デルフィナは穏やかな表情で、不器用に言葉を探すランベルトを見ていた。


この時間が心地良い。

普段と違う姿が新鮮で、だけど彼らしい。

少し困ったようで、照れくさそうな、彼の表情を覚えていたい。


「フィーナといると、何でも楽しいし、何でもしてやりたくなる」


ランベルトの目線が所在なげに動いた。

花も木も、静かにこちらを見ているかのような感覚に囚われる。

伝えたい言葉が溢れているのに、上手く出てこない。

しかし言うべきことは決まっている。


「だから……婚約したままじゃ、駄目かな」


ランベルトはデルフィナと目を合わせると、そっと彼女の手を握った。 


「俺のことが嫌になったら、いつ解消してくれてもいい」


指先に伝わる緊張と、心細そうな瞳。

デルフィナは彼を見上げる。

拒むことなく手を握り返した彼女の双眸は、柔らかな光を湛えていた。


「嫌にならなかったら?」

「フィーナが嫌になるまで、一緒にいるよ」


ランベルトは半歩、肩が触れ合いそうな距離まで近付く。

もう片手で、優しくデルフィナの頬に触れた。

少しだけ屈んで瞳を覗き込む。


「どう?離れたくなった?」

「……いいえ」


デルフィナは視線を合わせると、花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「私も、ランと離れたくありません」


その言葉を聞いた瞬間、ランベルトはデルフィナに頬を寄せた。

そっと唇を重ねる。

デルフィナはただ身を委ねていた。

胸の奥が、じんわりと温かい感覚で満たされていく。


ランベルトは口付けをした後も、離れようとはしなかった。

喜びを滲ませながら、彼女の耳元に優しく声を落とす。


「ありがとう。ずっと一緒にいて貰えるように頑張るよ」


木々が揺れる音が遠くに聞こえる。

デルフィナは、ランベルトの指先を握り返して微笑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。