第5話 天才と凡人
美琴に促され、4人は灼熱のグラウンドへと出た。
5月も終わりに近づき、日差しはすでに夏と変わらない。赤土の地面からはユラユラと陽炎が立ち昇っていた。
グラウンドの中央で、明日香と星羅が向かい合って立つ。星羅の肩には、上部が大きく膨らんだ異様に
長い竹刀袋が掛けられていた。
「さてと、国体まであと1ヶ月も無いからね~。まずは君たちがどれくらい戦えるのか、実力を見せてよ」
皐月が背中の羽を羽ばたかせ、上空から二人を見下ろしながら能天気に言う。
それを聞いて、明日香は顔を引きつらせた。
星羅はともかく、自分は“奇跡”を覚醒させてからまだ数週間しか経っていない素人だ。下手すれば、昨日恐れていた「病院送り」が現実になってしまう。
「じゃあ……よーーい」
美琴がニヤリと笑い、開始の合図を掲げる。
「ちょ、先輩まっ――」
「スタート!!」
明日香の抵抗する声は、美琴の無慈悲な号令によってあっけなく遮られた。
開始の合図がグラウンドに響き渡ると同時に、星羅の姿が消えた。――本当に、瞬きひとつの間に。
「はやっ!?」
その圧倒的な速度に、空中で見ていた皐月でさえ目を見張るほどだった。星羅が元いた場所には、青白い閃光の残像だけが残されている。
(――来る!!)
明日香が本能的に身構えた、まさにその刹那。
肩に掛けた袋を破り捨て、露わになったハルバードを振り下ろす星羅。その真横で、雷鳴にも匹敵する重厚な衝撃音が響き渡った。
「《千羽防壁》っ!!」
鋭い斬撃を受け止めたのは、明日香の“奇跡”によって展開された光り輝く巨大な「折り鶴」の障壁だった。無数の光る紙鶴が幾重にも重なり合い、星羅の一撃をぎりぎりで受け止めている。
「……流石」
斬撃を阻まれた星羅は不敵な笑みを浮かべると、地面を蹴って一気に距離を取った。
上空で二人の攻防を観察していた美琴と皐月が、顔を見合わせる。
「皐月、さっきの見た……?」
「うん……二人とも早い。特に明日香ちゃん、今の星羅ちゃんの速度をほぼ『反射』だけで防壁を展開して防いでた……」
驚く先輩二人を余所に、星羅はハルバードを静かに構え直した。
「じゃあ……少し出力を上げるね」
『――【星宿運命】出力30%』
ドンッ、と大気を揺らす音とともに、青白い閃光が激しさを増す。
先ほどとは比べものにならない速度。残像すら置き去りにする星羅の動きに、明日香の視界から完全に彼女の姿が消え去った――。
「――こっちだよ」
その声が耳に届いた時には、すでに勝負は決していた。
「ガハッ……え……!?」
ドンッ、と鋭い衝撃とともに明日香の体が宙を舞い、そのまま校舎の赤レンガの壁へと激突した。
咳き込み、血の混じった唾を吐き出しながら、明日香はぼやける視界で星羅を仰ぎ見る。出力30%の星羅の蹴りは、視認することすら不可能だった。
上空でその攻防を見下ろしていた美琴と皐月は、冷静に今の攻防を分析していた。
「ねぇ……さっきの見た?」
「……うん。純粋な『速度』だけなら、すでに僕達以上かもね」
吹き飛ばされた明日香のような焦りはなく、二人はどこまでも客観的に観察している。
「……美琴的には、どっちを推す?」
「私は星羅。あのスペックは圧倒的だよ」
「ふふ、じゃあ僕は明日香ちゃんで」
皐月はそう言い、再び下の二人に視線の焦点を合わせた。
(今の……なに……!? 痛い……うそ、蹴り飛ばされたの……!?)
壁に背を預けたまま、明日香は震える手で自分の体を抱え、何が起きたのかを必死に理解しようとする。
そしてふと星羅のいた場所へ視線を向けると――すでに、そこに彼女の姿はなかった。
(上……!? いや、違う……壁だ!!)
次の攻撃を警戒し、自身の頭上に大量の折鶴を展開する。
最初の2回の攻撃。その軌道と踏み込みの癖を、明日香の驚異的な直感が捉えていた。星羅が次の跳躍のために、校舎の壁を一瞬蹴ったそのコンマ数秒の隙――。
「《飛燕》っ!!」
明日香の叫びとともに、放たれた折り紙の鋭い一撃が真上へと疾走する。
壁に着地した直後だった星羅の表情が、初めて驚愕に歪んだ。
「くっ……!?」
咄嗟の攻撃に、星羅はハルバードの柄でどうにか受け止める。だが、その衝撃で体勢を崩し、足場のない空中に弾き出された。
(しまった……足場が――!)
無防備に空中に投げ出された星羅を見上げ、明日香の瞳に強い光が宿る。
「星羅……私を舐めないで!! 《千羽鶴・連刃雨》っ!!」
明日香の頭上に展開された無数の小さな光る紙鶴。それらが一斉に「平らな刃」へと姿を変え、空中の星羅へ向けて雨のように広範囲へ降り注ぐ。
回避も防御も不可能な、完璧な散弾状の包囲網。
「ちっ……鬱陶しい……!」
刃の数枚が頬を掠め、星羅の白い肌に赤い筋が走る。
空中で体勢を立て直せない星羅は、まさに『陸に揚げられた魚』状態だった。
しかし――。
「――【星宿運命】出力40%」
低く静かな声が空間を揺らした瞬間、星羅の周囲の空気が重密し、空間そのものが歪み始めた。
衝撃波が爆発し、最初の激突すら上回る雷鳴のような重音が響き渡る。
出力40%の圧倒的な威力が、明日香の連刃雨を力任せに散らし、そのまま拳が明日香の顔面へ迫る――!
パシッ、と乾いた音が響いた。
地面に尻もちをついた明日香の目の前。
星羅の出力40%の拳を、片手でしっかりと受け止めていたのは、上空から舞い降りた皐月だった。
巨大な羽を広げた皐月が、いつになく真剣な表情で二人を見つめる。
「はい、模擬戦そこまで!! これ以上やったら、明日香ちゃんが本当に病院送りになっちゃうからね」
そう言い、皐月はそっと手を離した。
(――天才の圧倒的な力に、凡人が知恵と直感で食らいつく。これは……大会が楽しみになってきたね)
皐月の心の中に、確かな期待が芽生えていた。
”奇跡”祭具詠唱
『神秘』の消費した創造型の”奇跡”
現時点で技のほとんどが折り紙なのは明日香の過去に強く依存している。
千羽鶴・連刃雨 → 平らな刃を放つ散弾型の攻撃
千羽防壁 → 紙による防御壁の展開
飛燕 → 勢いよく放たれた折り紙の先端で相手を突く




