第4話 戦は情報戦
キィ……と不気味な音を立てて放課後の部室の扉を開けた瞬間、明日香と星羅は絶句した。 部屋一面、壁から床、天井近くにまでぎっしりと紙が敷き詰められ、貼り巡らされていたのだ。
「せ、先輩……これ、一体なんですか……?」
明日香が恐る恐る部室へと足を踏み入れ、あたりを見渡す。そこら中に紙、紙、紙……。白かった壁が見えないほど、大量の情報と手書きの文字で埋め尽くされている。室内にはどことなく香ばしい紙とインクの匂いが充満していた。
昨日、皐月が言っていた「情報整理」の言葉通り、文字通り情報だけが部屋中に広げられている状態だ。
「あ、いらっしゃい。これはね、今年大会に出場する主要な団体のデータだよ」
紙の山の中からひょっこりと顔を上げたのは、大きなクマを目の下に作った皐月だった。徹夜で調べ上げたのであろうこの膨大な量の資料を、たった一人で部室内に貼り付けたらしい。
「美琴先輩は……?」
星羅は壁一面の情報には特に興味を示さず、先輩である美琴の姿がないことだけが気になったようだ。
「美琴なら、赤点のテスト補習で遅れるってさ」
皐月はさらっと恐ろしい事実を告げると、ギシギシ鳴る鉄パイプの椅子に腰を下ろした。
「さてと、美琴が来る前に本題に入ろうか……」
皐月は冊子を一冊、中央のデスクの上に差し出した。
「……去年の優勝校。って言っても、大学なんだけどね」
紙のトップには『国立桜木大学』という文字と、基本情報がびっしりと書き込まれていた。
「だ、大学!? そんなの無理無理、勝てるわけないよ!!」
明日香は悲鳴交じりの声を上げた。一般的なスポーツであれば、高校生が大学生に勝てる確率などゼロに近い。体格も経験も段違いだからだ。だが、異能競技の世界においては――。
「いや……別に、勝てる確率がゼロってわけじゃないよ」
星羅は冷静に呟き、デスクの紙に視線を落とす。
「異能競技は“奇跡”の熟練度とエネルギーの技量が求められる。これに関しては年は関係ない。努力した分だけ身に付くものだから」
冊子をペラペラめくりそっと机に戻す。
そこには大学の概要と今回の出場選手の名前、そして「種族」が記載されていた。
「……自然種のエルフと、獣人種ですか……。しかも獣人種の方は『獅子』の系統」
書かれている情報を、星羅は瞬時に頭の中で分析していく。 自然種であるエルフは、“奇跡”の基本使用
に消費するエネルギー『神秘』の保持率が極めて高い。また『理力』の精度も高い分、複雑な術式もスムーズに発動できる万能型だ。
対する獣人種は理力がほぼゼロな反面、身体能力の爆発的な向上に使用する『魔力』の割合が全種族の中でトップクラス。前線での近接格闘においては圧倒的な脅威となる。
「流石だね、星羅ちゃん。分析が早い」
感心したように頷きながら、皐月が解説を引き継ぐ。
「今年の試合で最も警戒する必要があるのは、『国立桜木大学』のキャプテン――伊藤瓢華」
「伊藤瓢華はね、U18の個人戦で単独優勝するほどのバケモノなんだよ」
勢いよく部室のドアを開けて入ってきたのは、テストの補習を終えたばかりの美琴だった。
「お~、お疲れ美琴」
「今どんな感じ?」
「今、今年一番の強敵の説明してた」
それを聞いた瞬間、美琴の顔からスッと感情が消えた。彼女は作り笑顔を浮かべると、ぬっと皐月の背後に忍び寄り、その頭を鷲掴みにする。
「……一番大事な『異能競技のルール』の説明は?」
般若のような恐ろしい顔で、美琴はジリジリと手に力を込めた。
「いだい、いだい! 頭割れる! 今から! 今から説明するところだったの!!」
美琴のお仕置きによって頭に大きなたんこぶを作った皐月は、涙目になりながらホワイトボードの前に立った。そこに手際よく重要な要素を書き出していく。情報は驚くほどコンパクトにまとめられており、初心者である明日香でも何が重要なのかを瞬時に理解できるものだった。
―【異能競技ルール概要】―
・半径約7kmの広大な「廃都市」をモデルにした、リアル型サバイバルゲーム。
・制限時間は【1ヶ月間】。
・勝敗条件:最後まで生き残ること。相手を戦闘不能にするか、降参させることで脱落させる。
・禁止事項:過度な殺傷行為(殺人は即失格および重罪)。
「まあ、ざっとこんな感じかな」
「い、1ヶ月間ですか!?」
明日香が身を乗り出し、目を丸くしてホワイトボードに釘付けになる。 その期間の長さに、普段は冷静な星羅もかすかに息をのんだ。1ヶ月間、廃都市という極限状態の中で、敵の奇襲から身を守り、食糧や拠点を確保しながら他校と戦い抜かなければならないのだ。
一方、皐月と美琴の二人は、幻獣種という圧倒的なスペックを持ち、かつ去年も大会を経験しているだけあって、どこか余裕のある表情を浮かべていた。
「あの……すみません。食糧や睡眠はどうするんですか? 1ヶ月も野宿なんですか……?」
明日香が恐る恐る挙手して尋ねると、待っていましたと言わんばかりに美琴がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「良い質問だね。実はこの大会、ちゃんと安全面も考えられてるんだよ」
美琴はホワイトボードの端に、簡単に2つの円を描き足しながら説明を始める。
―【エリアと滞在ルール】― 『廃都市』の空間は、『戦闘エリア』と『非戦闘エリア』の2つに明確に分けられている。
『非戦闘エリア』には、ビジネスホテル並みに設備の整った滞在施設が存在し、安全なベッドや食糧補給、シャワーなどが完備されている。 ただし、このエリアが開放されるのは【18:00 〜 翌朝 07:00】までの13時間のみ。 朝の7時を過ぎると自動的にロックが解除され、滞在している全選手が『戦闘エリア』へと強制転移させられる仕組みになっている。―
「へぇ……なるほど。思っていたよりもずっと選手に優しい設計なんですね」
星羅が腕を組みながら納得したように呟く。過酷な無人島生活のようなものを想像していただけに、少し意外だったようだ。
「まあね、一応これでも『国民体育大会』だからね。過度な衰弱や事故を防ぐために、最低限の安全面
はしっかり考慮されてるってわけ」
そう言って軽く身体をほぐすようにストレッチをした美琴だったが
――次の瞬間、彼女の纏う雰囲気がガラリと一変した。
スッと細められた彼女の瞳。その美しい紫色の虹彩が、妖しく輝きを増し、まるで獣のように瞳孔が細く収縮していく。
悪魔――『幻獣種』としての本能が、わずかに漏れ出たような圧迫感が部室内を満たした。それに気づき明日香と星羅の体がビクッと跳ねる。
「……座学はここまで。さてと、2人ともグラウンドに出て」
美琴の低い声に、明日香と星羅は思わず背筋をピンと伸ばした。 いよいよ、彼女たちの真の実力を測る
「実践」が始まろうとしていた。




