第16話 完全詠唱
術式、あるいは魔法の『完全詠唱』。
本来、術式や魔法は『幻獣種』をはじめとする一部の適合者や人間種であれば、詠唱を破棄して無詠唱で行使できる。
無詠唱であっても十分な威力を発揮できるため、実際の戦闘においてわざわざ長々とした呪文を唱える必要など存在しない。
では――無詠唱で十分な力を行使できる者が、あえて『完全詠唱』を行った場合はどうなるのか。
その威力の上昇幅は使用者によって異なるが、最低でも二倍。
そして『幻獣種』が本気で紡ぐ詠唱込みの魔法は、時に本来の十倍以上にまで跳ね上がる。
「――『深淵に巣食う亡者、破壊を司る異界の王、瞬き煌めく星を喰らう者。我が深淵を以て、行く手
を塞ぐ敵を滅ぼせ』」
美琴の口から、おぞましくも美しい詠唱が紡ぎ出される。
直後、美琴を押し潰していたはずの《多段式術式結界・重力崩壊》のエネルギーが、彼女の身体へと逆流し始めた。
相手の放った重力攻撃を受け止め、そのまま己の理力へと変換・吸収していく。
つまり、美月の攻撃が強ければ強いほど、美琴の解き放つ一撃の威力も無限に上昇するのだ。
(……なっ!? 結界のエネルギーが吸い取られて……!?)
美琴が土壇場で《完全詠唱》による破滅魔法の準備を進めていることに、美月は数秒遅れて気づいた。
「――『重力、引力、反発、吸引』――ッ!!」
美月もまた焦燥を押し殺し、自身の最大の奥義を展開すべく、交錯するように《完全詠唱》を紡ぎ始める。
どちらが先に放ち、どちらが先に相手を穿つか。
コンマ数秒の生存競争。
美琴の全身から、濃密な紫色の理力が溢れ出していく。 それは爆発的で、破滅的な純粋なる破壊エネルギー。目の前の存在すべてを無へと還す、深淵の悪魔を呼び覚ます一撃。
対する美月の両目も、燃え上がるように赤く光り輝く。 周囲に浮遊していた無数の瓦礫が、美月から放たれる激しい重力波によって粉々に砕け散っていく。対象を重力の原始点へと引きずり下ろし、圧縮・消滅させる絶対の一撃。
「《深淵の黙示録》――ッ!!」
「《重力の宴》――ッ!!」
互いの必殺が解き放たれる。
ほぼ同時の発動かに見えた、その極限の激突。
だが――ほんの僅か、瞬きするのも惜しいわずかコンマ数秒。
美琴の放った一撃が、《多段式術式結界》のエネルギーを技ごと丸呑みにし、重力の奔流を真っ向から喰らい尽くして美月へと肉薄した。
美月は必死に手をかざし、目の前の美琴を重力で包み込もうと抗う。
しかし、《深淵の黙示録》を解き放った今の美琴にとって、襲い来る攻撃のすべては更なるエネルギーへと変換されるだけに過ぎない。
美月が攻撃を重ねるほど、美琴の技の威力は跳ね上がる。
かといって攻撃を止めれば、回避が間に合わず一瞬で消し炭になる。
――詰み。美月にはもはや、攻撃も回避も許されていなかった。
だが、代償がないわけではない。
膨大なエネルギーを強引に吸収・放出し続ける美琴自身の肉体もまた、内側から悲鳴を上げ、崩壊しかけていたのだ。
「ガフッ、っう……まずい、かも……っ」
激しい咳とともに口から吐き出された血が、美琴の手を赤く染める。
美琴の体力も理力も、とっくに限界を超えていた。
(この一撃を防がれてしまったら……もし、あいつがまた防御してダメージを負っていなかったら……。ここで、私たちが負けてしまったら――)
勝利への執念と、背後に過ぎるかすかな不安。
その雑念が脳裏を駆け抜けた、まさに次の瞬間――。
ドカァァァァンッッ!!!!
美琴と美月の二人を含む周囲半径120メートルが、まるで次元そのものが崩れ去るような爆音とともに、広大な光と炎の中へ吹き飛んだ。
《完全詠唱》について
魔法や術式の詠唱の本来の目的は理力の完全なる循環である。よりスムーズに理力を体内で循環してより早く放つためである。それを無意識行う、『幻獣種』や一部の種族には詠唱は時間が逆に掛かるものである。
《完全詠唱》は元の詠唱なしの技に+されて術式や魔法される。
《完全詠唱》=術式・魔法の威力の底上げ




